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61 開拓の行き着く先は



 村の外に出ると、その傭兵はゆっくりと告げた。


「ポイズンビーのハイブが見つかった。サイズはかなりでかく、千匹以上詰まってるだろう」


 ポイズンビーは人の頭ほどの大きさがあるが、個体としては弱い魔物だ。しかし「麻痺毒」のスキルを持つため、刺されると動けなくなる。


 フォンシエは一度、混沌の地で、その魔物に刺されこそしなかったが、襲われたせいで死にかけたことがあった。


「では、増援を呼びますか?」

「すでに都市には向かっている。魔術師と呪術師を多数要請したが、どうなることか……」


 炎の魔術で一気に巣を破壊する算段らしい。それ以外に一掃する方法はなく、少しずつ数を減らしていくのでは、相手が増えるほうが早いかもしれない。


 通常の蜂と違ってサイズも大きいため、針を逃れるにはフルプレートアーマーでも用意しなければならないだろう。


 だからある意味、どう考えてもある程度の被害が出ることは想定された。


「どうやら、新たな女王蜂が巣立ちの準備をしているようだ。急がないと、新しい巣が作られちまう」


 そうなった場合、もしかすると人の村の近くに巣を作るかもしれない。

 人を襲って幼虫の餌とするには、そのほうが都合がいい。


「もう、一刻の猶予もないところまで来てしまっていたのですね」


 傭兵が頷く。

 村人たちを避難させるには結構な時間がかかってしまう。それでは遅いのだ。


 明日には近くから集められた魔術師たちとともに、一気に巣を叩く。その手筈で話は進められている。


 そのため、この辺りの村からも傭兵が近づいてきていた。

 しかし、その短期間でどれほどの人数が集まることか。それに、この地域だけではなく、カヤラ領ではどこでも魔物との争いが続いている。


 一応、計画が頓挫しないようには手配するだろうが……。


「なあ、フォンシエ。お前、確か高等魔術を取っていたよな?」


 ここ一ヶ月の間に、フォンシエは大魔術師のスキル「高等魔術:炎」と「魔力増強」を取っている。


 そのスキルは確かに便利だが、消費魔力が大きく、本当に大規模な戦いでしか使えないため、職業「大魔術師」になった者はたいてい、魔術師の初等魔術などを取って使うことが多い。


 要するに、スキルというよりは職業のために初期スキルとして取得するだけなのだ。


 フォンシエにとっても、一発撃てば魔力がほとんど空になってしまうため、あまり使いたいものではない。なにより、「魔力増強」がほしいために前提として取っただけなのだ。


 しかし、傭兵が言うことは、それを用いて巣を破壊できないか、ということだ。


「確かに、やれないこともないかと思いますが……失敗したとき、被害が大きくなるかもしれません」

「ほかにも魔術師は何人も来るんだ。お前が成功しようが失敗しようが、いずれにせよやつらは飛び散る運命にある」


 それだったら、大きな被害を与えたほうがいい。女王蜂を仕留めてしまえば、新たな巣が作られることもないだろう。


 フォンシエはなかなか気が乗らなかったが、自分がやらねばならないことくらいは自覚している。ほかの誰かに任せられる立場ではなくなってきていた。


(所詮村人だから、と言っていた頃が懐かしいな)


 今ではすっかり、勇者と並ぶ扱いだ。

 いや、そうなっているのは単に、フィーリティアとフォンシエでそこまで違いが出るほど強い相手がいないからなのだが。


 魔王などがやってくれば、やはりそこで力の差は明らかになるだろう。


「フォンくん。そのあとは、私がフォローするよ」


 フィーリティアもようやく次のスキル「光の矢」を取ったところだった。

 それにより、遠距離からも攻撃できるようになり、勇者として戦力の幅が大きく広がったと言えよう。


「ありがとうティア」


 フィーリティアは微笑み、任せてと拳を握った。


「いつも頼りにしている」


 傭兵がそう言って、フォンシエの肩を叩いた。彼らとも結構長い付き合いになりつつある。


 そうなると、早速準備しなければならない。フォンシエは村に戻ると、傭兵たちの剣の手入れを任されることになった。


 こんな場所では鍛冶もできないため、鍛冶職人もいないのだ。それゆえに、研磨のスキルを持つフォンシエが、剣を扱うことも多かった。


 ごくあっさりと終えたところで、ルミーネが壺を持ってきた。


「頼まれていたものだけど……これをどうするんですか?」

「ちょっと、ゲテモノを集めてこようかな、と」

「はあ……ええと、危険なことはしないでくださいね?」


 よくわからずに尻尾をくるんと丸めたルミーネに笑いかけながら、フォンシエは壺を手にして森へと向かっていった。


 そうして土を掘り返したり、葉っぱの裏を探ったりして、虫を捕まえては壺の中に放り投げていく。蠱毒のスキルを使用すれば共食いを始め、その中の一体が生き残った。


 大量の虫を入れてからこのスキルを使えば、順調に競争がスタートするのだが、こうして蠱毒のスキルを少しずつ用いた場合、だいたいは最初に大きくなった個体が強いため、新しく入れた虫は食われることになる。


 だから一番強い虫が残るわけではないのだが、どうせ魔力にするだけなのだから、問題もない。


 それに、こうしてあとから蠱毒のスキルも使えるため、適度に餌として虫を入れておけば、数匹程度なら備蓄しておくこともできるのだ。


 そうしてフォンシエがせっせと虫取りをしていると、村に戻るたびに傭兵の姿が増えていることに気がついた。


 明日の出来事も村人たちにはすでに説明されており、明日は家から出ないようにと念押しされたようだ。


 彼らは戸締まりをしっかりできるように準備しており、村の中は慌ただしい。

 そんな中、せっせと壺を運ぶフォンシエの姿は奇妙なものだった。


「フォンくん。準備はどう?」

「バッチリだよ。ほら、こんなに大きくなった――」

「まさか、愛着沸いちゃった?」


 フィーリティアがそんな冗談を言う。

 都市では虫を嫌う女性も少なくないが、田舎で育った二人にとっては割と身近な存在であった。


 そうしているうちに、集まった人で作戦が立てられる。

 まず、呪術師は少数を同行させ、残りは村に残しておく。戦いの中で死ぬ危険が高かったからだ。


 それから、魔術師とフォンシエで巣を打ち砕くこと。

「高等魔術:炎」を使えるのは彼だけだったため、作戦の肝となる。勇者よりも重要な役割かもしれない。


 魔力はすっからかんになったあとのことを考えると、魔力を補充すべく蠱毒のスキルで育てた壺も持っていきたいところだ。いくつかを予備として村に残しておくとして。


 いよいよ晩になると準備が整い、明朝に出発することになった。


 日の出とともに、傭兵たちは戦いの覚悟を決め、村を出発するのだった。



    ◇



 森の中を進んでいく最中、昆虫の魔物はちらほらと出てくる。初めのうちは遠慮なく倒していたのだが、次第に音を立てないように気をつけるようになってきた。


 虫の羽音が近づいてくる。

 案内の傭兵とともに先頭を進んでいたのはフォンシエとフィーリティアだ。指揮を執る正規の兵はいるが、担当している村で一番実力がある二人が矢面に立つことになっていた。


 それに今回、都市から増援として来た者は魔術師が多く、前に立つのに抵抗があったのだろう。前方には傭兵が多い。


 やがて、警戒にやってきたポイズンビーが威嚇してくるようになった。

 フィーリティアは音もなく断ち切ると、そのまま木陰から向こうを窺う。そこには大木があり、巨大なハイブが作られていた。


 いくつもの魔物が出入りしており、あちこちから小動物や虫、植物などありとある餌が持ち込まれている。


 そこにはまだ人肉はないが、テリトリーを広げれば、あるいは村々の近くに巣を作れば、どうなることか。


 接近してしまった以上、やるしかない。

 あらかじめ決めておいたように、彼らは巣を襲撃するよう行動し始める。


 作戦は非常に簡単だ。

 タイミングを合わせて巣を爆破する。女王蜂を逃した場合、フィーリティアが光の矢で貫く。


 飛び散ったポイズンビーは単体であれば傭兵が相手をし、そうでなければ撤退しつつ魔術で広範囲に仕留めていくつもりだ。


 彼らは合図を出し、いよいよ動き出した。

 フォンシエを先頭に、ずらりと並んだ魔術師たちが巣の辺り目がけて魔力を高めていく。


 フォンシエはすさまじい勢いで魔力が消費されていく感覚を覚えていた。まるで吸い尽くされてしまうのではないか。

 発動までに、想像以上の時間がかかってしまう。魔力に反応して、巣を飛び出す個体も現れ始めた。


(くそっ。早く、早く……!)


 フォンシエは焦りと不安をかみ殺し、瞬間的に魔力を爆発させる。ふっと、軽くなる感覚があった。


 ズゴォオン!


 爆音が轟き、いくつもの音がそれに加わる。

「高等魔術:炎」を使えるのはフォンシエただ一人であったが、魔術師たちは「中等魔術:炎」を使用することができた。


 爆発が立て続けに起こると衝撃で木々が吹き飛び土が舞い上がる。


(敵はどうなった……!)


 目を凝らしその奥を探ると、飛来する存在を認めた。



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