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55 アストラルウルフ

 傷ついたアストラルウルフが唸り声とともに近寄っていく先には、緑色の毛で包まれた犬の魔獣クー・シーたちがいる。

 そして中でもとりわけ大きな個体が、アストラルウルフの前に出てきた。


 おそらくあれはクー・シーの上位個体だろう。


 クー・シーが強い魔物ではないとはいえおよそ数十も集まっており、さらに二体の上位の魔物がいるとなれば、並の兵ならばすぐさま引き返し、態勢を整えることだろう。


 レベル20の者を30人ほど集めるか、あるいはレベル40の者を数人連れてくるか。そんな状況だ。


 しかし二人は、敵の連携が取れる前に叩くことを決めた。今ならばアストラルウルフはダメージが残っているし、クー・シーたちも集まって警戒が緩い。


 フォンシエは飛び出すと、「初等魔術:土」を同時にいくつも使用する。あたかも敵の集団を取り囲むように、あちこちに壁を生じさせ、やがてそれらをくっつけて囲いとする。


 中等魔術を使用するだけの魔力もないため、苦肉の策だ。


 薄っぺらいため、ちょっとでも触れたら崩れてしまうような見かけ倒しの壁に、魔物の集団は驚き距離を取る。すなわち、中心へと集まった。


 そこ目がけて、フィーリティアが飛び込んでいく。光の翼が煌めき、剣を一閃すると血がしぶく。魔物は慌てふためき、次々と命を落としていった。


 遅れて中に入ったフォンシエは、慌てるクー・シー目がけて剣を振るう。なんのスキルを用いずとも、剣聖のスキル「対魔物剣術」「対魔獣剣術」により効果的な一撃を与えることができた。


 だが、敵の数はこちらの数十倍。前後左右から、かみつかんと飛びかかってくる。

 フォンシエは精神を集中。そして敵が射程内に入った瞬間、「神速剣術」のスキルを発動する。


 巧みな足捌きとともに、剣が右に左に翻る。

 目で追うも追いきれぬ速さに、魔物どもは抵抗一つできやしなかった。


 ドサリ、とクー・シーたちが地に落ちる。

 もはや動かぬそれらに目もくれず、フォンシエは次の敵に狙いを定める。巨大な緑色の犬だ。


 フィーリティアはすでにアストラルウルフを追い詰めている。だから、こちらの大物はフォンシエが担当するしかないのだ。


「ワォオオオオオオオオ!」


 咆哮とともに、駆け寄ってくる巨体。その瞳は同胞を殺された怒りに満ちていた。

 そして勢いの乗った鋭い爪の一振りが繰り出される。


 フォンシエは剣をかち合わせるように動かし、爪とぶつかる瞬間に鬼神化のスキルを使用。力任せに弾く。


 相手の胸元が空いた。これは一気に仕留める好機。

 だが、すでにクー・シーが左右から攻めてきている。フォンシエの喉を食いちぎらんと獰猛な牙を剥いている。


(……ならば!)


 フォンシエは残り少ない魔力を用いて、「神速剣術」と同時に「神剣一閃」のスキルを使用。


 どちらも速度を上げるものであり、威力が増すわけではない。これでは、力任せに敵を叩き切ることはできなかった。

 そして切断力を上げる幻影剣術を用いるほどの魔力も残っていない。


 ゆえに、フォンシエが取った行動は――。


 剣が光を帯びる。本来村人が使うことなどできない光を。

 何度も何度も訓練して、ようやく短時間だけ使用できるようになった勇者の光。ここぞというときにしか用いられぬ力。


 だが、それで問題はない。

 勝負は一瞬。この一振りで決まるのだから!


「うぉおおおおおお!」


 フォンシエは叫びとともに刃を一閃。光が美しい弧を描き、クー・シーどもの胴体を骨ごと真っ二つにし、そしてさらに上位個体の胸を大きく薙いだ。


 目にもとまらぬ光の一撃に、誰もが抵抗することなどできやしない。

 断たれた敵は等しくゆっくりと倒れていく。


 誰よりも素早く放つ「神剣一閃」となんであろうと切り裂く「光の剣」。それらの組み合わせに、フォンシエはさらなる可能性を見いだす。


「ギャンッ!」


 フォンシエは一息つくも、すぐ近くで聞こえた悲鳴のほうへ視線を向けると、クー・シーにとどめを刺しているフィーリティアの姿があった。


 大物に気を取られてしまっていたせいで、注意が向いていなかったのだ。。


「助かったよ、ティア。詰めが甘かったかな」

「ふふっ。無理もないよ。フォンくん、あんな大技隠しているんだもの。もう勇者も顔負けかな?」

「それ、アストラルウルフをあっさり倒したティアが言うこと?」


 すでにここにいた魔物はすべて片づけられている。フォンシエも倒したとはいえ、やはりフィーリティアのほうが数は多い。


 フォンシエは見かけ倒しの土壁を軽く蹴ると、そこからぼろぼろと崩れさっていった。


 敵はこの壁の中で倒したため、魔石はすべてその範囲内にある。フォンシエとフィーリティアはそれらを回収してから、帰途に就くことにした。


「まさか、魔物が徒党を組んでいるなんてびっくりだね」

「南の魔王フォーザンは統率力に長けているそうだから、その影響だろうね。もはや死霊の魔物からほとんど土地を奪還してしまったようだ」


 これでゼイル王国南の都市では被害は少なくなるだろうが、代わりにカヤラ国南では魔獣の被害が増えてくるだろう。


 しかも、大部隊を結成するほどではない小さな被害が頻出するようなやり方は、なかなかに面倒だ。


 魔王フォーザンもそのあたりは考えているのだろう。

 大軍で攻め込めば人もまた、勇者をけしかけてくる。そうなればどちらも無傷では済まない。


 その隙に別の魔王が土地を奪いに来るかもしれないし、疲弊したところを狙うかもしれない。


 いずれにせよ、小競り合いが続くだろうし、こればかりはどうしようもない。人と魔物。敵と定められた存在同士が存在しているのだから。


 それから幾度か魔物との交戦を経て、フォンシエとフィーリティアは近くの都市に戻ってきた。


 領地としてはカヤラ国ということになるのだが、越境に当たってすべきことはない。今は自由に行き来できるようになっているのだ。


 二人は魔王フォーザンの土地を経由してきたから、直接越境したわけではないのだが。


 さて、そうして都市を訪れると、市壁の外などで多少警備は強められているが、特筆すべきほどでもない。


 襲われているのは小さな村ばかりで、まだ都市に被害は出ていないのだろう。しかしだからといって、安心してもいられない。


「これからどうしようか?」

「カヤラ国に勇者ギルドはないから……」


 仮にあったとしても、フィーリティアはゼイル王国の勇者である。そんなに手続きの類が楽になるとは思えない。


 ひとまず、都市の中心付近まで行って、魔物関連の報告を済ませることにした。

 そうすると、どうやら傭兵の募集も行われていることが判明する。とはいえ、ここカヤラ国は死霊の魔物による被害があったばかり。まだ集まってもいないようだ。


「一応、対抗策は取っているみたいだね」

「じゃあ、報告の必要もないかな」

「フォンくんはこれからどうするの? 傭兵になる?」


 フィーリティアが尋ねてくる。

 これまでフォンシエは一人でいるとき、そうして資金を稼ぐことも多々あった。けれど彼はそれより、気になることがあった。


「確か、村を開拓するって話があったよね。あれを手伝うことはできないかなって思うんだ」


 結局のところ、仕事がないから孤児たちが行き場を失ったり、盗賊被害が起きたりするのだ。

 国がそちらに投資するのであれば、少しはこのカヤラ国も豊かにもなるだろう。フォンシエはいくつかの村々を見て、その考えに行き着いていた。


「じゃあそれまでは、ゆっくりしよっか」


 フィーリティアがにこやかな笑みを浮かべ、フォンシエの手を取って街中を歩いていく。


 ゆっくり、と言っても二人の日常は常に魔物退治とともにあるのだが、こうして過ごすかけがえのない時間は、今だからこそのものかもしれない。


 二人がそうして穏やかな日々を過ごすこと数日。

 いよいよ、北の開拓が始まることになった。


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