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62 選択の結末は

 土煙の中向かってくるのは、十数のポイズンビーだ。

 あの巣から離れていた個体がすぐに反応したのだろう。


「射かけろ!」


 狩人たちがそれらを狙い撃つが、相手もさほど大きくないため、胴体や頭を貫いた矢は少なく、ほとんどはかろうじて羽をかすったくらいだ。


 そしてポイズンビーが迫ると、魔術師たちが下がって剣を持った者たちが前に出る。


 彼らは迫る敵の牙や針を回避して剣を叩き込んでいく。こちらのほうが数が多ければ、さほど苦戦する相手ではない。針にある毒にさえ気をつければいい。


 その隙にフォンシエは持ってきた壺の中にいる虫に剣を突き刺した。蠱毒のスキルが発動し、体液を撒き散らした剣にはもやが絡みついてくる。


 これを魔力の回復に用いようとしたのだが――


 土煙の中、すさまじい数の羽音が聞こえてくる。そして視界が開けたときには、向かってくる数十のポイズンビーがいた。


 フォンシエは咄嗟に、掲げた剣を一振りする。


「このっ……食らえ!」


 絡みついてたもやのようなものが飛んでいって、敵に纏わりついた。


 ポイズンビーの動きはやや鈍るが、これは徐々に体力を奪う性質のスキルだ。それゆえに、すぐさま蹴散らすことなどできやしない。


「女王蜂は!?」


 その言葉に、誰もが視線を動かしていく。そして、そこに巣の有様を認めた。


 巣の大部分は吹き飛んでおり、地面に破片が散らばっている。だが、僅かに残ったほんの一割にも満たないところからはポイズンビーがわらわらと溢れ出しており、さらには傷ついた女王蜂を運んでいる蜂の姿すら見えた。


 次の瞬間、フィーリティアは剣を空に突きつけ、その切っ先から光が放たれた。


 すさまじい勢いで向かっていった光の矢は、運んでいる蜂もろとも女王蜂を撃ち抜いた。


「女王蜂は死んだ!」

「おおおおおおおおお!」


 歓声が上がる中、ポイズンビーの動きが変わっていく。

 傭兵たちに向かってくるもの、右往左往するもの、そして辺りに散らばるもの――。


「まずい、村の方向に行ったやつがいる! 助けないと」

「それよりこっちだ! やつらが向かってきているんだぞ! 村なんかあとでいい!」


 傭兵たちは自衛を優先する。村にも傭兵は残しているのだから、判断としては間違っていない。


 魔術師たちが残りの魔力で「初等魔術:炎」により迎え撃つ。

 しかしポイズンビーは数が多い上、躱したりすることもあった。百を超える敵が迫ってくると、武器を持たない魔術師たちは尻尾を巻いて逃げるしかなかった。


「くそ! 来るなら来やがれ!」


 傭兵たちが捨て鉢気味に叫ぶ中、フォンシエは持ってきた壺にいる虫を片っ端から突き刺し、蠱毒のスキルを発動させる。もう魔力がほとんどないため、こちらは回復に使うしかない。


 もやが消えて魔力になっていくのを実感しながら、フォンシエは剣を構える。


 ポイズンビーが近づくと、フィーリティアは素早く光の矢を使用して、数体の敵をまとめて屠る。


 だが、百をも超える数が迫ってきているのだ。一群に穴を空けたに過ぎない。


 迫ってくる相手に対し、フォンシエはフィーリティアに守られる形になる。魔力がほとんどない今、魔術や神速剣術のスキルは使えない。


 ほんの僅かに回復した魔力も、残しておかねばどうなるかわからない。


 敵が鋭い牙を剥き出しに突っ込んでくると、フィーリティアは光の剣で突き刺した。そして薙ぎ払うように動かすと、そのまま別の個体を引き裂く。


 だが、そのときにはフォンシエのところにも敵が来ている。

 自分のことは自分でなんとかしなければと思うフォンシエだったが、敵は彼のところに来る前に、動きが鈍った。


 そこには光の盾が発動しており、攻撃を阻んでいたのだ。


 相手が速くないなら、仕留めるのは容易い。フォンシエもポイズンビーへと剣を突き立てた。


 そのように好調な二人に対して、大量のポイズンビーが襲いかかった背後は、阿鼻叫喚の巷となっていた。


「くっ。刺された! 解毒を!」

「呪術師が足りねえ!」

「村まで頑張れ!」


 ポイズンビーの数はどんどん減っていくが、刺される者が後を絶たない。

 これほど多くの者に解毒のスキルを使えるほど、呪術師はいない。すなわち、ここから誰かが死ぬことになる――。


 フォンシエは歯噛みしながら、フィーリティアとともに敵を切っていく。切っても切っても、いつまでもいなくならないような錯覚にすら囚われてしまう。


 それでも時間がたてば魔物は散っていくこともあって、もう傭兵たちの足は村へと向かい始めていた。


 中には刺された回数が多いらしく、毒が回ってふらふらしている者もいる。


 同行していた呪術師はすでに魔力を使い果たしてしまったらしく、誰にも解毒のスキルが用いられることはなかった。


(解毒のスキルを、数人になら使えるだろう。けれど、村に着く前に襲われたら。いや、そもそもこの中で誰に使えばいい?)


 戸惑うフォンシエの手を、フィーリティアがぎゅっと握った。


「大丈夫だよ、もう少しで村が見えてくるから。それまでは、フォンくんは私が守る」


 彼女に言われフォンシエは覚悟を決め、傭兵たちに解毒のスキルを使った。多くがフォンシエとは顔見知りで、解毒のスキルを使えないかと言ってきた者たちだ。


 無事な傭兵たちがふらふらする同胞を抱えながら懇願してきたのだ。断ることなんてできやしない。


「恩に着る……!」

「なあ。こいつも頼むよ……!」


 けれど、やがてフォンシエは首を横に振らねばならなかった。もう、魔力がない。本当にすっからかんになってしまった。


 唇をかみながら、フォンシエはひたすら足を動かす。村に着くまで剣を強く握りしめることしかできなかった。


 そしてようやく村が見えてくるも、そこも無事だったとは言いがたい。

 家屋はいくつか倒壊し、傭兵たちも傷ついている。とはいえ、毒を負った者はそこまで多くないらしく、すぐさま呪術師が解毒のスキルを用いることになった。


「こんな大人数には使えない。高位職業の者を優先する!」


 彼らはそう宣言した。

 戦力として重要な職業の者を優先するのは、至極当然のことだったかもしれない。彼らを失えば失うほど、国力は低下し、魔物との戦いに敗れることになる。


 そうでない傭兵たちは自分の順番を待つことしかできなかった。ほかの村から応援が来るまで持つかどうかはわからない。


 フォンシエはそれらの状況から目を背けたくなりつつ、自身のすべきことをすべく、ルミーネのいる家へと向かった。そこに予備の壺を残してきていたから。


 けれど、辿り着いたそこで見たのは、壊れた家だった。

 慌てて中に飛び込むと、倒れているルミーネの姿があった。その近くには魔石が転がっている。


「ルミーネさん!」


 フォンシエは駆け寄ると、彼女はうめきつつも、


「お帰りなさい。無事でよかった」


 そう微笑むのだ。

 フォンシエは居ても立ってもいられなくなり、すぐさま壺のところまで走っていき、中にいる虫を突き刺していく。一匹、二匹……。


 すべての虫を殺して魔力としたフォンシエは、それからすぐにルミーネのところに駆け寄っていく。


『高位職業の者を優先する』


 その言葉が、頭を過ぎった。

 

『なあ。こいつも頼むよ……!』


 先ほど告げられた声が蘇る。

 だけど、弱々しげな彼女の顔を見ていると、フォンシエはそれらの思いを振り払って、解毒のスキルを使用した。


 彼女に回っている毒の量はすでに多く、どんどん魔力が減っていく。それでも、フォンシエは止めることなんてできなかった。


 そして解毒のスキルが終わりを迎える。魔力が尽きてはいなかった。使用する必要がなくなったのだ。


 穏やかな顔をするルミーネにフォンシエは安堵を覚えたが、次にかけられた言葉に、心臓を掴まれるような心持ちになる。


「なんで……なんで、あいつらは助けてくれなかったのに……!」


 声の元――家屋の外にいたのは、死した傭兵を抱えた男だった。


「どうしてだよ、上位職業が優先されるのは仕方がないからって、それが国のためだからって! そうして納得させてきたのに、なんでお前は……!」


 半ば八つ当たりに近い台詞だった。

 だけどフォンシエは、自分の力をどう使おうと勝手だと言い返すことはできなかった。


(……本当に、上位職業を優先すべきなんだろうか? 命に価値をつけることが正しいのか?)


 きっと、「魔物と戦う」ことに関してはそれが正しいのだろう。だけど、フォンシエは理解できても、納得できなかった。


 けれど、同時にこうも思う。


(俺がルミーネさんを助けたのも、彼女の命に価値をつけたことにほかならない)


 ほかの誰よりも、彼女に生きていてほしかった。

 何度同じ状況になっても、決断は変わらないだろう。何度だって助けたはずだ。


(たとえそれが正しくない行いだとしても、俺は彼女を助けたかった)


 それだけは変わらない。きっと、どれほど考えたって答えは出るはずもない。

 傭兵は外からフォンシエを睨んでいたが、その顔は泣いているようにも見えた。


 彼はふいと姿を消すと、もうフォンシエの前には現れない。結局、フォンシエは一言も返すことができなかった。


「フォンくん、私なんて、なんにもできなかったよ。少しでもフォンくんは人を救った。それじゃあだめなのかな?」


 フィーリティアが慰めてくれる。きっと、できることが一つもない彼女は辛い思いをしていることだろう。


 彼女の言葉はひどく心地いい。ややもすれば、自分は善行しか行っていないと思い込んでしまうほどに。


 なにが正しいのかはわからない。けれどたった一つ、確実に正しいと言えることがあるのなら、それはきっと魔物を殺すことだ。


 この理不尽な状況を打開するためには、今もなお被害を広げる魔物を打ち倒すこと。


「ティア。ルミーネさんをお願いしてもいいかな?」

「うん。だけど……」

「大丈夫だよ。無茶はしないから」


 フォンシエは村を出ると、すぐに見つけた昆虫の魔物を死なないギリギリまで切り刻み、壺にぶち込む。


 そして蠱毒のスキルを使用する。

 共食いを始めた魔物どもは、すでに瀕死であったため、一瞬で勝負がついた。


 フォンシエは生き残った個体を突き刺す。


(……やはり魔物のほうが得られる量は多いか)


 得られた魔力に、そして魔物を打ち倒したことに、フォンシエはふと笑みを浮かべた。


(女神マリスカ。あなたが魔物との戦いのためにこのような仕組みを作ったというのなら、ひたすらに魔物を倒しましょう。あなたが見捨てていい人がいると言うのなら、一人でも救ってみせましょう)


 フォンシエは表情を変える。

 漠然と戦ってきた目標が、ゆっくりと形をなしていく。


 彼は大きく息を吐くと、見つけた魔物を躊躇なく切り裂いた。


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