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63 嘘をつかないための嘘を

 日の出前、フォンシエは森の中を駆けていた。

 呼吸を整え、剣を一振り。その軌跡が一瞬きらめいたかと思えば、また夜の闇ばかりが待っている。


 そんなことが幾度となく繰り返される。

 しかし彼の剣が切り裂いているのは魔物ではなかった。村と村に存在する道が作られつつある中、伐採が終わっていない木々だ。


 フォンシエは力を込めずとも、それを一振りで断っていく。が、やがて剣は乾いた音を立てて木の半ばほどに食い込んだまま動かなくなった。


 剣は光を纏っていなかった。


 フォンシエは幻影剣術のスキルで闇を纏い、木を切り倒す。しかし、それではいけないのだ。


(勇者の力を使いこなせるようにならないと……)


 これまでは光の剣はとどめの一発の切り札として使ってきた。しかし、これを今まで以上に使えるようになれば、幻影剣術などを使用する機会が減り、魔力不足は多少解決するだろう。


(俺は勇者じゃないからって、逃げていられない。敵はそんなことを考慮してはくれないし、今ある力で切り抜けるしかないんだ)


 さっさとこの開拓村を完成させてしまえば、魔物の被害が少なくなるだろう。

 この計画はそもそも、ある程度の被害が出ることなど想定した上で組まれたものだ。フォンシエとて、それを理解してここに来ている。


 だけど、きっとその考えは自分が思っていた以上に、揺らぎやすいものだったのかもしれない。


 だからせめて、自分の感情に嘘をつかなくて済むように。


 フォンシエは剣を振る。そうして木が倒れる音が幾度となく響くと、それにおびき寄せられた魔物が集まってくる。


 木々の影から見えるのは、レッドアント、ポイズンビーなどが数十。あれからフォンシエは魔物を駆除し続けているが、まだ残っているのだ。


 住めなくなるほど環境を変えない限り、やつらは次々と湧いてくるのかもしれない。


 そして、大きな羽を動かしながら現れるは、二匹の紫色の蛾だ。鱗粉には毒があり、吸い込めば幻を見てしまうという。


 それゆえに、実際にはそのような魔物は存在していないのではないかと疑われたことから、イマジナリーモスと名付けられていた。


 優先順位としては、その鱗粉をなんとかするところから始めなければならない。しかしフォンシエは、息を吸い込むと、気配遮断のスキルとともに思い切り敵中に飛び込んだ。


 息を止めつつ、鬼神化のスキルを使用。強化された脚力は、あっという間に敵との距離を詰めていく。


 そして目の前にイマジナリーモスが現れると、剣を一閃。光の剣はあっさりと敵を両断した。


 気配遮断のスキルにより、敵はまだ気づいていない。とりわけイマジナリーモスは動きが速いわけではなかった。


 彼は木を蹴って方向転換すると、もう一体の蛾を切り裂いた。今度は剣に黒いもやが絡みついている。


 そうして敵を切り倒したあとには、微細な粉が舞っていた。

 フォンシエは着地とともに解毒のスキルを使用し、すかさず方向転換して残りの魔物の中へと飛び込む。


 ようやく、レッドアントもポイズンビーも彼を認識して群がってくる。

 瞬間、フォンシエは「神速剣術」のスキルを用いて敵を切り裂き、背後から急襲してきたポイズンビーを「神剣一閃」のスキルで薙ぎ払った。


 残った魔物が警戒気味に距離を取ると、フォンシエはなんのスキルを使うこともなく、一体ずつ足を切り落としていった。


 そして動けない魔物を蹴飛ばして一カ所に集めると、蠱毒のスキルを使用。魔物どもが共食いを始めると、それが終わるまで伐採を続ける。


 やがて残った一体が丸々と太ると、剣で頭を切り落とした。


(若干、魔力は減ったか)


 体力を消耗する鬼神化と無尽蔵に使える光の剣を使用した分、敵を中等魔術で吹き飛ばすよりは魔力の消費が少ないと踏んだが、やはりそれでもトータルでは減っている。


 フォンシエは疲労を押して、魔力が尽きるまで動き続けた。


 そして魔力がなくなると近くの村に寄って、適当に安全そうな倉庫の類で軽く仮眠を取る。


 魔力に限定すれば、休んでいるうちに回復するため、長い睡眠を一度に取るよりも必要最小限の短いものを小分けにしたほうが効率はよかった。


 移住者たちがやってきて「こんなところで寝るなんて」などと小言を告げる者もいたが、次第に見慣れた光景になりつつある。


 そうして丸くなって寝ていたフォンシエだが、日が昇ってくると、再び活動を開始する。


 今日はやろうと決めていたことがあった。

 彼は北の村に戻って、それから軽く朝食を済ませる。


「フォンシエさん。その……今日も、出かけられるのですか?」


 一人で黙々と食べていると、声をかけてきたのは、ルミーネだ。


「ええ。大丈夫ですよ。最近は魔物も出なくなってきていますから。もう、被害には――」


 彼女のことを心配するフォンシエは、そっと抱きしめられた。


「ごめんなさい。気にしているんですよね」

「……そんな。謝られるようなことは。ただ……こうしていないと、落ち着かないんです。だから、心配しないでください」


 戦いに慣れるにつれて、人の死にも慣れていく。そうして感情が鈍磨したところで、大切な人の危機に、死の重さを実感させられたのだ。


 いつ、そのような被害が起こるかわからない。それは災いと言い換えてもいいかもしれない。


 だからフォンシエは一つの覚悟を決めるのだ。

 そうなる前に、防げるものはすべて防いでしまおうと。


「それじゃあ、今日も気楽に出かけることにします。晩ご飯までには帰ってきますから、美味しいものを期待していますよ」


 フォンシエが村を北東に向かっていく。その最中、傭兵たちとも出くわすが、あのとき見知った顔はもうなくなっていた。


 傭兵たちも、村が安定してきて入れ替わりが多くなっている。フォンシエが知らない者も増えてきた。


 新しくきた者の多くは、このまま現状維持でなんら問題はないと思っているのだろう。

 けれど、フォンシエは北東に向かう。魔王メザリオが住むという地へ。


(魔王がいるというのなら、見つけ出して先に仕留める。そうでなければ、後手に回ってしまう)


 そのためには、情報を集めて軍を作る必要がある。


 森の中を進むと、最近は彼が動き続けているため、しばらくは魔物に遭遇せずに済む。しかし人の領域を離れれば、そこかしこに昆虫の魔物が見られるようになってきた。


 遭遇するなり片っ端から切り倒していくフォンシエは、そのままずっと進んでいく。


 魔物が多くいるほうへ。統率が取れていると感じられるほうへ。

 わざわざ、危険な調査を好き好んで行う人間はいない。だから出会うものはすべて魔物だ。


 どれほどそうしていたことか。フォンシエは全身が泥と汗にまみれたところで、向こうから聞こえてくる激しい音に耳を傾けた。


 あたかも武器をぶつけ合っているかのような音の発生源へと近づいていく。

 すると、巨大な甲虫が争っているところだった。


 一頭は巨大なカブトムシ。もう一体はクワガタだ。

 角と顎をぶつけ合っているが、勝負はすぐについた。カブトムシが相手を持ち上げて投げ飛ばしてしまったのである。


 そうなると、敗者は背を向けて逃げていく。


 フォンシエは勝ったほうの魔物を眺める。黒光りする巨大なカブトムシは、金属のような硬い肉体を持つことから、メタルビートルと呼ばれている。


 この相手は、並の職業ではまったく歯が立たない。まず、狂戦士や暗黒騎士など、攻撃に長けた職業でなければ、傷つけることすらできないのだ。


 フォンシエはできるだけ、迂回していくことを決めた。

 光の剣を駆使すれば戦えないこともない。しかし、周りが敵ばかりの状況で、戦いが長引けばどうなることか、予想するまでもない。


 そこまで数が多い個体ではないから、ここさえ乗り切れば進むことができるだろう。


 フォンシエがそう思ってさらに奥地へと進んでいくと、その向こうにはさらなるメタルビートルがいた。その数は十を超える。


 これほど密集すれば、縄張り争いが発生するはず。それがないということは……。


(魔王メザリオか!)


 その魔王がメタルビートルの上位種で統率しているのだとすれば、おそらく、勇者以外ではまったく太刀打ちできなくなる。


 少しでも情報を集めよう、できることなら魔王も目視しておきたいと、気配遮断のスキルを使用しながらさらに進むフォンシエ。


 そうして向こうに、丸太ほどの太さのある巨大な角が見えてきた。


 フォンシエは息を呑む。そしてその姿を見ようとした瞬間――

 彼は咄嗟に跳躍した。先ほどまでいたところを鋭い角が突き進んでいき、木にぶち当たるとへし折ってしまう。


 その威力に思わず、冷や汗が流れ出す。

 魔物の領域に入り込んだ異物に、辺りの魔物が動き出す。


(これまでか……!)


 フォンシエは探索を止め、脱兎のごとく逃げ出した。

 取り囲まれた瞬間、死ぬことになる。そんな彼の眼前に、羽ばたきながら威嚇してくるメタルビートルが立ちはだかっていた。


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