74 勇者の行方
カヤラ領東の都市を歩いていたフォンシエは、そこかしこが騒がしいことに気がついた。
無理もないことである。
ここは一番東の都市から一つだけ離れた都市であり、まだ被害こそ出てはいないが、いつ襲われるかもわからない状況なのだから。
そしてフォンシエがここに来る直前、東の都市は落とされてしまった。つまり、目と鼻の先に魔物の拠点ができてしまったのである。
ここには傭兵たちや常備兵たちもいるにはいるが、いつまで持つかわからない。西からの増援が間に合わなければ、包囲されてしまうだろう。
だからさっさと西に逃げてしまうのか、それともここに残るのか、人々は悩んでいたようだ。
といっても、領内にはあちこちに魔物が見られる。南から魔獣たちが攻めてきていることもあり、逃げている途中で襲われる可能性もあるのだ。
そのため、裕福な人物であれば護衛を雇って安全なところに行ってしまったが、その金がない者たちはここから逃げることもできずにいた。
さらには東から逃げてきた避難民もいるために、混乱した状況だった。
(これでは、話を聞くどころじゃないな)
フォンシエは街中を歩いていると、避難民のために解放されつつある礼拝堂を見つけて、中に入った。
そこには人が寝ころがっているが、一応目的はこなせる。フォンシエはいつものように祈りを捧げた。
レベル 11.52 240
ポイントは十分なので、50ポイントにて「初等魔術:水」を取る。これがなければ、敵が水による攻撃を行ってきた際、抵抗が難しくなってしまうのだ。
とりあえず抵抗はこれで十分にできるとして、フォンシエはさっさと礼拝堂を出て、都市の中心に向かって進んでいく。
とりあえず、一番偉い人を出してもらえば話は進めやすいだろうとの考えだ。
(……まるで勇者みたいな振る舞いだな)
フォンシエは自分の行動に苦笑せずにはいられなかった。
しかし、その勇者がいないからこそ、彼がこうしなければならなかったのだ。細かいことを気にしてもいられない。
そうして辿り着いた屋敷の前には、門番たちがいる。
「都市の防衛について聞きたいことがあります」
そう告げるフォンシエに、門番は怪訝そうな顔をしつつも、明らかに安物とは異なる鎧を身につけた彼を見て、侮ることはしなかった。
「今後の計画でしたら、後に公表されますので、それまでお待ちください」
「それでは、だめなんだ」
フォンシエは口からするりと言葉が出てきた。
「それでは、都市が襲われてから動くことになる。その前に魔物を退けなければ」
あまりにも強い彼の言葉に、兵たちは戸惑うしかなかった。
誰もがきっと、どうやって逃げるかしか考えていなかったのだろう。しかし、フォンシエはすでに、こちらに攻めてくる水棲の魔物をどうにかして打ち倒すことを考えていた。
そのためには、勇者の助力が欲しかったのだが……。
「推薦状などはございますか?」
そう言われてしまうと、フォンシエは口ごもるしかない。なにしろ、普通はギルドで活躍していれば、そちらで業務は行えるのだが、彼は村人なのである。
面倒なことだ、と思いながら、フォンシエはどうしたものかと考える。
「西からの増援ということで参りましたが、仲間の勇者とはぐれてしまいましてね。そこで彼らの情報を得たかったのですが……」
嘘は言っていない。
彼自身が勇者とも言っていないし、はぐれた――置いていかれたのが実情だが――のも間違っていない。
勇者をダシに使うなど、普通は考えられないことだった。
「少々お待ちください」
兵はすぐに動き始め、しばらくすると、別の建物に案内されることになった。そちらでようやく目的を果たすことができそうだと、フォンシエは安心する。
そうして案内された一室に一人の事務官がやってくると、
「勇者様のお名前を窺ってもよろしいでしょうか?」
と、尋ねてきた。
フォンシエは何食わぬ顔で、
「勇者フィーリティアとヨージャ、ティモ、ヴェリエの四人です」
などと返すのだ。もちろん、相手が聞いてきたのはフォンシエの名前だ。しかし、フォンシエは「知り合いの勇者」を答えただけである。
困惑する相手に対し、彼はすらりと剣を抜くと、光をまとわせてみた。最近はようやくうまく扱えるようになった勇者の光だ。
それで相手の警戒心はすっかり消え去ってしまう。それほどまでに、勇者の光は強いものなのだろう。
事実、これを扱える勇者ならざる者はフォンシエしかいないのだから、当然の反応だ。
「つい先ほど、東の都市から逃げてきた民が襲われているのを助けてきたところでして。並の魔物でしたら問題はありませんが、魔王セーランが出てくるとなれば、とても一人では太刀打ちできません」
だからフォンシエは都市の状況を尋ねるのだ。
雑魚の相手を引き受けてくれるのであれば、彼一人でもある程度の相手までは打ち倒すこともできよう。
しかし、反応は芳しくない。
「残念ながら、お尋ねの勇者様の動向は伺っておりません。こちらには、今ある兵力で耐えよとのことですから」
苦々しげに言う彼の言葉は、本当なのだろう。しかし、ならばこの最前線だというのに勇者が送られてくるわけではない、ということだ。
「ほかの勇者たちは来ていないのですか?」
「ええ。総力を上げて魔王メザリオを討ち、その後、東に向かうとのことです。余力は南の魔王フォーザンに向けられているのでしょう」
ようするに、この土地はすでに放棄されたも同然というわけだ。
フォンシエはガリガリと頭をかいた。
開拓村が放棄されてしまったように、この都市も見捨てられたのだ。それはそれで仕方ないことだ。しかし、民が逃げることもできないのは問題がある。
差し出がましいことだと思いつつも、フォンシエは言わずにはいられない。
「避難を急いだほうがよろしいのではありませんか?」
「そうしたいのはやまやまなのですが……この辺りに魔獣が入り込んできておりまして。そちらが片づかなければ、移動もままならないのです」
市民を連れていけば、いかに護衛が多かろうと餌をぶら下げているに過ぎないという。
ならば、フォンシエがすべきことは決まった。彼はすっくと立ち上がると、その場にいた者たちが奇妙そうに彼を眺める。
「では、魔獣を倒せばすべて解決するでしょう」
「ええ、ですが……」
あまりにも直接的な言葉を述べるフォンシエは、戸惑う彼らから話を聞くと、早速都市を飛び出した。
国が、勇者が民を守らないと言うのなら。
そこに住まう者たちの命を取るに足りないものだと言うのなら。
魔物との戦いにつきまとう仕方ない犠牲だと言うのなら。
(俺が道を切り開いてみせる)
自由に動けるただの村人だからこそ、命に重みをつけない価値観のままに、片っ端から守り抜いてみせる。
フォンシエは草原を南西に駆けると、向こうに犬の群れを見つけた。暗緑色の毛を生やした大きな犬の魔獣クー・シーだ。百を超える数がおり、あまりにも多い。
そしてその理由は、上位の魔物に統率されているからだろう。
燃えるような赤い目に黒い体の大きな犬の姿をした魔獣ヘルハウンドがそこにいた。これが、都市で聞いてきた犯人の魔物だろう。
敵は集団での動きに慣れていることから、少数の護衛ではどうにもならないに違いない。
そしてヘルハウンドは「隠密行動」のスキルを持つフォンシエにもすぐに気がつくほどの嗅覚や聴覚を持っているようだ。
常人ならば怯えて逃げてしまうだろう。
だが、フォンシエはすらりと剣を抜く。黄金色の刃は、彼にとっての誇りでもあった。
もはや魔物に怯えはしない。戦う決意を揺らがせしない。
ヘルハウンドが声を上げるとクー・シーが狙いを定めてくる中、彼は動き始めた。




