54 南の村で
村人の一人が、犯人のところへとつかつかと歩み寄る。
そして顔を覆っている布をめくり上げると、その頭を思い切り掴んで、土塁へと押しつけた。
「てめえ、これはどういうことだ!」
村人たちが怒りの声を上げるが、フォンシエとフィーリティアはすっかり蚊帳の外である。
どういうことかと視線を交わすが、互いに成り行きを見守ることしかできなかった。
村人たちは次々と盗人へと押し寄せ、罵声を浴びせていく。
「ただじゃ済まさねえぞ!」
「魔物に食わせちまえ!」
そんな言葉が出ると、それまで押し黙っていた犯人らが震え上がった。
「ま、待ってくれ! 仕方なかったんだ、食料庫が襲われて、もう村にはなんにも食い物が残っていない! 飢えを凌ぐには、こうするしか――」
「ふざけんじゃねえ! 人様のもんに手を出すたあ許せねえ!」
どうやら、この南に存在している村に住んでいる者たちだったらしい。そちらでは食料の備蓄がなくなって、日々の生活すらまともに送るのが難しいようだ。
しかし、なにも盗まずとも、森に行って山菜を採ったり、借金でもして余所から買い付けたり、やり方はいくらでもあっただろう。
彼らの処遇に関しては、フォンシエたちが口を挟む余地などない。
ここの村でただ働きさせられるのか、それとも過激な意見が通って裸で野ざらしにされるのか、それは彼らのこれまでの行い次第だろう。
「それにしても、食料庫が襲われたって、どういうことだろう? そんなに盗難が横行しているんだろうか?」
「どうなんだろうね?」
フォンシエとフィーリティアは疑問に思うも、自分のことで精一杯になっている盗人たちに聞くわけにもいかず、あまり詳しいことは聞かずにその日は終わっていった。
そして翌日。
どうやら昨日の一件もおおよそ満足のいく結果が得られたらしく、それぞれの処遇が決まっていたようだ。
ある者はこれまでこの村を助けてくれた経緯を考慮して、村の土塁作りに従事することで許され、ある者は以前にもやらかしたことがあって、都市で犯罪者として裁かれることになった。
そしてどちらとも言えない者は、そちらの村で救済を望む者がいれば、金銭などの類と引き替えに解放することになったようだ。
そういうわけで、彼らは南に向かっていく。
フォンシエとフィーリティアも、一応この事件に関わっているため、同行することになった。
村人たちにとって、道中はあまり気軽に行き来できるものではない。最近は死霊の魔物が出るようになったし、元からいるコボルトなど魔人の魔物も出る。さらには、魔獣の魔物も見られるようになってきたそうだ。
「死霊の事件が片づいたから、魔王フォーザンも土地の奪還に動き始めたのかな?」
「魔獣たちが領地を求めて南の土地を襲ってくる頻度は少なくなったそうだから、多分そうかもしれないね」
そう見当をつけながら、ときおり出る魔物を打ち倒し、やがて南の村に辿り着いた。
盗みを働いたという事実を知るなり、驚く村人たち。
「この人は、乳の出ない私に、恵んでくださりました。どうか、お許しを……」
赤子を抱えた女性が懇願する者もいれば、
「こいつ、最近太ってきたと思えば……!」
避難を浴びせる者もいる。
フォンシエとフィーリティアは処遇に関してなにも言わず、代わりに、あまり盗人と関わり合いがなかったらしく離れたところで見ている者に声をかけた。
「食料庫が襲われたそうですが、こちらでも盗賊の被害が?」
「いいえ、こちらにやってきたのは魔獣です。村人も一人、犠牲になりました」
食料だけでなく、人も襲われているという。
なんとか撃退したいところだが、敵は引き際を間違えず、さらに連携が取れているため、なかなか手出しができないとのことだった。
かといって、都市に連絡するほど大群が攻めてくるわけでもないそうだ。
(魔物を従える上位の魔物がいるってことか?)
そうならば、この行動の理由も納得がいく。
フィーリティアもそう思っていたらしく、フォンシエと顔を見合わせる。
「ちょっと、調べてみようか」
「そうだね。ここからだと、国境も近いはず」
村人たちの問答はまだ続いていたから、その間にさっさと行ってしまおう。
いや、そもそもこの村に滞在する理由もない。必要とあらば、そのまま近くの都市に向かったっていい。
二人は出立を近くの者に告げると、早速南下していく。
魔物が出るという話を聞いていた割には、たまにゴブリンがいるくらい。それを蹴散らしてずっと行くと、国境が見えてきた。
といっても、具体的ななにかがあるわけではない。
森林と平原の境目があるくらいだ。
そこに一歩足を踏み入れれば、魔王フォーザンが治める土地だ。今は死霊の魔物のテリトリーかもしれないが。
なんとなく、空気が変わる。
二人は気を引き締め、そのまま奥地へと向かっていく。
聞こえるのは、獣の息遣い。
フォンシエは狩人のスキル探知により、敵の場所を探っていく。
最近はフィーリティアと一緒にいるが、一人でいる時間が長かったため、細心の注意を払うのには慣れていた。
ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めていく。
次第に物音が大きくなってきた。どうやら、動き回っているらしい。
木陰からそっと身を乗り出して窺うと、そこには死霊の魔物スピリットが数体漂っていた。そして、それを狙っているのは黒い狼ダークウルフどもだ。
やつらは死霊の魔物に対抗できるスキルがあっただろうか。物理的な攻撃は効かないため、なんとか逃げるしかないはずだが……。
そう思っていると、ダークウルフが引きつけたスピリットの前に現れる存在がある。
額に星形の文様がある狼、アストラルウルフだ。ダークウルフの上位種であるその魔物は、大きく口を開けた。
魔力が高まるや否や、放たれるは咆哮。すさまじい衝撃が大気を揺らしながら、死霊の魔物に襲いかかった。
勝負は一瞬だった。
数多くのスピリットはかき消え、魔石を落とす。
アストラルウルフは、魔物を倒した後、まだ残党がいないかと確認しようとした瞬間、魔力の高まりを覚えた。
「ォオオオオオオオ!」
その場を離れながら、待避のために叫ぶ。
リーダーたる狼の命令を聞くと、弾かれるようにダークウルフが動き出した。よほど訓練されていなければ、こうはならないだろう。
しかし彼らの逃亡を待たずに「中等魔術:炎」が炸裂する。
ドォン! 爆発は広がり、付近のものをことごとく吹き飛ばしていく。
魔物どもが土煙の中で敵を探し始めるが、すでにそのときにはフォンシエもフィーリティアも飛び出していた。
「やぁああ!」
掛け声とともに一閃。フィーリティアはダークウルフを切り裂いた。
そしてフォンシエも剣を振るとともに「初等魔術:土」を用いて逃げる敵の邪魔をしていく。昨晩、よく使っていたこともあって、自在に操れるようになっていた。
ダークウルフが片づくと、フォンシエは剣を構えて敵に備える。
だが、アストラルウルフはすでにその場から離れていた。勝てないと見るや逃亡する。あまりにも速い判断だった。
しかし、血の跡が続いている。追うことは可能だった。
「フォンくん、追っていこう。もし、こちらに攻め込んできたことがフォーザンに伝われば、増援が来るかもしれない」
フィーリティアを先頭に、アストラルウルフを追っていく。下草が茂っているため血がわかりにくいが、彼女はまったく迷うことなく向かっていく。
やがて血が止まったのか、跡が消えているが、フィーリティアは追跡を諦めはしなかった。彼女は獣人であり、嗅覚に優れていたのだ。
そしてアストラルウルフの逃亡先に行き着く。
慎重に敵の様子を窺うと、そこには数体ものクー・シーが集まっていた。




