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75 東と北で



 フォンシエは迫る魔物を見ながら、意識を集中させていく。

 東での戦闘から時間がたったとはいえ、魔力は完全に回復しきってはいない。「高等魔術:炎」で一気に吹き飛ばしてしまえば楽だろうが、そんな余力があるわけでもなかった。


 しかし、彼にはそれ以外にも多くのスキルがある。たくさんの組み合わせで敵を翻弄することだってできよう。


 それに勇者が魔術を使えないからといって引くことがあろうか。そもそも多くの者は勇者のスキルしか取っていないはず。


 となれば、フォンシエだってそれを理由に引く道理はない。


(まずは数を減らすか)


 ヘルハウンドは自ら動かず、クー・シーをけしかけてくる。この程度の雑魚ならば、どれほど多くいたって、蹴散らせるだろう。


 フォンシエは正面から向かってきた一体をたった一太刀で切り裂くと、左右から回り込んできた個体に対して、三体で攻めてきたほうには「初等魔術:炎」をぶち込み、もう一方の二体には神速剣術のスキルでまとめて切り裂いた。


 これまでは、その戦法で仕留めることもできたのだろう。だが、あっさりと崩されたことで、後続のクー・シーどもは躊躇してしまった。


 フォンシエはその隙を見逃しはしない。

 光の翼を用いて急に距離を詰め、剣を一振り。クー・シーを両断した。


 そうなれば、もはや敵はうろたえ、陣形を維持することもできなくなる。弱い魔物がバラバラに動くのであれば、そこらの兵だって倒すことができよう。


 フォンシエは片っ端から敵を切り裂いていく。


「ワォオオオオオ!」


 が、そのとき前方から咆哮が聞こえてきた。

 ヘルハウンドが見かねて声を上げたのだ。


 そうなると、クー・シーたちは一旦引いて、ヘルハウンドの元に集う。そして慎重にフォンシエの様子を窺ってくる。


(乱せたのもここまでか)


 元々の数が多いこともあって、クー・シーはそこまで減っていない。

 そしてどうやら、ヘルハウンドはフォンシエを囲むように作戦を練っているようだ。ならば、その前にこちらから仕掛けてしまったほうがいい。


 フォンシエは敵の一団に意識を集中させると、そこで魔力が高まっていく。咄嗟にばらけようとした魔物どもだったが、それよりも早くスキルが発動した。


 乾いた声が響き渡る。聴覚や平衡感覚を失わせるスキル「怨嗟の声」だ。


(予想通りだ!)


 ヘルハウンドは聴覚に優れていたこともあり、ふらふらとしていた。はっきりと効果が見て取れる。


 フォンシエはそちらに剣を向けると、光の矢を放った。

 狙い通りに向かっていった矢であったが、距離が開いている。ヘルハウンドはよろめきながらもなんとか直撃を避けるべく動いた。


 が、足の一本を光は通過していた。


「ギャン!」


 こうなれば、素早く動くこともできまい。それをきっかけにクー・シーが一斉に動き始める。しかし、よろめいていることもあって、動きは速くない。


 そしてフォンシエは囲もうとしてきている相手に対し、逆に攻め込んでいった。

 敵はヘルハウンドを守るために前面を厚くする。それを見つつフォンシエはぎりぎりのところで足を止める。


 ヘルハウンドが傷を負っているのが大きく、さらに怨嗟の声の影響もあって敵は攻勢に出ようとはしない。

 それをしかと確認したフォンシエは、敵のところで魔力を高めていく。


 今度は先ほどのように、ただ相手の動きを奪うものではない。仕留めるための「中等魔術:炎」だ。


 魔力がドンドン高まるのに対し、敵はそこから離脱しようとする。それに対して、フォンシエは「初等魔術:土」を同時に使用して、囲いを作り始めた。


 自分自身をもその中に閉じ込めてしまうようにすることで、もはや逃げ道はどこにもない。


 クー・シーは逃げようにも逃げられず、なかば自暴自棄になりながらフォンシエへと向かってくる。が、これも狙い通りだった。


 そして魔力が高まった瞬間、フォンシエは光の翼を用いて跳び上がった。

 直後、ドォン! と眼下で爆風が吹き荒れる。


 自分を囮にすることで、多くの敵を巻き込むことができたはず。その被害を確認しながらフォンシエは、光の翼をうまく維持する。


 今ではもう、一つだけの使用であれば、勇者のスキルも確実な作戦として組み込めるだけの技量が身についていた。


 そして煙が晴れる中、ヘルハウンドは憎々しげにフォンシエを睨みながら、唸り声を上げていた。


 だが、すでにあちこちに傷を負っており、もう勝敗は決したと言えよう。


 フォンシエは地上に降りることもなく、ヘルハウンドを見据えると光の矢を放つ。

 しかしそれは僅かに狙いを逸れて、すぐ近くの地面を抉るにとどまってしまった。


 もう一度、集中して今度は狙いを外さないように意識して一撃を放つと、光は敵の額を貫いた。


「よし、これで終わった!」


 そう言うフォンシエだったが、気づいたときには体勢が傾いていた。光の翼が消えて、仰向けになって地面に落下し始めているのだ。


「うわ、っと」


 咄嗟に光の翼を用いて勢いを殺して着地。

 まだ二つ同時に高い精度で用いることはできなかった。どちらかに意識を傾けると、片方がおろそかになってしまうのだ。


 勇者としての適正だけが理由ではないだろう。なにしろ、たいていの勇者はスキルポイントボーナスが多い者を除いて、結構な時間をかけてレベルを上げながらスキルを取っていくのだから。


 フォンシエも勇者のスキルを取ってからまだ一年とたっていない。積極的に使うようになったのだって、ここ一ヶ月かそこらの期間だけだ。


 そう考えれば十分すぎる出来なのだが、あれからフォンシエの考えはすっかり変わっている。


(もっと、うまく使えるようにならないと)


 勇者のスキルをただのスキルと認識した時点で、気負いも引け目もなにもなくなっていたのだ。


 光の翼を軽く用いて調整しつつ、残ったクー・シーを仕留め、魔石や素材を回収する。


「よし、これで役割は終わった。早く戻って、避難を済ませないと」


 フォンシエは再び駆け出す。

 急がねば、間に合わなくなってしまう可能性も高い。


 そんな中、勇者たちはどうしているだろうか、とフィーリティアの姿を思い浮かべた。



    ◇



 カヤラ領北の都市はいくつか落とされており、その人が拠点として保っている最北の都市に戦力が集められていた。


 勇者たちはそこに集まることになっていたが、さらに北の崩壊した都市を一人の少女が駆けている。


 昆虫の魔物メタルビートルが数体迫ってくるのに対しても軽く視線をくれるだけ。彼女はわざわざ姿を見せることで引きつけていたのだ。


 金色の尻尾をふりふりと揺らすと、その美しさは崩壊した都市では際立っていた。薄汚れた場所だからこそ、対照的に映えるのだ。


 そして彼女は逃げる人々の姿をも目にしている。


 昆虫の魔物は都市を占領したとはいえ、すべての人が殺されたわけではないし、逃げ切れたわけでもない。ここから出ることもできずにいた者も少なくないのだ。


 フィーリティアは人々が逃げているのを見ていたが、彼らは足を止めてしまった。その前方に大きな魔物が現れたから。


 が、彼女はそちらに意識を向けると、光の矢を一本、二本と撃ち出す。

 それらは正確に敵を打ち抜き、あっという間に打ち倒してしまった。


 民が都市から出るのを助けていたフィーリティアは、そうして長い間、都市の中を駆け巡っていた。


 けれど、やがて日が沈み始めると、それも終わらせることになる。


 今、この北の状況は一触即発の状況とも言える。

 魔王メザリオがこの近くにいるのだから、なにかが刺激になって襲ってくる可能性だってあるのだ。


 夜間になれば危険も大きい。助けられるのもここまでだった。


 都市へと帰り始めたフィーリティアは、つい自問してしまう。


(……本当に、これが正しい選択なのかな)


 人々を逃すよりも、魔物を片っ端から倒すことを優先したほうが、最終的には大きな結果を残すことになるのではないか。


 これが引き金となって、なにか不都合を起こしてしまうのではないか。

 フィーリティアはそんな思いを抱かずにはいられなかった。


 そして都市に戻ってきたフィーリティアは、市民の不安そうな様子や慌ただしく動く兵たちの様子に、早く戦いが終わればいいのに、と願わずにはいられない。


 勇者として招集されているため、彼女が泊まるところは、こんな状況だというのに立派な屋敷で、豪勢な食事が惜しげもなく出される有様だ。


 あまりいい印象があるわけではないが、急用があると困るため、そこにしばらく滞在している。


 そうして屋敷に戻ると、フィーリティアは声をかけられた。


「どこに行っていたのですか。もうすぐ、急な会議が始まります。余計なことはしないでくださいね」


 勇者の一人だが、彼はこの屋敷に来てから一度も外に出ているのを見たことがない。


(……なにもしないで、助けられる人を見捨てているくせに)


 フィーリティアはついそう思ってしまうのだ。

 けれど、自分の行いが正しいと自信を持つこともできなかったし、なにより会議というのが気になったため、すぐに準備を済ませることにした。


 これまで長らく動かなかった状況が変わり始めているのかもしれない。


 フィーリティアは勇者としてその場に赴いた。


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