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70 覚醒

 魔王キングビートルは怒りのままに飛び出した。

 誇りでもある角を二度奪われたのだから、無理もない。その矛先はフォンシエのみならず、フィーリティアにも向けられている。


 二人が剣を構えて敵を見据えた瞬間だった。

 キングビートルは羽ばたきとともにあっという間に距離を詰め、前肢による一撃を放ってくる。


 その速さは先ほどよりもずっと優れており、一撃の重みがまるで違う。

 咄嗟に神聖剣術を用いて受け流そうとしたフォンシエだったが、足が地から浮いて、そのまま飛ばされていく。


 キングビートルはそれのみならず、さらにフィーリティアをも巻き込んでいった。光の盾を用いた彼女もまた、後じさりして距離を取らずにはいられない。


「フォンくん大丈夫!?」

「ああ! それよりあいつ……この場に来て、とっておきを隠してやがった!」


 おそらく、一定以上に負傷すれば、能力が向上するようなスキルを持っていたのだ。それゆえに、角を折ったことで空中戦の能力は削いだが、別の攻撃力を上げることになってしまった。


 なんにせよ、やつを倒すためには傷付ける必要がある。いずれこうなることに変わりはない。

 とはいえ、こうも暴れられると、容易には手がつけられない。


 だが、フォンシエは立ち上がるなり、敵目がけて突き進んでいく。キングビートルは今もなお、フィーリティアへと猛攻を続けているのだから。


 防ぐ一方のフィーリティアが視線を送ってくると、フォンシエは「初等魔術:土」によって敵の足を拘束し、さらに彼女と敵の間を遮る壁を生じさせる。


 敵の膂力は高く、拘束できるのはほんの一瞬。しかし、その隙にフィーリティアは剣を構えるのをやめて、土の壁目がけて手を伸ばす。


 そして指先から放たれるは、鋭い光の矢。

 なんとか防戦一方になるのを防ぐために放ったものだったが、土の壁を通り過ぎたそれは、キングビートルの頭に突き刺さる。


 予想以上にいい場所に命中した。しかし、それは貫通することなく、それなりの深いところまで穴を空けるだけにとどまった。


 決して、フィーリティアの力が弱いわけではない。このキングビートルが防御力に長けていたのだ。


 しかし、土の壁から突如現れて驚かせたのは、今度はキングビートルのほうだった。

 魔王は光の矢が放たれるのを承知で突っ込み、土の壁を打ち崩してフィーリティアへとのしかかってきたのだ。


 彼女は咄嗟に逃げようとするも、無数の手が彼女を捕らえようと動く。

 剣を用いて弾くも、相手のほうが手数が遙かに多いのだ。至近距離では不利を覆せない。


 駆け寄っていたフォンシエは、その状況に歯を食いしばる。


 キングビートルがフィーリティアの片腕を掴んだ瞬間、フォンシエは光の翼を用いて思い切り飛び込んだ。


(ティアを傷つけさせるものか!)


 もう、二度と魔王にはなにも奪わせない! 大切な人に、手をかけさせやしない!


(女神マリスカ! 力を寄こせ! あいつを倒す力を!)


 フォンシエは覚悟とともに、残りわずかになっていた敵との距離を一気に詰めると、光の翼を解除して、その勢いのまま無我夢中で剣を振るう。


 ただひたすらに敵を切ることに特化された刃は一際強く輝いた。


「切り裂けえええええええ!」


 勇者の光をまとった剣は、宙に鋭い軌跡を描いた。


 フィーリティアを掴んでいた敵の脚が飛ぶ中、フォンシエはさらなる攻撃を繰り出す。今、彼の集中力は極限まで高まっていた。


 くるりと身を翻すように動くとともに、神速剣術のスキルを発動させる。素早く切り替えされた刃は、光をまとったまま敵のもう一つの脚を切り飛ばす。


 フォンシエはさらに剣を打ちつけようとするが、キングビートルがうろたえながら前肢を叩きつけてくると、咄嗟に神聖剣術のスキルを使用してなんとか受け止める。


 鬼神化のスキルで堪えてみせるが、相手のほうが膂力は遙かに高い。


「フォンくん! 今助けるから――」

「敵をやれ!」


 フィーリティアが表情を変えたのは一瞬だけだった。素早く跳び上がると、先ほどフォンシエがつけたキングビートルの頭の傷をさらに深くえぐり取る。フィーリティアがつけた穴と重なって、それは大きな破損となる。


 もはや絶息してもおかしくはないほどの傷だ。

 しかし、外骨格だけしか切り裂いてはいないのだろう、キングビートルは執拗にフォンシエを攻め続けていた。


 そして片方の前肢がフィーリティアを鬱陶しそうに振り払う。


「きゃあっ!」


 彼女が飛ばされると同時に、キングビートルは二つの脚を用いてフォンシエの剣を弾き飛ばした。


(しまった――!)


 彼が抵抗する術を失った瞬間、魔王はフォンシエの胴体を掴み、思い切り飛び始める。フィーリティアの邪魔が入らないところへと向かおうとしているのだ。


「ギギギュィイイイイイ!」


 激しい威嚇の音を鳴らしながら、キングビートルがフォンシエへと顎により食いちぎらんとしてくる。しかし、もはや受け止めるための剣はない。


 フォンシエはぐっと敵を見据えると、衝撃の瞬間、光の盾を用いた。


 突如現れたそれは、キングビートルの勢いを削ぐことに成功する。その効果は今までとは明らかに違う。


 先ほどフィーリティアを助けたときから、フォンシエは勇者のスキルを取り扱う感覚が変わっていることを実感していた。だから、この攻勢に出ることにもしたのだ。


 勇者のスキルはきっと、覚悟や信念といったものが発動のキーになっているのだろう。魔物に立ち向かう勇気といってもいいかもしれない。


 それを阻害していたのは、勇者と村人という意識の差。


 ほんのわずかな迷いが光を散らしてしまう。訓練すれば考えないようにすることはできたが、彼は彼自身の力を本当のところで信じられていなかったのだ。


 だけど、フォンシエはここに来てようやく、その力を受け入れることができていた。自らの意志でその力を支配下に置いたのだ。ただひたすらに、敵を打ち倒す力とし認識することで。


(これは俺の力だ)


 いつだって、魔物との戦いは死と隣り合わせだ。できる限り、安全な方法だけでやっていきたかった。けれど、きっとそれだけでは足りないときがある。覚悟を決めねばならないときがある。


 光の盾により弱まっていたとはいえ、キングビートルはなんとかフォンシエの肩へと食らいつく。


 痛みが広がる中、フォンシエは鬼神化のスキルを用いて力の限りに敵の顎を押さえながら、意識を集中させる。


(俺はこの力で魔物を打ち倒す! これはそのために与えられたものだ!)


 無我夢中でひたすら敵を倒す覚悟がいるというのなら、受け入れよう。これから敵を切り続けろというのなら、万の屍を築こう。


 それが誰かを守る力になるのなら、奪われる命をなくせるのなら、躊躇することはない。


 フォンシエが敵を見据えると、中空に光が生じた。

 確かな輝きは矢を形作り、鏃はキングビートルの頭の穴へと向けられていく。


 顎がフォンシエの肉体へと食い込み血をとめどなく流させていく中、光の矢はキングビートルへと放たれた。


「ギュィイイイ!」


 一発。敵の動きが鈍る。


(まだだ! もっと強く!)


 たとえこの一撃が効かずとも。たとえ相手が強くとも。

 決して諦めることなんてできやしない。すべきことは、できることは、全力の力で相手が倒れるまで叩き込み続けるのみ!


「食らぇえええ!」


 光の矢が現れては消えていく。

 キングビートルの頭に幾度となく光が吸い込まれていくと、フォンシエはふと、食い込む感覚が和らいでいくのに気がついた。


 押しのけると、キングビートルの顎が外れて、ぽっかりと空いた傷口から血がどっと溢れ出した。


 フォンシエは軽い浮遊感を覚えながら、眼前の光景を眺めていた。

 キングビートルの肉体はゆっくりと変化している。これまで何度も眺めてきた、魔物が肉体を失い、その一部と魔石だけになっていく過程だ。


(やった……のか……?)


 自分が魔王を倒したのだ。あの開拓村を守ったのだ! 今度こそ、誰かを奪われることなく!


 フォンシエはその実感が込み上げてくる。そしてその喜びで頭がいっぱいになっていた。


 ――だから、反応するのが遅れた。


「フォンくん! 後ろ!」


 光の翼を広げ、必死の形相で追ってくるフィーリティアの視線の先には、メタルビートルが一匹。


 先ほどのキングビートルの声を聞いてメタルビートルが飛んできたのだ。あれはフィーリティアから遠ざけるためだけのものではなかった。


 もうメタルビートルの角はすぐそこまで迫ってきている。

 フォンシエは咄嗟に体勢を変えるべく、光の翼を使用する。だが、焦りのせいで、思うようには動かなかった。


 彼はその場から離れ始め、そしてメタルビートルの角がぎりぎりのところをかすめていく。


 ――躱せた。


 そう思った瞬間、すさまじい衝撃が背から襲ってきた。


「ぐっ……!?」


 メタルビートルがわずかに軌道を変えることで、角こそ当たらなかったものの、頭部による体当たりをしてきたのだ。


(くそ、こんなところで――)


 必死に歯を食いしばるが、キングビートルとの戦いで血を流しすぎていた。体は思うように動いてくれない。


 落下していくフォンシエは、向かってくる美しい光の羽がゆっくりとぼやけていく中、意識を失った。



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