76 やってきた者たち
フィーリティアが会議の場に辿り着くと、都市の責任者や王城から派遣されてきた者たちのほか、勇者たちが揃っていた。しかし、彼らはフィーリティアを待っているようでもなかった。
彼女も席に着き、これからなにが起きるのかと待っていた。
それからしばらく、誰もが無言で、これから来るという人物を待っていた。
(……誰を待ってるんだろう?)
フィーリティアには想像がつかなかった。
だからあちこち視線を向けてみるのだが、ほかの勇者たちはやけに恐縮しているようにも見える。よほど恐ろしい人物がやってくるのだろうか。
そんなことを考えていると、扉が開いた。
入ってきたのは二人組である。一人は無愛想にも見える男で、もう一人はやけに軽々しく見える男だ。
しかし、一目見ただけでそこらの人物とは異なることは明らかだ。
重厚そうな鎧を身につけつつも、身のこなしは軽く、腰には立派な剣。そしてなにより、漂わせる血の臭い。魔物を殺してきたばかりなのだろう。
「おー、随分揃ってんなあ。国王様もこりゃ、本気だな」
「軽口を叩くな。これから魔王を討伐するのだから、気合いを入れろ」
「へいへい。わかってるよ。心配するなよ。魔王が来たら、しっかりやるからよ」
そう告げた男に、先ほどの軽々しさはどこにもなかった。血に飢えた獣。あるいはまがまがしい邪悪。そんな雰囲気すら感じさせる。
進行役の男が立ち上がると、二人に頭を下げた。たったそれだけの仕草でも、心臓を掴まれているかのように緊張していることが伝わってくる。
「ユーリウス様、フリート様。よくお越しくださいました」
無愛想なほうがユーリウスで、軽々しいほうがフリートのようだ。彼らは勇者なのだろう。
剣聖など上位職業の実力者が招かれることもないことはないが、このような態度を取るのは、基本的には勇者だ。
そしてここにいる誰もが、彼らと関わろうとはしていない。目を合わせないようにしているのだ。
その理由は今ひとつわからないフィーリティアだったが、状況を見守ることにした。
「で、魔王はどうなってるんだ?」
どっかと腰を下ろしたフリートが視線をそちらに投げかける。
「西国から戻ってきたばかりでお疲れのところ――」
「あーあー、そういうのはいい。俺はどの魔王を殺せばいいんだ?」
野卑な笑みを浮かべるフリートに、男は慌てて説明を始めた。
「現在、昆虫の魔王メザリオが、メタルビートルを率いて北の都市群を占拠しております。キングビートルである魔王メザリオは、魔王に進化する配下も持っておりまして――」
「おっ、ということは、魔王が二体いるのか!」
「いえ、すでにフォンシエ様とフィーリティア様によって討伐されております」
「そりゃあがっかりだ」
フリートはあからさまな落胆を見せる。
そんな彼に、黙っていたユーリウスが僅かに眉を動かした。
「我らが敵である魔王の死にがっかりするなどと言うべきではない」
「お前だって、魔王をぶっ殺して気持ちよさそうにしてるじゃねえか。俺だけ非難する気かよ?」
「私は正義のために殺しているんだ。お前のような快楽的殺戮者と一緒にしないでほしい」
「へいへい。正義ね。まったく、お前とは気が合わねえな」
フリートが肩をすくめると、ユーリウスも同意見だと頷いた。
そしてフリートが思い出すような仕草をする。
「……にしても、フォンたらとフィーなんとかっての、聞いたことねえ名前だな」
「第一、お前は人の名前など覚えていないだろう」
「覚えたって、そのうち死んでいなくなってるからな。何回も顔をつきあわせていりゃ、そのうち覚えるだろうが、これじゃあ仕方ねえ」
そんな調子の二人に、説明を続けていいものかと男は困惑していた。そしてフィーリティアも、この状況には戸惑うばかりである。
フリートとユーリウスが男に視線を向けると、止まっていたときが動き出すように、男は早口で話し始めた。
「フリート様とユーリウス様が到着し次第、討伐に赴く予定になっております! 時間はお二方にお任せされております」
そう告げるなり、フリートは立ち上がった。すっかり顔を喜悦に染めて。
「よし、じゃあ行くか」
これから夜が更けるというのに、その言葉には勇者たちが息を呑んだ。そして視線がユーリウスに移る。こちらが反論してくれることを期待したのだ。
だが、彼もまた立ち上がった。
「早いほうがいい。次の被害が出る前に、魔王は殺すべきだ」
「おっ、気が合うねえ。お前の主義主張は大嫌いだが、そこだけは好きだぜ」
「お前に好かれたいとは思っていない」
「そう言うなよ。戦いに関しちゃ、お前以外に張り合えるやつがいねえんだ」
そうして二人の勇者が魔王討伐に赴くと言うと、そこにいた勇者たちは顔を見合わせていた。
まさか、このような状況で出発することになるなんて、思ってもいなかったのだろう。
けれど、一人だけ立ち上がって、二人に続く者がいる。尻尾を揺らしながら、堂々と胸を張っているフィーリティアだ。
「お、腰抜けばっかりだと思ってたが、なかなかよさそうなやつもいるじゃねえか。お前さん、名前は?」
「フィーリティアです」
「へえ、さっき言ってたやつか」
フリートは彼女の姿を上から下まで眺める。けれど、それは女性を見る目ではなかったし、かといって獣人を見る目でもなかった。
彼が人を見る基準はたった一つ。
「まだだな。もっと強くならねえと、殺しがいがない」
その台詞に、フィーリティアはぎょっとした。いきなり初対面でこんなことを言うやつがどこにいようか。
そんな彼女に、ユーリウスが告げる。
「心配するな。こいつは魔王すべてを殺すまで、人は殺さない契約になっている。そしてそのときになったら、俺がこいつを殺す」
「そりゃあ楽しみだぜ。俺もお前を見ているとうずうずしちまうんだ」
フリートは楽しげに語る。魔物がいるから魔物を殺しているだけで、いなくなれば人さえも殺すなどと言われているのに。
今はペナルティがあるから、互いに利益がないから、殺さずに落ち着いているのだろう。しかしそれも、魔王がいなくなればどうなることか。
そしてユーリウスもさっさと出かけるように、勇者たちに促した。彼らは渋々、魔王メザリオ討伐に赴くことを決意したのである。
そうしてフリートとユーリウスが先に都市の外に行ってしまうと、フィーリティアは小声でほかの勇者に尋ねる。
「あの方々……どのような方なんですか?」
「……知らなかったのかよ。いきなりついていくなんて、随分度胸あるな、と思っていたら。フリートは戦闘狂だ。勇者になる前から魔物を殺していたし、喧嘩になった人をやったこともあるそうだ。だが、勇者になってからは、弱い相手じゃつまらないって理由だけで魔王を殺してきた。そしてユーリウスは正義の勇者様だが、思想は偏っていて、魔物を殺すことこそ絶対的な正義と信じている。どっちにしても、ヤバいやつらだ。だが、国内最強の勇者なのは違いないから、振り回されてるんだよ」
その勇者は早口で話し終えると、聞かれていないかと怯え気味に見回した。もちろん、あの二人は先に行っている。
「まさか、こんな時間に行くことになるなんてなあ」
ぼやきながらも、従わなければどうなることか。殺さない契約になっているとは言っていたが、殴らないとは言っていない。死なない程度に暴行を受ける可能性もある。
勇者たちは皆が皆、沈んだ顔をしていたが、フィーリティアはちょっとだけ嬉しかった。早く魔王が倒されるのなら、そのほうがいい。
彼女も彼女で、あの二人に近い思想を持っていたのかもしれない。いや、彼女だけではないだろう。
強い者は、強くなるために多くの魔物を殺している。ぶれない思想を持っていなければ、決してその境地には達せないのだろう。
フィーリティアもフォンシエも、その点では彼らとなんら変わらなかった。
そうして急遽、勇者たちは北に向かうことになった。




