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7 たとえ村人だって

 草むらからウサギの頭がひょこひょこと飛び出していた。

 それを見たコボルトは、のそのそと近づいていく。魔物といえども、なにかを食らいながら生きている。


 そしてコボルトは肉を好む性質があった。

 犬面はうなり声を上げながら、ウサギがどこに行ったかと、草むらを覗き込む。


 そうすると、隠れているつもりなのか、草から後ろ足と尻が飛び出しているではないか。


「グゲゲ……」


 コボルトはよだれを垂らしながら、そちらへと近づいていく。

 もう警戒心などすっかり失っていた。


(引っかかった!)


 コボルトの様子を死角から窺っていたフォンシエは、一気に飛び出す。

 そして気づかれる間もなく押さえ込み、地面に組み伏せた。


 コボルトを押さえつけていたフォンシエは、首を絞めている手に力を込める。

 無防備だったコボルトにはしっかり手がかかっており、胴体も押さえ込んでいるため、もはや逃すことはない。


 それから体重をかけていくと、コボルトはすっかり力を失った。


(格闘術のスキルも、こういう状況では使えるな)


 音や匂いを立てずに仕留めるには、都合がいいやり方だ。しかし、どうにも感覚が手に残って、気分はよくない。


 フォンシエはコボルトの魔石を回収すると、近くに置きっ放しになっていた、首を折ったウサギを手に移動を開始する。


 そんなことを何度も繰り返し、コボルトの数は減ってきた。

 短時間で周りのコボルトが急にいなくなったことを受け、コボルトリーダーが金切り声を上げた。


(……気づかれたか。しかし、あとは倒すだけだ!)


 残りのコボルトは五匹ほど。

 コボルトリーダーにさえ気をつけていれば、コボルト相手に致命傷を負うことはないはずだ。


 フォンシエはコボルトリーダーの背後から飛び込んでいく。

 その周りにいたコボルトたちが彼を見て声を上げるが、もう遅い!


「食らえ!」


 炎の魔術により生み出した火球を大きく振りかぶり、投擲。

 魔術ではなく肉体的に投げることで、多少は命中精度を上げる算段だ。


 しかし、使い慣れていないこともあって、コボルトリーダーにこそ命中したが、狙いを逸れて胸の辺りで弾けていた。


「ギュォオオオオオ!」


 コボルトリーダーが咆哮を上げる中、フォンシエは一気に駆け抜ける。

 敵の体は近づくほどに大きく見えるが、恐怖心を押し殺し、迫っていく。


 コボルトリーダーは混乱しつつも槍を構えたままだ。

 それを見て取った彼は、リーダーに視線を向けておろおろしている間抜けなコボルトを切り裂いていく。


 一体、二体。

 無抵抗のままコボルトは倒れて、フォンシエが三体目の首をはねたときのことだった。


 コボルトリーダーが咆哮とともに跳躍し、槍を繰り出してきた。

 咄嗟に距離を取って回避するも、相手は押し潰すほどの勢いで身を乗り出してくる。


 このままでは、押し倒されてしまう!


「もう一発食らえ!」


 フォンシエは咄嗟に炎の魔術をコボルトリーダーの顔面目がけてぶち込んだ。


「グギャアアアアア!」


 敵の絶叫をかき消す爆風を至近距離で浴び、フォンシエは転がっていく。


 すぐさま起き上がると、コボルトリーダーは膝をつきつつも、ぐちゃぐちゃになった顔を動かしながらフォンシエを探していた。


 その隙に木陰に飛び込み、姿をくらます。


 できるだけ息を潜めつつ、呼吸を整えていく。先ほどの衝撃で、体中が痛んでいた。


(けど、あいつのほうがもっと辛いはずだ)


 顔面に食らったコボルトリーダーは、おそらくダメージでふらついていることだろう。


 そしてフォンシエには聖職者のスキル「癒やしの力」があった。魔力が失われていく感覚とともに、怪我がゆっくりと治っていく。


 痛みは残っているし、心なしか楽になった程度の効果しかなかったが、体は動いてくれる。だから問題などない。


(よし、これで力比べでも負けやしない!)


 もう魔力は底をつき、剣を振ることしかできない。

 加えて、相手にはまだ二体のコボルトがいた。


 だが、気力は十分。意志だけは負けていない。


 近くの小石を拾い、立て続けに二度投擲。コボルトリーダーがそちらに気を取られている瞬間に、別のほうから飛び出してコボルトを一閃。


 残りのコボルトをすべて仕留めると、フォンシエは剣をしかと構えた。


「さあ、残りはお前だけだ!」


 挑発するとともに、コボルトリーダーが顔を歪め、怒りのままに飛びかかってくる。

 だが、それは愚策。槍のリーチが無駄になる。


 フォンシエは槍の一撃を剣で受け流し、コボルトリーダーに接近。

 そして焼けただれた傷口のある胴体へと、剣の一撃を見舞いした。


「グギュオオオ!」


 横一文字に開いた傷口からどっと血が流れ出す。


「お前の悪行もこれまでだ!」


 敵が硬直する中、フォンシエは立て続けに、剣を袈裟切りに振るった。

 コボルトリーダーの首から胸へと切り裂き、十字傷を作り上げた。


 勢いよく噴き出した血を浴びながら、フォンシエはだめ押しとばかりにコボルトリーダーに蹴りをくれる。


 体がゆっくりと後ろに倒れていき、やがて地面に背をつけた。

 その魔物を眺めながら、フォンシエは大きく息をつく。


(……たとえ俺の職業が村人だって。もっと強くなれる。こうして戦っていける!)


 コボルトリーダーの肉体が消えていき、魔石と片腕が残った。

 それらを拾い上げ、さっとしまう。それから散らばったままのコボルトの魔石などを回収。


 まだコボルトは残っているかもしれないが、目標であるコボルトリーダーの始末は済ませた。


 これで帰っても、誰も文句など言わないだろう。


 林の中を戻りながら、途中でコボルトを倒していく。

 すっかり疲労が溜まっているため、手続きを済ませたら一も二もなく帰って眠りたいところだった。


 それから都市が見えてきた頃にはすでに日が傾いており、農民たちはそれぞれの家に戻っていたようで、外には見られなかった。


 街に入ろうとすると、門番はすっかりぼろぼろになったフォンシエを見て、怪訝そうな顔をする。


 先ほどは血まみれで入っていき、綺麗になって出ていったかと思えば泥だらけになっているのだから。


(……外套を買っておこう。礼拝堂に行くたびに、服を洗いに戻るのは面倒だ)


 そう思いつつ、彼は宿に戻って着替えを済ませてから、市民ギルドへと向かった。


 中に入るとフォンシエは早速、受付に行ってコボルトリーダーの腕を置いた。


「コボルトリーダー討伐の依頼、達成しました。確認をお願いできますか」

「はい、ただいま。少々お待ちいただけますか」


 奥から人が呼ばれてきて、査定が行われる。

 といっても、コボルトかどうかくらい、誰だってわかるだろう。


「本日討伐されたものであることが確認されたため、これにて依頼は終了となります。お疲れ様でした」


 討伐の時期まで確認が行われるらしく、今回は達成を詐称しようもないということで、さっさと金が支払われることになった。


 もしかすると、窓口業務に関しても報酬の多寡によってどの程度調べるのかなど、違いがあるのかもしれない。


 なんにせよ、晴れて金を手に入れることになったのだ。


 フォンシエは気分がよくなって、


(この金でなにを買おうかなあ。まずは外套だろう。それから剣もほしいが、宿代がなくなってしまうから後回しか)


 などと考えながら、依頼を眺めていた。

 これからこの街を拠点に活動していく予定だ。


 そうしていると、依頼を眺めずに椅子でくつろいでいたパーティの雑談が聞こえてきた。


「なあ、新人勇者の話聞いたか?」

「ああ。めっぽう剣の腕が立つって話だろ? しかも王都で、デュシス様が指導してるって噂だ!」

「え! デュシス様って、あのデュシス様!? いいなあ、あたし憧れてるんだよねえ」

「ばか。お前なんかを相手にするくらいなら、道ばたの石ころにでも話しかけるだろうが」

「言ったなー、こいつ!」


 まだ若いらしい彼らの声には張りがあった。

 フォンシエはそんな会話を聞きつつ、


(ティアも頑張ってるんだな。それにしても……王都か。随分と立派じゃないか。きっと、俺みたいなみすぼらしい格好じゃあないんだろうな)


 と思うのだ。

 なんだか、人事だというのに、自分まで誇らしい気分になってしまう。


 そうして浮かれ気味だったフォンシエだったが、次の言葉が聞こえてくると、思わず固まった。


「でもなあ……その子、獣人らしいぜ。デュシス様と相性悪いんじゃないか?」

「あの噂、本当なの? 公明正大なお方だと思うけどなあ」

「さあてね。俺たちにゃ、知るよしもねえ。さあ、そろそろ行くぞ」


 と、なんだか気になるところで彼らは行ってしまった。

 フォンシエはそんな彼らに視線を向けるが、建物を出て行く彼らの背が見えるばかりだった。


(ま、ティアならうまくやるだろう)


 そんな信頼が彼にはあった。

 だから、今はあれこれと考えるより、すべきことをするのが先だ。


 帰ってきたときは疲れ切っていたはずなのに、今はまだまだ動けそうだった。


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