69 覚悟を胸に
黄金色の肉体が勢いよく迫ってくる。そして欠けた角がフォンシエへと近づいてきた。
フィーリティアが彼から距離を取るも、キングビートルはそちらに目もくれない。狙いはフォンシエただ一人のようだ。
フィーリティアが光の矢を放つも、わずかに体を揺らすことで回避しつつ、彼へと突き進んでいく。
その一瞬の間に、フォンシエは光の翼を使用する。そうでなければ、回避のしようがない速さだった。
ぐんと体に負荷がかかり、一気にその場を離脱する。
彼はその際、姿勢も負担も気にせず、ひたすら速度だけを追求した。そうでなければ、相手を躱しきることなどできやしなかったから。
強風が通り過ぎていく中、フォンシエは弾かれるように飛んでいくと、やがて地面を転がって生い茂る草の中へと突っ込んでいった。
すぐさま起き上がり、フォンシエは音を聞く。
(やつはどこだ……!)
なんとか回避できたとはいえ、安心してもいられない。キングビートルの音は遠ざかっていたが、再び近づこうとしているのだから。
フィーリティアは木々のあるところから、わざわざ見えるように体を乗り出して、光の矢により積極的にしかけていく。
彼女はこのスキルを取ってから間もないというのに、もはや完全に使いこなしている。これが勇者の適正ということなのかもしれない。
勇者ならざるフォンシエには、到底できないことだ。
だが、それでもなんとかしなければならない。フィーリティア一人に任せるわけにはいかない。
(勇者だとか、村人だとか、そんなことは関係ない。今、俺と彼女がここで倒すんだ!)
フォンシエは敵を見据える。
彼の魔力は以前より増えたとはいえ、多いとはいいがたい。そして半端なスキルを使ったところで、あの強固な外骨格には効果がないはずだ。
となれば、多くのスキルは補助的に使うしかない。
まだ不安定な勇者のスキルを用いねば、切ることすらかなわない可能性が高いのだ。
それでもやらねばならない。フォンシエは覚悟を決める。
キングビートルは光の矢を放ってくるフィーリティアへと狙いを変更し、そちらに向かっていく。先に彼女のほうを仕留めることにしたようだ。
フォンシエは気配遮断のスキルを用いつつ、見つからないように潜んだまま、機会を窺う。
そして魔王がフィーリティアへと角を向けた瞬間、相手目がけて手をかざした。
高まる魔力は、取り囲むように土の壁を生み出す。若干遅れて、光の矢も放たれた。
視界を遮られたキングビートルは、咄嗟に舞い上がろうとする。そこめがけて突如現れた、土の壁を貫いて現れた光の矢に反応することはできず、確かに胴体をかすめていく。
硬い魔王の外骨格は、削り取られて甲高い音を立てた。
そして土の壁を乗り越えて現れたのはフィーリティア。彼女は狐耳をぴょこぴょこと動かし、音だけで状況を把握していた。
そして光の翼を用いて一気に接近し、光の剣を振るう。が、キングビートルは咄嗟に距離を取り、回避するとともにフィーリティア目がけて前肢を振るった。
今度はフィーリティアが光の翼を逆に動かして距離を取るも、相手はすでに彼女を射程内に捉えていた。真っ直ぐに、彼女へと前肢が向かっていく。
フィーリティアはこのままでは躱せないと見るや否や、素早く尻尾をくるりと近くの木々に引っかける。そしてあたかも振り子のように円運動を行い、急速に方向を変えて上方へと跳び上がった。
間一髪。
キングビートルの一撃が直下を過ぎていき、枝をへし折っていく。
まともに食らっていれば、一撃で骨をも砕かれてしまっていただろう。ぞっとするほどの一撃だ。
相手はすぐさま、空中にいるフィーリティアへと視線を向ける。空中では、羽があるキングビートルに分があった。
が、そこに飛び込んでいく村人の姿がある。
気づかれては意味がない。それゆえに、光の翼によりギリギリまで接近する。しかし、近くまで迫ったところでキングビートルは振り返り、フォンシエ目がけて前肢を叩きつけようとする。
当たれば致命傷になるそれを、フォンシエはじっと見つめる。集中力は高まり、そしてそのときがやってきた。
前肢が迫ると同時に光の翼を解き、地に足がつくなり、鬼神化のスキルを用いて跳躍。くるりと一回転するように、前肢を超えていく。
失敗すれば、引っかかったところで力任せに体は持っていかれていただろう。けれどフォンシエは迷いなく、それをやってのけた。
そして回転の勢いを乗せて思い切り剣を振る。そこにはまばゆい光が纏われていた。
ザンッ!
確かな手応えとともに、キングビートルの頭部が切り取られる。
(浅い……!)
体がわずかに浮いてしまっていたため、剣は深くまで通ってはいなかった。
頭部に一筋の傷を負いながらもキングビートルは、フォンシエへと狙いを定めている。
「フォンくん!」
フィーリティアが急降下しつつ、彼を救い出そうとする。光の翼を使ったばかりの彼は、このままでは回避のしようがなかったから。
だが、フォンシエはここを好機と見た。
「ティア! 切れ!」
彼は叫び、キングビートルへと手をかざす。敵が命を狙ってきている状況で、フォンシエはやけに冷静だった。
命のやり合いの中、戦いの高揚感は激しさを増している。だが、極限まで高められた集中力は、どこまでも鮮明な思考を叩き出す。
(たとえ勇者のスキルが連続して使えなくとも、距離を取る方法ならある!)
彼の間近で魔力が高まり、「初等魔術:炎」が発動する。
至近距離から放たれた火球はキングビートルへと命中すると、フォンシエをも巻き込んだ爆発を起こした。
爆風の中、フォンシエは光に包まれ、敵から離れるように吹っ飛び、やがて地面を転がっていく。
けれど、フィーリティアはそちらを見ることはなかった。彼女はじっと、敵のただ一点を見つめている。
フォンシエが敵を切れと言ったのだ。彼が命がけで生み出したチャンスなのだ。無駄にするわけにはいかなかった。
「やぁああああ!」
フィーリティアは剣を掲げると、落下の勢いに乗せて、掛け声とともに一気に振り下ろした。
あたかも稲妻のように、一筋の光が走る。
剣筋はまったくぶれない。そして着地とともに、大きな黄金色の角が傾いていく。ゆっくりと、切り取られた角が落ちていく。
フィーリティアは素早く距離を取り、そこでようやくフォンシエへと視線を向ける。転がっていたフォンシエはなんとか起き上がりながら、敵の様子を窺う。
(これで、飛び回りながらの攻撃は弱体化したはずだ!)
体の調子を確かめ、癒やしの力を使用する。
敵から距離を取るべく用いた魔術による爆発の瞬間、光の盾を用いたが、不完全なそれでは十分なまでに体を守り切ることができなかったのだ。
衝撃を吸収するかダメージだけを減らすか、慣れれば様々な調節を行うこともできる。しかし、彼はそこまでの技術はなかった。
最悪、死なずに体が動けばいい。
敵の致命的な一撃を食らうよりは、まだ自分の魔術を浴びたほうがマシだった。
だが、戦うのに支障はないレベルの怪我しか負っておらず、敵の有効な攻撃方法も奪った。
フォンシエは二度も角を失った魔王の姿を眺める。
やつはしばらくはそのまま動かない状況であった。しかし、ゆっくりと動き出し、角がなくなったことを認識するなり、激しく音を立て始めた。
「ギュギュギイイイイイイ!」
すっかり怒り心頭らしいキングビートルは、もはや彼らを殺すまで止まりはしないだろう。
誰もが怯える魔王の咆哮に、フォンシエは歯を食いしばる。そしてそれすらも打ち消す気合いとともに、剣を構えた。
「さあ、来い!」
村人は隣に華麗に着地した勇者とともに、魔王をも超える気迫を見せた。




