56 開拓村で
ゼイル王国とカヤラ国の北の国境付近には、多くの人が集まっていた。
いや、その表現はすでに不適切かもしれない。
カヤラ国は正式にゼイル王国となることが公表されたのだから。しかしある程度の自治権を持つゼイル王国カヤラ領になるらしく、ほかとは少し違う特別な扱いらしい。
しかし、ゼイル王国になったことには変わりない。カヤラ国の民も、国への愛着よりも、明日をいきる糧がなにより大事なので、特に反発が起きることもなかった。カヤラ国の騒動で、便乗して略奪が起きることがなかったのも理由かもしれない。
そのカヤラ領の境界付近にいる者たちは、多くが寄せ集めの人材だ。
木こりとして伐採する者が多いが、もちろんそれだけでなくほかの雑用もこなさなければならない。
それから、移住者となる者たちだ。行き場のない孤児もいれば、一念発起した乞食もいるし、あまり都市では見かけない獣人たちもいる。
こちらでは未開の地ということで魔物による被害が出る可能性があるが、国からの補助があるため食うのに苦労することはさほどない。
都市で飢えを凌ぐのと天秤にかけた結果、こちらに来ることに決めたのだろう。
そして魔物との戦いの矢面に立つ傭兵たち。
正規の兵もいることにはいるが、多くが傭兵たちである。というのも、ここで正規の兵を投入するとなればその分、兵を増やさなければならなくなるからだ。
開拓が落ち着けば、さほど常備兵はいらなくなる。
そんな傭兵たちの中に、村人と勇者の姿もあった。
二人は腰に剣を佩いており、肩には背嚢を担いでいた。開拓村で生活するにあたって、必要な品々を持ってきたのだ。
「ねえフォンくん。これからの生活が楽しみだね」
「楽しみ、と言っていいのかわからないけれど……この先に希望が待っているといいね」
この辺りは昆虫の魔王メザリオ配下の魔物がいるとされているが、魔王モナクの領地と近いことや、ゼイル王国、カヤラ領に挟まれていることもあって、半ば緩衝地帯としての性質が強い。
それゆえにあまり魔物の動きは活発ではなかった。
だからメザリオが動くとしても、より東のカヤラ領へと攻め込んでくる可能性が高かった。
開拓の手順としては、小さな村々を森の中に作って、そこを拠点として道を作ったり、人の手が入った領域を広げていくことになる。
ある程度の森林資源がなければ、食料の確保も難しくなるからだ。
この土地の近くには、ゼイル王国内に作られた村があるため、そちらと物資のやりとりもできる。
もう準備は整っていた。
フォンシエたちがそうしていると、森のほうから傭兵たちが戻ってきた。先行して村を作る場所を決めた木こりたちが、作業を始めたとのことだ。
フォンシエとフィーリティアは、早速、ここにいる残りの者たちを連れて、そちらに向かうことになる。
森の中は魔物が出る可能性があるため、フォンシエは探知のスキルを用いて警戒し、フィーリティアも狐耳を立てて物音一つ聞き逃さない覚悟だ。
それから、ゆっくり進んでも半日程度で到着できる距離のところに着くと、盛んに伐採が行われていた。
すでに木々は切り倒され、根っこは魔術師たちが土の魔術によって掘り出している。
到着した人々は、まずはねぐらとすべくテントなどを用意し、傭兵たちは付近の警戒に当たる。魔物を避けるための柵があちこちに設置され、めまぐるしく状況が変わっていく。
「フォンくん。それじゃあ、私たちは近くの魔物を片づけてこよう」
「ああ、そうだね。頑張らないと」
村の警備を傭兵たちに任せて、二人は森の中へと足を踏み入れる。
虫や鳥の鳴き声などが聞こえてくるが、魔物ではないだろう。そうしてしばらく歩いていくと、向こうに白い塊が見えてきた。
よく見れば、それは一つ一つが米粒のような形をしている。うごめくそれらは真っ白な芋虫の魔物ホワイトラーヴァであった。
昆虫の魔物は大量に生まれ、一気に成長して寿命を迎える性質がある。
そのため、できるだけ幼虫のときに叩いてしまうのがいいとされていた。
そして相手が集まっているなら絶好の機会だ。
フォンシエは「初等魔術:炎」を使用し、ホワイトラーヴァの群れへと撃ち込んだ。小規模な爆発が起き、魔物どもが吹き飛んでいく。
非情に弱い魔物ゆえに、それだけで消滅して魔石を落とした。フィーリティアは生き延びたホワイトラーヴァに剣を突き刺していき、あとには一体も残らなくなる。
この程度の相手では、フォンシエもほとんどレベルが上がらなくなっている。それだけ強くなった、ということでもあろう。
それからも進んでいくと、向こうでカサカサと動く魔物を見つけた。
巨大な葉っぱのような形をしており、六つの足のうち、前肢は巨大な鎌のような形をしていた。
鋭い前肢で敵対者を屠ってきたのだろう、今もその鎌は体液で濡れていた。
カマキリの魔物、マンティスリーパーである。
幼虫であれば数が多いものの対応は楽なのだが、こうなるとなかなか手がつけられない。
大きさから察するに、かなり長い間生きてきたと見ていいだろう。強力な個体だ。
フォンシエはフィーリティアに視線を送る。彼女は頷いた。ここで仕留めると。
逃せば村にも攻めてくるかもしれない。だから、ここで見過ごすわけにはいかなかった。
フォンシエは戦う覚悟を決めると、魔力の配分を考える。しばらく魔力がなくなって魔物狩りができずとも、弱い相手ならば傭兵たちでもなんとかなるだろう。
ならば、すべきことは全力で目の前の相手を倒すのみ。
フォンシエは「初等魔術:土」により敵を取り囲むように土を生み出し、同時に「中等魔術:炎」を使用する。
マンティスリーパーは素早く飛び上がり、動く土から逃れようとし、それから魔力の高まりに反応してその場を離れようとする。
そして次の瞬間、爆音が鳴り響いた。
ドォン! 土煙が上がる中、フォンシエは敵の姿を探す。ゆらりとなにかが動いたと思ったときには、目の前で振り上げられた巨大な鎌。
咄嗟に後退するも鎌はあたかも伸びるかのように追ってくる。
腕が予想以上に長いのだ。
剣を構えて神聖剣術により受け流す。しかしそのときにはすでにもう一方の前肢が迫ってきていた。
だが、それはフォンシエに迫る前に遠のいていった。
フィーリティアが剣を振るうが、それを躱してひょいと飛び退いていったのだ。
この魔物、戦い慣れている。おそらく、人の集団との戦いも経験しているはずだ。あるいは、それによってレベルを上げてきたのかもしれない。
けれど、先の奇襲がまったく効かなかったわけでもないようだ。胴体がところどころ、焦げついている。
「ティア。俺が引きつける。その隙にやつの足を切ってくれ」
「わかった。無茶しないでね?」
「村人にとっては、いつだって無茶の連続さ」
フォンシエは冗談を言いつつ、剣を構える。そしてマンティスリーパーへとじりじりと距離を詰めた。
そしてフィーリティアが木陰に隠れて姿を消すと、敵が一気に飛びかかってきた。




