65 それぞれの役割
心地よい鈴の音を鳴らしながら、勇者ギルドに入る者があった。
新米ながらも魔王との交戦を二度経験した勇者フィーリティアである。
「こんにちは、フィーリティアさん。ご用件はなんでしょう?」
「今日は依頼をしたくて」
「はい。どのようなお仕事をお探しでしょうか?」
「いえ、私から、お仕事を頼みたいのです」
「え? はい、承知いたしました」
勇者が勇者に仕事を依頼する。そんな事態は滅多にあることではない。
だから受付嬢が思わず聞き返してしまったのも無理もない。
フィーリティアは金銭などの情報を述べていき、それで雇える者はいないかと訪ねる。しかし、反応は芳しくない。
「勇者ギルドを介しますと、手数料等が発生しますので……直接、勇者に交渉したほうがよろしいかと存じます。現在、王都に滞在している勇者は……」
受付嬢は、さらさらと情報を読み上げていく。
個人情報とはいえ、公開しても構わないと告げている者たちのリストだ。
「アルードさんは」
「現在、南寄りの土地で調査中です」
「そうですか……」
彼ほど頼りになる勇者はほかにいない。しかし、魔王を相手にするのでなければ、ほかの者でもさほど困ることはないだろう。
フィーリティアが狐耳をぱたぱたと動かしながら悩んでいると、鈴がもう一度鳴った。入ってきたのは、生真面目そうな男だ。
「お久しぶりです。フィーリティアさんもお仕事探しですか?」
「いえ、少しギルドで頼みたいことがありまして。ヨージャさんはお仕事ですか?」
「ええ。少し、失敗をしてしまいましてね。大金を得るつもりが、身ぐるみ剥がされてしまいましたよ。あんな凄腕がいるとは……」
笑うヨージャは、今日もギャンブルに明け暮れていたようだ。
しかし、金に対する執着があるわけでもなく、ギャンブルそのものを好んでいるのだろう。悔しがっているというようにも見えない。
「ですから、生活費が入り用なのです」
そう告げるヨージャに、フィーリティアの狐耳がピンと立った。彼ならば信用できるし、実力も確かだ。
「あの……! それでしたら、私からの依頼、受けていただけませんか?」
「フィーリティアさんから?」
ヨージャは怪訝そうな顔をする。しかし、フィーリティアが報酬や状況などを説明すると、すぐに頷いてくれた。
「それでしたら、受けましょう。魔王討伐ではないのですね?」
「はい。その点はご心配なく。偶然出くわす可能性はありますが……」
「そのときはすぐに逃げますから」
無理に少数で戦うこともない。そちらは正式な依頼で、大金を積んで魔王討伐に集められた者に任せればいい。
「ふむ……では、ほかのメンバーを集めましょう。心当たりは?」
「今のところありません」
「私から声をかけておきましょう。すぐに二、三人集めます。少々お待ちを」
ヨージャは勇者ギルドを出ていくと、フィーリティアはここで待っていることにした。知り合いが少ないため、動いても特にできることはない。
それからしばらく待っていると、ヨージャは二人の男を連れてきた。勇者ギルドでよく見かける者たちだった。
「フィーリティアさん。こちらのやや肥満体型の男がヴェリエ。食事の味もわからないのに、破産するまで高級食材を馬鹿みたいに食いまくっている者です」
「ヨージャ、その説明は間違っている。ちゃんと味をわかった上で食っているんだ!」
自信満々に言うヴェリエは丸々している。
「そしてこちらがティモ。いつも女遊びをしていて、性病にかかっては聖職者や呪術師のところに駆け込んで治してもらっている勇者です」
その説明に、フィーリティアは引いてしまった。
ティモは肩をすくめる。
「心配すんな。かかったらきっちり治すまで大人しくしているからよ。それに、お前さんみたいな芋っぽいガキにゃ興味ねえから」
ティモはニヒルに笑う。
彼はやせ形でだらしない格好をしているが、普通にしていればそれなりに格好はいいのだろう。
フィーリティアは馬鹿にされた形だが、嫌に思うどころか、ほっとしていた。なんとなく、ティモが受けつけなかったのである。
とはいえ、勇者としては頼りになるそうだ。
そうしてとりあえずのメンバーが揃うと、東に向かうことになる。
ティモは鎧などを準備してくると、すっかり勇者らしくなっていた。剣をくるくると手の中で弄びながら尋ねる。
「で、目標はメタルビートルを数十体仕留めりゃいいんだろ? 合流するもう一人ってのは?」
「フォンシエくんです。村人ですが、とても頼りになるんですよ?」
「はあ? 村人?」
ティモは思わず眉をひそめた。これが普通の反応だ。
けれど、そこにヨージャがつけ加える。
「彼はカヤラ国の魔王討伐に参加していました。私も助けられることになりましたよ。上位職業と同じと見ていいでしょうね」
「ま、邪魔にならないならそれでいいさ」
そうして彼らが東へと動いていく中、ヴェリエは抱えた袋から、菓子を取り出しては頬張っていた。幸せそうな顔で。
口の周りに食べかすをつけている勇者たちに視線をくれながらフィーリティアは、これからの戦いを思い、緊張感をゆっくりと高めていくのだった。
◇
フォンシエは都市の礼拝堂に来ていた。
調査に関して褒賞として得た金を受け取った帰りだ。
すでに開拓村で出すべき指示は終わり、時間もできていた。だから今後の戦いのために、取るべきスキルを取りに来たのである。
女神マリスカに祈りを捧げると、いつものようにレベルが表示される。
レベル 10.72 スキルポイント740
それを見て、フォンシエは予定を変更せずともに問題ないと判断する。
すでにレベルも二桁になり、上がらなくなってきた。最近はずっと魔物を倒して回っているのに、こんな状況なのだから。
それゆえに、そろそろ覚悟を決めなければならない。
(よし……俺は勇者を超えていかねばならない)
勇者を超えることそのものに意味があるわけではない。しかし、魔王との矢面に立つのは勇者であり、人々をその脅威から救うのもまた勇者なのだ。
それを乗り越えていかなければ、フォンシエの目的は達成できるはずもない。
(魔物を倒す、力を――)
フォンシエは200ポイントで光の盾、300ポイントで光の翼、200ポイントで光の矢を取得する。どれも勇者のスキルだ。
今までは、光の剣ですら使えないのだから、ほかのスキルで代用しようとしてきた。しかし、それではいつまでたっても勇者を上回るはずがない。
このスキルがたとえ勇者よりうまく使えなかったとしても、そこは別のスキルでカバーしてみせる。
フォンシエは覚悟を決めると、都市を出て開拓村へと向かっていく。
光の翼を使用すると、風のように疾駆する。飛び上がるのは難しそうだが、一時的に離脱するにはうまく使えそうだ。
そして森の中に魔物を見つけると、光の矢を放つ。
精度はまだまだ甘いが、大きめの魔物に至近距離から浴びせるには問題なさそうだ。
光の盾は、正直なところ、命を預けるほどの精度で使えないため、あまり使いどころはないだろう。
けれど、この二つのスキルだけでもできることは増えるはず。
フォンシエはそれらのスキルの練習も兼ねて、道中の魔物を倒していく。そして開拓村の最前線に辿り着くと、そこでは急速に村を囲む柵が強化されていた。
魔王相手にはなんの役にも立たないだろうが、そうでない場合は、多少は持ちこたえられるだろう。
都市からでは間に合わないだろうが、近くの村から増援が来る程度には時間が稼げるはずだ。
フォンシエがその様子を確認していると、ルミーネがやってくる。
「あの、フォンシエさん。やっぱり、無茶していたんですね……?」
その問いに、フォンシエは答えられなかった。
そしてルミーネも追求することなどできるはずがない。代わりに彼女は、そっと温かな食事を差し出した。
「どうか、これだけでも口にしてください」
なにもできないことへの彼女のつらさが、その一言に詰まっていた。そして、彼を思う気持ちも。
だからフォンシエは夕食をよく味わった。いつになく美味しい食事だった。
それから彼は周辺の見回りをし、夜になると勇者たちが到着する。
敵は夜間、活発に動く。だから朝に行動を起こすことになった。
勇者たちの到着に移住者たちが絶対的な勝利を確信する中、フォンシエはルミーネとフィーリティアと三人で眠る。
明日の戦いは、もう失敗しないと心に決めて。




