60 レッドアント
先駆けとして切り込んだフィーリティアは、巣の中を巡回していたレッドアントを見つけると、一太刀の元に切り捨てた。
転がり落ちる魔石に目もくれず、次の標的を定めるとすかさず飛び込んでは剣を振るう。その姿を、誰が追うことができただろうか。
フォンシエは彼女とともに進んでいくと、探知のスキルによって強化された感覚に引っかかるものがある。
フィーリティアも狐耳を動かしており、すでに気づいているようだ。
「ティア。向こうに分岐路がある。おそらく、食料庫か卵を置いておくような部屋だ」
「じゃあ、そっちは任せても大丈夫?」
「もちろん。すぐに追いつくよ」
レッドアントが異変に気づいていないうちに攻め込んでしまったほうがいい。
フォンシエは数名の傭兵を伴って、その部屋へと向かっていく。中に入ると、十数のレッドアントがせわしなく動いていた。
そこには繭が置かれていた。
レッドアントはその繭を動かしたり、はたまた外に出る手助けをしたり、世話をしているため、まだ接近には気づいていない。
魔術を用いて吹き飛ばしてしまえばなにより早い。だが、それでは深くへと進んだフィーリティアのところまで衝撃が伝わり、敵も襲撃に気づいてしまう。
フォンシエは鬼神化のスキルを使用。一気に敵との距離を詰めると、たった一撃でレッドアントを叩き切る。
一体、二体……。
その数が十に達したときにはすでに、傭兵たちも敵を倒したこともあってレッドアントはいなくなっていた。
「よし、あとは繭から出る前に仕留めてしまえ」
ここで放置した場合、繭から出て追ってきて、背後を取られる可能性がある。フォンシエは、彼の接近に気がついて繭の中でもがくレッドアントに剣を振り下ろした。
それから彼は来た道を戻り深くへと進んでいくと、すでに敵の姿はなくなっている。
途中の小部屋も同様だ。幼虫の成育段階ごとに分けて部屋に置かれているらしく、こまめに餌もやっていたようだ。
しかし今は、どの敵の姿も見られない。あるのは放置された魔石ばかり。
そうしてフォンシエは、最下層に辿り着いた。そこには剣を持つフィーリティアと、巨大な蟻の女王がいる。
女王の周りには、生んだばかりの卵が残っている。
それを大事そうに守るのは、ほかよりもやや大きな個体だ。おそらく、兵隊蟻だろう。
「これでおしまいです」
フィーリティアはつかつかと歩み寄ると、襲ってきたレッドアントに向かって剣を薙いだ。
あっという間に、敵の頭は両断される。
それでも敵が群がってくると、傭兵たちも援護はするが、勇者と並んで戦おうという者はいない。
そんな中、フォンシエはすっと前に出て、フィーリティアと隣り合わせで敵を切った。
「遅くなったけど、追いついたよ」
「あとは女王だけだね」
フォンシエは卵を抱いている女王目がけて切りかかった。
光の剣を使用すると、暗がりで鋭い軌跡が輝いた。
フォンシエは剣を払い、鞘に収める。これでこの巣の掃討は終わった。あとは魔石を回収して戻るのみ。
傭兵たちが卵をしらみつぶしに砕いていくのを横目に見つつ、フォンシエは帰途に就く。
今回は一方的な殲滅になり、傭兵たちの一人も欠けることがなかった。とりあえず今はそのことを喜ぶことにした。
「さて、これでしばらくは襲ってくることもないだろう」
「そうだね。これなら、もっと村を作っていけるかな」
フィーリティアは少し考える。
計画上では、あと十数は村ができる予定だ。それで旧カヤラ国国境との境がなだらかになる。
(……俺がやろうとしていることも、こいつらがやろうとしていたことも変わらないのかもしれないな)
フォンシエは潰れていくレッドアントの卵に一瞥をくれた。
力なくば、滅ぼされるしかない。身をもって知ったことでもある。
だからそうならないように、フォンシエはより力を求めるのだった。
それから村に戻ると、そちらの警備をしていた傭兵たちが、彼らの帰還に安堵する。フォンシエとフィーリティアのところには、ルミーネが駆け寄ってきた。
「フォンシエさん、フィーリティアさん、無事だったのですね!」
「ええ。予定どおり、問題なく片づきました。それより、こちらに魔物が来ることなどはありませんでしたか?」
「はい。魔物一体、入り込むことはありませんでした。皆さんのおかげです」
ひとまず、レッドアント掃討から戻ってきた傭兵たちは、休憩を取ることになった。見回りは村の警護に当たっていた者が引き続き行ってくれるそうだ。
だからフォンシエとフィーリティアもそこらの残った切り株に腰掛けて一休み。
そうしていると、フォンシエは布を顔に当てられる。
「汚れ拭いちゃいますね」
「すみません、ありがとうございます」
レッドアントの体液がついているのを、ルミーネが丁寧に拭ってくれる。
されるがままになっているフォンシエは、そこでようやく、戦いから帰ってきたという実感を得るのだ。
コナリア村にいるときはともかく、そうでないときは都市にいるときでも、戦場のことで頭はいっぱいだった。
だからこうして、心安まる時間は久しぶりだ。
「さ、男前になりましたよ」
フォンシエを見て微笑むルミーネ。それから彼女はフィーリティアの尻尾の毛を梳いたり、いろいろと世話をする。
しばらくそうしていたフォンシエだったが、傭兵たちが動き始めると、フィーリティアと一緒に見回りに赴くことにした。
ルミーネは、もう少しゆっくりしてもいいのに、と言うが、二人にとってはそれが日常である。
「美味しい夕食、楽しみにしていますよ」
フォンシエはそう言って、森へと進んでいく。
昆虫の魔物は幼虫のうちに叩けば楽に倒せるが、見落とせばあっという間に増えて襲ってくる。こまめな確認が必要だった。
ルミーネに見送られ、フォンシエとフィーリティアは戦いの中へと身を投じた。
◇
そうした日々は続き、ときおり死者も出るが許容範囲内で、次々と開拓村へと移住者が送られてくる。
一ヶ月もたち、ほとんど開拓目標を達成した頃には、点在する村々のネットワークもうまく機能しており、生活にも不自由がなくなってきていた。
無論、都市での生活と比較すれば楽ではないが、食うに困らず、次々と物資が送られてくる状況は、豊かと言っても差し支えない。
そんな村では、集合住宅がいくつも作られており、魔物に対する柵もしっかりしてきたため、ほとんどその中で生活が完結しつつあった。
フォンシエとフィーリティアは、その中でも一番辺境の村に滞在していた。
そこは昆虫の魔王メザリオが住む領域との最前線だが、魔物に目立った動きはあまりない。実は魔王メザリオも存在していないのではないか、と疑われつつあるくらいだ。
そんな場違いに平和なその村は、朝から賑わいを見せていた。
都市からの物資が届いたのだ。そこには食料品のほか、衣類や家具雑貨などが所狭しと詰め込まれている。
それらは個々人が要求した者はそちらへ、そうでないものは分配、あるいは村単位で管理されることになる。
開拓村が広がった今、わざわざこの遠いところに住まなくてもいい状況にあるため、移住者たちが離れないよう、待遇はほかよりもずっとよかった。
「フォンくん、これどうかな? 似合う?」
フィーリティアは早速衣類を持ち上げて、フォンシエに見せる。
「うん、可愛いんじゃないかな」
それは村人が着るようなものだから、デザインに凝っているわけでもない。勇者であれば、豪奢な衣服くらい要求すればすぐに通るのだろうが、フィーリティアはこれで満足していた。
コナリア村にいたときと、あまり変わっていないのかもしれない。
「あ、でもこっちのはちょっと大きいから……ルミーネさん、どうかな?」
「それでは、遠慮なくいただきますね」
三人での生活も長くなってきた。
それゆえに、すっかり日常に馴染んできたと言っていい。
そうして村の中が賑わう中、一人の傭兵がフォンシエのところにやってくる。そして「少しいいか」と尋ねてきた。
その面持ちは真剣そのもの。なにか問題が起きたらしい。
フォンシエはフィーリティアとともに、その場を離れて話を聞くことにした。




