58 魔術の道は
早朝、日の出前に目が覚めると、フォンシエは寝ころがったまま体を動かそうとして、すぐ近くから聞こえる寝息に慌てて動きを止めた。
狭いテントの中、すぐ隣ではフィーリティアが寝ている。そしてその向こうには、ルミーネの姿。
フォンシエは二人を起こさないようにそっと寝床を抜け出すと、見張りに立っている傭兵たちに軽く挨拶をしてから、村の中を見ていく。
さすがにこんな時間では伐採が行われているわけではないが、居住空間の辺りは片づけられつつあるらしく、昨日よりは村の形に近くなってきていた。
それからフォンシエは道なき道を南へと進んでいく。最近は礼拝堂に行っていなかったため、向かうことにしたのだ。
用のないフィーリティアに付き合わせるのは悪いため、このような時間から出かけている。
狩人のスキル探知をうまく働かせると、獣の存在がなんとなく感じられる。そして冒険者のスキル「洞察力」と「適応力」によって、まだ慣れていないこの辺りの植生でも、比較的楽に動くことができた。
そうしていたフォンシエだが、「洞察力」が働くと、妙な感覚を覚えて立ち止まる。それからしばらく辺りを見回すと、木陰に土の盛り上がりを見つけた。
直径は大人の腰の辺りくらいまであり、よく見れば、薄くなっている部分がある。どうやら、そこをなんらかの生物が行き来しているようだ。
フォンシエはおそらく魔物だろう、と見当をつける。これほど大きな巣を作る動物には覚えがなかった。
探知のスキルを働かせると、中になにかがいる気配がある。
フォンシエは自身の姿を木陰に隠すと、気配遮断のスキルを使用。隠密行動のスキルもあって、すぐには感知されないはずだ。
そこまで念を入れると、フォンシエは「初等魔術:土」を用いて巣の扉をこじ開けると同時に、「初等魔術:炎」を放った。
巣に光が差し込むと、間髪入れずに炎が飛び込んでいく。
そして爆発とともに、巣が吹き飛んだ。フォンシエはその後の様子を、聞こえてくる音から探る。
カサカサと動くのは、おそらく数本の足。それらの位置から察するに、数は三。
(……蜘蛛の魔物か)
毒を持っている可能性が高いが、フォンシエは解毒のスキルがあるため、魔力さえ尽きなければ問題ない。
飛び出すとともに、フォンシエはそこに敵の姿を捕らえた。大人の膝辺りまであろう巨大蜘蛛。
一体は焼け焦げてよろよろと動いているが、ほかの二匹は見た目以上の機敏さで動いている。口には鋭い牙が生えており、捕食者としての威圧感に満ちていた。
巣の中に待機して、近くを通ったものを襲う魔物シークレットスパイダーである。
すぐさまフォンシエは「初等魔術:炎」をもう一度放つ。すると敵は尾から糸を吐き出して、木々にひっつけるとそのまま引っ張られていく。
うまく動けない一体が炎に呑まれて弾けるも、そのときにはフォンシエ目がけて糸が放たれていた。
咄嗟に剣で受け止めようとするも、フォンシエはすぐに剣を下ろして代わりに土の魔術を発動させた。
彼の眼前で土の柱が盛り上がっていくと、蜘蛛の糸を受け止めた。
それに対して、シークレットスパイダーは先ほどと同様に、糸を縮めるようにして飛んでくる。
だが――力が加わった瞬間、その大蜘蛛は宙をふわりと漂った。
フォンシエが築いた土の壁は、魔力をほとんど使わないようにもろいものだったのだ。引っ張られる力には到底耐えられなかった。
もう一体が背後から飛びついてくるのを感じながら、フォンシエは無防備なシークレットスパイダー目がけて「初等魔術:炎」を放つ。
そして振り返り様に「神速剣術」を利用した一撃を放った。
それは彼の首へ食らいつかんとしていた大蜘蛛の頭を叩き切る。敵はそこまで硬くなかったらしく、剣は体液を撒き散らした。
フォンシエは剣を軽く払いながら、敵の姿を確認する。
どうやら、これですべてだったらしい。巣の中から出てくる魔物もいない。
魔石を回収すると、フォンシエはすぐに南へと動き始めた。
(思わぬところで時間を取られてしまったな)
そう思いつつも、魔術の練習にはちょうどよかったかもしれない。今後、魔力が増えればより戦術に組み込んでいけるようになるのだから。
それから幾度か魔物との交戦を経て、フォンシエは一番近い礼拝堂のある都市に辿り着いた。女神マリスカに祈りを捧げる以外に用事もないので、そこに直行する。
礼拝堂の中には、変わらぬ女神マリスカの像がある。
この像は古代に造られたものらしく、誰かが作ることでその総数が増えることはない。どこかから、たとえば魔物との戦いの中で見つかることはあるが、基本的には同数と見ていい。
というのも、祈りを捧げるのが、この女神マリスカの像でなければ、恩恵を受けることができないからだ。
敬虔な信者たちは、女神マリスカの模倣など恐れ多いからだと言うのだが、フォンシエとしては、なにか仕組みがあるのではないかと思うくらいだ。
大きな都市となれば、礼拝堂が作られ王都から像が運ばれることになるのだろうが、今のところ、いつなくなるかもわからない村に作られる予想はできなかった。
ともかく、フォンシエはいつもと同じように祈りを捧げる。
レベル 9.29 スキルポイント610
どうしても弱い魔物でレベルが上がらなくなってきたため、スキルもあまり取っていけなくなってきた。
といっても、普通の人と比べれば、かなりスキルポイントを得やすい状況にあるのは間違いない。なんせ、レベル20や30にもなれば、大物の魔物を倒さねばほとんど上がらなくなってしまうのだから。
そういう意味では、まだ雑魚でも大量に倒せば上がるだけマシである。それに、雑魚魔物の上位辺りの、やや強い魔物相手ならばまだまだ上がっていく。
さて、これでなんのスキルを取ろうかとフォンシエは考える。
魔術師の上位である大魔術師には魔力関連のスキルが多いが、問題は初期スキルが「高等魔術」であり、スキルポイント要求が500もあることだ。
本来ならば、大魔術師の職業を取った時点で職業の恩恵で魔力が大幅に増えるため、ほかのスキルで魔力を増やさずとも済む。
しかし、フォンシエの職業は村人なので、職業による恩恵はなく、ただ高等魔術が使えるようになるだけだ。
よく使っている「中等魔術:炎」でもかなり消耗するのに、そちらを取るのは気が引ける。その初期スキルを取った上で魔力を増やすスキルを取るには、ポイントも足りない。
(それなら、持久力のほうでいいか)
短期的に使用する魔力量を増やすのではなく、回復するほうを上げればいい。
フォンシエは付与術師のスキルを取ることにした。これは自分を含めた誰かに効果を与えるスキルが多く、自分の力で戦うこともほとんどできないため、取っている者は少ない。
彼はまずは前提となる「魔力付与」を取る。誰かに魔力を分け与えるものだが、消費のほうが回復量より多いため、個人では使い物にならない。
それから「魔力回復強化」を取る。こちらは回復力が強化されるもので、最初に魔力を消費するものの、トータルで見ればプラスになるのだが、使いどころが難しい。
そもそも魔力が減っている状態であれば、それ以上使いたくないし、減っていないなら回復を増やす意味もないからだ。
そこに付与術の「消費魔力減少」と効果を上げる「付与術増強」を取る。加えて「魔力増強」だ。
ここまでそれぞれ100ポイントで計500ポイント。
最後にフォンシエは、呪術師のスキル「蠱毒」を100ポイントで取る。
これは虫などの相手の強さに応じて魔力を消費して共食いをさせ、最後に残った個体を殺すことで発動するスキルだ。
その殺された恨みを相手にぶつければ生命力を奪っていき、逆に使わなければ魔力になる。
発動条件をクリアするのは面倒だが、昆虫の魔物に効くため、そればかりがいる限局された状況では、使い勝手もいいかもしれない。
それにうまくやれば同士討ちで数を減らすことも可能だ。
昆虫の魔物は知能が低いため、おそらく格下相手には使えるだろう。もっとも、同士討ちのペナルティはあるのかないのかわからない程度だし、共食いも見られるくらいだから、そっちの効果は期待できない。
当面はこれらのスキルで魔力不足を補うとして、もう少しレベルが上がったら大魔術師、あるいはもっと下位の職業のスキルを取っていけばいい。
さて、そうして用を済ませたフォンシエはさっさと帰ろうと思ったが、せっかく都市に来たのだから、なにかお土産でも買っていこうかと考える。
(なにがいいかな?)
フォンシエは戦いなどに関してはあっさり決めるほうであったが、こういう経験は少ないため、かなり悩むのであった。




