67 村人のやり方
迫るメタルビートルの角を浴びれば、胴体に穴が空くどころか、真っ二つにされてしまうだろう。それを躱しても、前肢によりはたかれるだろう。
フォンシエは敵を引きつけ、ぎりぎりのところで光の翼を使用する。
急な動きに、彼はごろごろと地面を転がることになったが、それでも回避には成功した。
これは無様な姿だ。だけど、使える力をなんでも利用しようとする貪欲さの現れでもあった。
泥まみれになりながら彼は状況を説明する。勇者たちは光の盾をうまく利用して勢いを落とし、回避していた。
(……俺にはできないな)
村人のフォンシエにとって、勇者のスキル自体、確実なものではない。そんなスキルに命を預けることなんてできるはずもなかった。今は。
(だけど、いつか)
必ず、乗り越えてみせる。
フォンシエは目の前に立ちはだかる敵を見据える。今は誰も助けてはくれない。自分の力でなんとかしなければならない。
(この程度、障害になどなるものか)
フォンシエは息を整えると、じりじりと敵に間合いを詰めていく。
鋭い風切り音とともに角が繰り出されると、素早く後退。「見切り」と「瞬発力」のスキルもあって、しかと動きを捉えて動くことができた。
角が胸先ぎりぎりのところを過ぎていくと、反対にフォンシエは踏み込んだ。思い切り、鬼神化のスキルを利用して。
懐に入ると、敵が前肢を打ちつけようとしてくるのに対し、剣を構える。そして「初等魔術:土」を使用した。
相手の脚を拘束し、動けなくしたところで、フォンシエは幻影剣術で敵の前肢を切り飛ばす。
数が多いゆえに厄介なのであり、そうでなければさして問題にもならなかった。
相手が拘束から逃れようとすると、その前に神速剣術と光の剣を同時に使用。勇者の光がすさまじい勢いで弧を描いていく。
だが、落ちた脚はたったの一本。光の剣の調整がうまくいかず、切れずに弾いてしまったのだ。
攻撃される危険がなかったからいいとはいえ、これでは使い物にならない。フォンシエは後退して、再び剣を構え直した。
すでにメタルビートルは前肢が一本しかなく、ほかの脚も一つ切り落とされていることもあって、動きが鈍りつつある。
それゆえに敵は羽を動かし、浮かび上がった。
警戒態勢に入ったメタルビートルは、フォンシエ目がけて角の一撃を放ってくる。
咄嗟にフォンシエは回避するも、メタルビートルはそのときにはすでに距離を取っていた。
(こっちに攻撃させない気か)
勢いをつけて突っ込んでくるなら、躊躇するとでも踏んだのか。
フォンシエは息を大きく吸うと、敵を見据える。気分はすっかり落ち着いていた。
幾度となく、敵が突っ込んでは離脱する。その繰り返しがいつまでも続くかに見えたが、メタルビートルの狙いが一瞬、甘くなった。
突っ込んでくる大きな角へとフォンシエは素早く神聖剣術を用いて受け流す。剣をすり上げるようにすると、敵の体勢は崩れつつも羽ばたいて逃げていくが――。
そのときには、すでにフォンシエは敵へと飛び込んでいた。その背には光の翼。
精密な制御なんてできやしない。体勢だって、剣を振ったばかりで崩れている。
けれど、相手がまだ気づかないうちに、一瞬で距離を詰めることができていた。それは暴走しているのとさほど変わらないかもしれない。
だからフォンシエは剣を小脇に抱える。とても振りかぶって当てるような姿勢ではなかったのだ。
(お前を仕留めるには、これで十分。食らえ!)
相手との距離がぐんぐんと縮まっていく。そしてその頭が見えた瞬間、フォンシエは光の羽を消して、今度は剣に闇を纏わせながら突っ込んでいった。
すさまじい勢いで、剣先がメタルビートルの頭に突っ込んでいく。
深く深くへと刺さり込んでいった剣は、やがて食い込んで抜けなくなった。
そうなると、フォンシエは幻影剣術を解除し、光の剣を用いる。途端、抵抗が軽くなった。
すらりと剣は敵の頭を引き裂き、体液を撒き散らす。
濡れた剣は光を散らし、幻想的にすら見えた。
たとえ同時に勇者のスキルが使えずとも。たとえ勇者のスキルを連続して使用することができずとも。
この不完全な村人には、そのやり方がある。そのことを、今証明したのかもしれない。
フォンシエは切り倒したメタルビートルにとどめを刺しつつ、ほかの様子を窺う。
すでにおおかた仕留め終わったところであり、あとはヨージャの相手をしているメタルビートルだけだ。
彼は慎重な性格ゆえに、脚や角、それから羽まですべて切り落とし、だるま状態になった相手にようやくとどめを刺そうとしていた。
「フォンくん。これで目標は達成?」
フィーリティアがやってきて尋ねる。
「こいつらの向かっていった先が気になる。南へと続く跡があるんだ。大移動している先には、カヤラ領北の都市がある。放置はできないよ」
「じゃあ、追ってみるしかないね」
そんな話をしている間、ヨージャたちはメタルビートルから得られた素材と魔石を回収していた。
彼らは雇われであるため、フォンシエがそう決めたなら従うだけだ。
「行きましょう」
フォンシエが告げると、勇者四人が動き出す。狩人のスキル「探知」や冒険者のスキル「洞察力」により、一番異変に気づきやすい村人が先頭だ。
進んでいくと、草木は押し潰され、倒木も目立つようになってきた。そこには魔物の姿も獣も見当たらない。
すべて、メタルビートルが倒していったのだとすれば。魔王メザリオは、ヒトの領地を奪い取るべく動き出したと見ていいだろう。
フォンシエは覚悟を決める。こうなれば、大きな戦いが待ち受けている可能性が高い。
「もうそろそろ、都市が見えてくるはずですが……」
ヨージャが歩いた距離からそう判断する。
フォンシエもそう思っていたところだ。それゆえに、焦りが募る。ここまで来て、この大移動の跡が消えていないのだ。
いよいよ、騒音が聞こえ始めた。フィーリティアが狐耳を立てて音を拾うと、
「戦いがあるようです。いえ、あったと言ったほうが近いかもしれません」
真剣な面持ちで告げる。
その意図するところは――。
フォンシエは急ぎ足を進めると、視界が開ける。そこにあったのは、崩壊した市壁であった。
メタルビートルが都市の中を跋扈している。抵抗しようとする者も、もはやいなくなったようだ。
――多少持ちこたえれば、勇者を呼ぶ手筈も。
あの都市の責任者が言っていた言葉が蘇る。
確かに、持ちこたえたのだろう。この都市を犠牲にすることで! ここにいる人々の命を糧に!
いずれ、勇者もやってくるはずだ。魔王メザリオを討伐すべく隊が結成されているに違いない。敵が撤退する前に、ここに到着すればいいのだ。
都市一つと引き替えに魔王を仕留められるなら安いものなのだろう。だけど……。
フォンシエは歯噛みする。そして剣を抜こうとした。
「待って、フォンくん。もう、あそこは……」
「生き残っている人がいるかもしれないだろう!」
「……戦えない人を守りながら、大量の敵、それも魔王を相手になにができるの?」
フィーリティアがじっと見つめてフォンシエに問う。
決して冷徹だからではない。どうしようもない現実に、できることを考えろといっているのだ。
フォンシエにはわからなかった。
これからなにをすべきなのか。どうするのが最善なのか。
そんな彼に、ティモが告げる。
「悪いが、あそこに突っ込めというなら、この仕事は降りさせてもらう」
「私もそうしましょう。命が惜しいですから」
ヨージャも続くとヴェリエも頷いた。
「討伐隊ならともかく……この人数じゃ、包囲されておしまいだ」
あれらメタルビートルを率いている魔王メザリオは、魔王の中でも間違いなく強い部類に入るだろう。弱い魔王とは一線を画するはずだ。
彼らがいてもできることは少ないというのに、フォンシエ一人でできることなんて、あるはずがなかった。
拳を握っていた彼だったが、突如、都市のほうから大きな音が響いてきた。誰もが慌てて木々の影に隠れ、様子を窺う。
羽音を鳴らしながら都市の上空へと現れたのは、一際大きな銀光りする甲虫であった。




