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71 開拓村の未来


 キングビートルの肉体が消えていき、黄金の外骨格が落下する中をフィーリティアは全速力で飛んでいた。


 ややもすれば、砕片にぶつかってしまいそうになる。しかしそれでも、彼女は光の羽をめいっぱいに広げ、ひたすらフォンシエのところへと向かっていく。


「フォンくん! しっかりして!」


 彼が地面に落ちる前に空中で抱きかかえて声をかけるが、すでに意識は失われている。


(急いで戻らないと! 開拓村にも、聖職者の職業を持つ人はいるはず!)


 すぐさまそちらへと体を向けたフィーリティアだったが、メタルビートルが追撃せんと迫ってきていた。


「すまない! 一体を逃してしまった!」


 ヨージャの声が聞こえる。

 しかし、彼らの責任と言うわけにもいかないだろう。これはキングビートルが呼び寄せたことで、フォンシエに向かっていったのだから。それに、彼らには光の翼は使えない。


 フィーリティアはメタルビートルに一瞥をくれると、ほんのわずかだけ、意識を傾けた。


「邪魔しないで!」


 きっと睨むと、光の矢が生じて勢いよく放たれる。

 発射までの時間は非常に短く、メタルビートルはそれが間近に迫るまで反応することができなかった。


 慌てて羽ばたくも、胴体に穴が空く。それは背中の羽まで達していた。

 羽が欠けてしまっては、もううまく飛ぶことはできない。メタルビートルはよろめいていた。


 そこで追撃すれば、より安全に仕留めることができただろう。勇者としては、そうするのが正解だったはず。


 けれど、フィーリティアは、


「ヨージャさん! あとはお願いします!」


 そう叫ぶと、真っ先に開拓村へと向かっていく。


 きっと、勇者としては戦いから逃げるなんて、相応しくない。けれど、この少年の幼なじみとしては、なによりも正しい選択のはず。


 フィーリティアは焦りつつも、それを押し隠すように、ひたすら速度を出すことに注力する。


 その速さはもはや誰も追いつけないほどで、あっという間に村に到着する。

 突如、舞い降りたフィーリティアに村の住人たちは驚くが、彼女は構わずに叫ぶ。


「聖職者の方はいませんか!」


 村中に響き渡る声に、慌てて聖職者たちが出てきた。それほどまでに、勇者の言葉は重みがあるということかもしれない。


「フォンくんをお願いします」


 フィーリティアが告げると、フォンシエに「癒やしの力」が用いられる。

 流れている血はすでに固まっているため、回復しているのかどうかも見た目からではよくわからない。しかし、呼吸が安定してきていることから、変化は確かなのだろう。


 数名の聖職者が一人にかかりきりでスキルを用いる。

 これは勇者としての権威を利用していることにほかならないのかもしれない。けれど、フィーリティアはそれ以上に、こう思うのだ。


(これは、フォンくんが積み上げた信頼なんだ)


 彼がこの村を守るために、東奔西走していたことは誰もが知っている。ほかの誰よりも魔物を倒していたことは周知の事実だ。


 だから、彼を失ってはならないと思っているに違いない。


 打算的ではあるかもしれない。敵を打ち倒してくれる人を助けようというのだから。けれど、それでもフォンシエを助けたいという気持ちに嘘はないはず。


 見守る人々の中には、ルミーネの姿もある。彼女はぎゅっと目をつぶり、祈りを捧げていた。


 フィーリティアはぎゅっと拳を握る。

 勇者は戦うことしかできない。もし、自分と彼の立場が逆だったなら、フォンシエは必死で聖職者のスキルを使っていただろう。


 なのに、自分は見ていることしかできない。


 そのことが、いたく胸に突き刺さった。


「……安静にしていれば、いずれ意識が戻るでしょう。早い処置ができてよかったです」


 聖職者の一人が告げると、フィーリティアは大きく息をついた。もう何日も呼吸を忘れていたような心持ちで。


「よかった……」


 フィーリティアは横になっているフォンシエを眺めていたが、彼女に声をかけてくる者もいる。


「あの、メタルビートルは……?」

「こちらにいるものはすべて倒したはずです。新たな魔王が出ましたが、それもフォンくんが打ち倒しました」


 その言葉を聞いて、人々は動揺せずにはいられなかった。

 しかし、それで彼を見る目はまた変わる。それは勇者を見るものとなにも違わない。


 きっと、その人が築いてきた信頼が、勇者という尊称へと変わっていくのだろう。決して、それは与えられた才能が成すものではない。


 フィーリティアはそんな彼らに告げるのは酷かとも思ったが、言わずにいることはできなかった。


「ですが、魔王メザリオは南東の都市を襲い、滅ぼしました。すでに討伐隊は結成されているでしょう。しかし、その影響を受ける可能性もあるため、警戒は続け――」


 フィーリティアがそこまで言ったところで、数名の男が駆けてきた。


「この開拓村は放棄されることになった。傭兵たちはただちに南の都市で防衛の作業を行うように、とのことです!」


 さすがにこれには誰もが困惑せずにはいられない。

 わざわざ、魔王の領地を削ってまで作ったこの村を、犠牲を出しながらもようやく形になってきた村を、放棄するというのだ。


「どういうことですか?」


 フィーリティアは尋ね返す。冷静に言おうとしたのだが、ちょっとばかり怒気がこもってしまったかもしれない。彼らに当たっても仕方ないというのに。


「それが……魔王メザリオの侵攻に合わせて、南の魔王フォーザン、北東の魔王セーランがカヤラ領に責めてきています。そして、東からも侵攻があるとのこと。おそらく、魔王がいるのでしょう」


 もはやこのような小さな村にこだわっている場合ではなくなったということだ。

 カヤラ領の滅亡が現実的になったのだから、そちらとの行き来を都合よくするどころではない。


 誰もが言葉を発することができなかった。

 そんなところで、足音が聞こえてくる。


「フィーリティアさん。フォンシエさんの様子はどうですか?」


 尋ねてきたのはヨージャだ。


「無事なようです。そちらは?」

「すべて問題ありません。証拠として素材も回収してきました」


 ヴェリエは大柄な肉体で、大きな銀と黄金色の外骨格を持っており、ティモは魔石を入れた袋を手にしている。


 それから、フィーリティアは先ほどの説明をヨージャに繰り返すと、彼は重々しい顔つきで、切り出した。


「すぐに避難しましょう。道中は我々が安全を確保します」


 勇者が守ってくれるならば、道中は安全なはず。それに、市壁のないこんなところにいるのはあまりにも無防備だった。


 村人たちはこの村を捨てるのを惜しく思いつつも、命に勝るものはない。詰め込めるだけ荷物を背嚢に詰め込んで、出発の準備を済ませる。


 それらは、彼らがここに住んでいる間に支給された、言わばここにいた証である。

 わざわざ危険な場所に住んで得たものなのだ。これを失ってしまうなら、ここにいた意味がない。


 フィーリティアはこれといった荷物がなかったことだけでなく、勇者として護衛をする必要があったため、ほんのわずかな必要品をしまうだけで済ませた。


 けれど、ルミーネはその身に合わないほど大きな荷物を準備していた。そこには、フォンシエとフィーリティアのものもあった。


「あの、ルミーネさん……」

「フィーリティアさんとフォンシエさんは、大変ですから、私が代わりに持ちます」

「でも、大変じゃ――」

「気にしないでください。私にはこれしかできませんし、それに、お二方と一緒にいた大切な思い出でもありますから」


 ルミーネは黒い尻尾を振って、機嫌よさそうに言う。

 けれど、無理をしていることは間違いない。フィーリティアはそれ以上、なにも言うことができなかった。


 きっと、この結果に誰よりも悔しがるはずの少年の姿が思い浮かんだから。


(フォンくんが守ろうとしたものは……)


 もっと大きな流れの中では無力だった。

 彼が起きたとき、どうすればいいのだろう。どう言えばいいのだろう。わからなかった。


 けれど、それでも出発の時間になると、彼らは南へと動き始める。

 フィーリティアは、寝たまま運ばれるフォンシエのほうをときおり気にしつつ、警戒していく。


 彼が日々、この一帯の魔物を倒していたため、襲われることはほとんどなかった。だからかえって、この結果は悔しく思える。


 いくつかの村を経由して、やがて開拓村にほど近い都市が見えてくると、傭兵たちはひとまずそこで一泊し、近くの都市に散らばることになっていた。


 東はすでに荒らされており、魔物がちらほらと見られる。幾人かはカヤラ領近くの前線に赴くことになるだろう。


 開拓村の住人は、これまで貯めた財によって、当面はここの都市で暮らしていけるだろうが、その後どうなるかはわからない。


 そしてフィーリティアたち勇者は、都市の中心にある屋敷に招かれていた。それからその一室で、ルミーネは眠ったままのフォンシエをずっと見守っていた。付き添いということで、彼女もここに来たのだ。


「ルミーネさん。フォンくんをお願いしますね」


 フィーリティアはルミーネに告げると、その言葉に不安を覚えた彼女にふと笑いかけた。


 そしてフィーリティアは現状を聞くべく、ほかの勇者たちや都市の上層部の者たちのところへと赴く。全員が揃ったところで話が行われることになっていたのだ。


(フォンくんが起きたとき、笑えるように。……取り戻してみせる)


 彼女は覚悟を決めていた。


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