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72 東へ


 フィーリティアが到着すると、集まっていたヨージャたち勇者たちとともに、説明を受けることになる。


「勇者ギルドへと大規模な依頼が出されることになりました。国内の多くの勇者がこの地に集まることになるでしょう」


 それほどまでに、危機的状況ということだ。

 ティモはあからさまに嫌そうな顔をするが、ほかの勇者たちもなにも思っていないわけではない。ヨージャはわずかに眉を動かしたし、ヴェリエはお腹をさすっていた。


 たった一人、フィーリティアはまったく態度を変えない。


「北から魔王メザリオは南下し続けており、このままですとカヤラ領との境は敵中に落ちて、包囲されてしまうことになります。それを避けるべく、まずは先遣隊がそこで陣を張りました。幸いにも――というのが相応しくないかもしれませんが、魔王メザリオは東よりのほうへと進んだため、今のところ分断されてはいません」


 複数の魔王が攻めてきたため、敵のほうが数が多いのだ。包囲されてはどうしようもなくなる。


 しかし、このままでは時間の問題である。王は主力をこちらに持ってくることに決めたようだ。


「カヤラ領の東側は放棄を決めたようですが、このままですと、その領域はますます広がるでしょう」


 魔王の数が多いため、一対多の構造になってしまっているのだ。

 やつらが打ち合わせて人の領域への襲撃を行った可能性はほぼないが、好機と見て攻めてきたのは間違いない。


「報酬額は通常よりも遙かに多く、こちらになります。任意での受諾という形ですが、国難ということもあり……」

「拒否権はねえ、どうしても断りたけりゃ、今後の対応がどうなるか覚悟しておけってことか」


 ティモが投げやりに言うと、説明していた者は縮こまってしまった。

 けれど、実際のところそうなのだろう。勇者が誰も働かなければ勇者ギルドは存続していけないだろうし、民からの信頼も地に落ちる。


 彼らは期待や連帯責任というものに縛られて、動かずにいることを許されてはいないのかもしれない。


「なら、俺はこの領の境で防衛に当たるとしようかね」


 そこならば、魔王と鉢合わせることはない。ヨージャとティモも同じような意見だったらしい。


 先ほどまで戦っていたのだ。長く戦えば戦うほど精神はすり減らされていく。まして、魔王が間近にいるとなれば。


 けれど、その魔王と直接戦っていたフィーリティアは、はっきりと答えた。


「魔王討伐に向かいます」


 魔王討伐に対する気負いはない。けれど、もう一度、平穏な日々を取り戻すために。もう二度と同じものは手に入らないとわかっていても、それ以外にできることが彼女には見つからなかった。


 彼女が恐れるものがあるとすれば、それはフォンシエがこの現状に絶望してしまうこと。自分がやったことがなんにもならなかったと、歯噛みすることだ。


 だから、そうならないように彼女は東に赴く。

 これもまた、勇者としては相応しくない覚悟だったのかもしれない。けれど、彼女の意志はなによりも固かった。


「それでは、私はすぐにここを立ちます。皆さんも、どうかご無事で」


 フィーリティアはそう告げると、すぐに出立する。

 ヨージャたちは、もう少しここで戦いの疲れを取ってから向かうとのことだった。


 彼女は都市を出ると、東へ向かっていく。そちらは、カヤラ領にいる兵たちがなんとか凌いでいる状況だ。


 東に行けば行くほど、魔物が増えてくる。敵のほうが圧倒的に優勢なのだ。


 フィーリティアは光の矢でそれらを貫きながら、魔王討伐のために勇者が集まっているという都市へと向かうのだった。



    ◇



 ぼんやりとした視界がはっきりしてくると、フォンシエは近くにルミーネの姿を認めた。ずっと見てくれていたのだろう、疲れているようでうとうとしている。


 フォンシエがゆっくりと体を起こすと、彼女ははっと気がついて、フォンシエの顔を覗き込んだ。


「大丈夫ですか?」

「ええ。ここは……? 開拓村ではないようですが」


 ルミーネはひどく言いにくそうにしていたが、やがて意を決して告げる。


「あの開拓村は放棄されました。ここは、近くの都市です」


 フォンシエはその言葉を聞いて、少しだけ呆然としていた。けれど、表情を改めるとルミーネに尋ねる。


「村が襲われたのですか?」

「いいえ。その前に全員、避難は済んだようです。ですが、カヤラ領が魔王の襲撃に遭っており、開拓村どころではなく――」

「そっか。それならよかった」


 フォンシエはふと、笑みを浮かべた。

 守りたかったのは、村という存在ではない。そこに住まう人々だ。村ならば、もう一度作り直せばいい。なにも失ってても、いくらでも取り戻せる。


 フォンシエはベッドから出ると、体を動かして調子を確かめる。ずっと眠っていたことで体は衰えているが、剣の技術やスキルの使い方を忘れたわけではない。


 いや、むしろ前よりもずっとうまく勇者のスキルを使えるような気さえしている。


 そんな彼が状況を求めると、ルミーネはあれこれと説明していく。

 明るい話は一つもない。けれど、フォンシエは変わらない穏やかな顔を浮かべていた。


「ルミーネさん。ありがとうございました。まだほんの少しですが、貯金があると思いますので、それを使ってください。この都市ならおそらく安全ですから」

「フォンシエさん……?」

「俺も行きます。魔王を倒しに」


 そしてこれから奪われようとしている命がある。

 魔王がやってくるというのなら、何度でも退けよう。奪おうというのなら、何度でも打ち倒そう。


 ただ、できることをするしかない。そして自分にはそのための力がある。


(ティアはもう向こうに行っているんだろう。俺ばかり寝ていられない)


 フォンシエは着替えを済ませ、準備を整えていく。

 ルミーネは寂しげに、そんな彼を眺めていた。


「お二人とも……行ってしまうんですね」

「すみません。……ですが、必ず戻ってきます。またいつか、お会いしましょう」


 フォンシエが告げると、ルミーネはとあるものを取り出した。

 銀に輝く鎧と、黄金の剣だ。


「フィーリティアさんから預かっていたものです。フォンシエさんが起きたら渡してくださいと」


 それらは、メタルビートルとキングビートルの外骨格から作ったものだろう。フォンシエはそれらを確かめて、やがて身につける。


「ありがとうございます。では、行って参ります」

「フォンシエさんが戻ってくる日を楽しみにしています。どうかご無事で……」


 ルミーネに見送られて、フォンシエは部屋を出て、都市を外に向かって歩いていく。魔物との戦争が行われているため、市民たちの顔には不安が浮かんでいる。


 フォンシエはそれを見て、ますます決意を強くする。


 そして彼は途中で礼拝堂に赴くと、祈りを捧げた。


 レベル 11.32 640


 どれほど願っても、なにを願っても、女神マリスカの返答はこれしかない。力を与えるから、あとは自分でどうにかしろということかもしれない。


 だからフォンシエは、敵を打ち倒すための力を求める。あとは自分で敵を打ち倒せばいいように。


 剣聖のスキル「対水棲剣術」と「対昆虫剣術」、「対魔人剣術」をそれぞれ200ポイントで取得。


 これから先、攻めてくる魔物は多々いる。カヤラ国では様々な勢力が入り乱れることになるだろう。


 だからフォンシエはそれらを片っ端から取ることにした。普通はどれかに限定しなければ取れないものでも、彼はいずれすべて揃えることだってできるだろう。


 それらは確実に一つずつ、彼の力になっていく。


(よし。行こう)


 フォンシエは都市を出ると、戦いの場へと赴く。

 そこらにいる魔物を見つけては光の矢を放ち、迫る敵を剣で切り裂く。


 勇者のスキルはまだ一つずつしか使えないが、いずれは使いこなしてみせる。フォンシエはひたすら魔物を打ち倒して東へと向かっていった。


(魔王ども。攻めてくるというのなら、覚悟しておけ。お前たちには平穏を奪わせやしない)


 カヤラ領に足を踏み入れたフォンシエは、明るい未来へと駆け出していた。



これにて第三章は完結です。

フォンシエは自分の力と目的を認識し、動乱の中へと一歩を踏み出しました。


今後ともよろしくお願いします。

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