53 村々へ
フォンシエとフィーリティアは人々のところへと向かっていく。
彼らは生えている植物を見ていたり、穴を掘っていたり、どうやら土地を調べているようだ。なにも埋まっている遺跡を発掘しよう、などという考えではないだろう。
魔物を警戒した見張りも立っているため、フォンシエはすぐに声をかけられることになった。
「おや、君は確かこの前勇者と一緒に戦っていた――」
兵はフォンシエの顔を見て、あのときの人物だと気がついたようだ。おそらく、傭兵としてともに都市奪還に働き、そのまま居残って仕事をしていたのだろう。
彼はそれからフィーリティアのほうに気がつくと、背筋を伸ばした。
「これは勇者様。なにか重大な事件でもございましたか?」
どうにもフォンシエとは扱いが違う。もう気にしてもいないため、勇者の名があれば話も進めやすいくらいにしか思ってもいない。
フィーリティアも勇者として慣れたもので、うまく話を進めていく。
「こちらを訪れたのは偶然ですが、なにやら忙しそうな様子。魔物でも出たのですか?」
「ときおり死霊の魔物はやってきますが、基本的には何事もありません。今行っているのは、ここに都市を作る計画が進められており、その調査なのです」
どうやら、ゼイル王国は本格的にこのカヤラ国を取り込むつもりらしい。そのためには、国境付近がやはり不安になるのだろう。
この辺りは都市が存在しておらず、形ばかりの国境があるだけなのだから。
カヤラ国はあたかもこぶのように、ゼイル王国から東に突き出るような形になっている。国境を南北から攻め込まれた場合、くびり取られて分断される可能性が高い。
だからここを固め、さらに南北に土地を広げることでなだらかな国境線を描くように整えたいのだろう。
そのためには、拠点となる都市を造っていくことにしたようだ。
都市を作れば、土地のない者たちが自然と都市の近くに村を作ることになる。そうして少しずつ基板を整えていくのだろう。
見れば、まずは土塁や馬防柵などでひとまず魔物が寄ってこない状況を作っているようだ。
強力な魔物相手には役に立たないだろうが、ゴブリン程度ならこれで攻め込むのを諦めるかもしれない。
「俺たちじゃあ、こういうことはわからないよね」
「うん。警備ならできるけれど、そこまで困っていないみたいだし……」
そんなことを考えていると、男が伝えてくれる。
「おそらく、近いうちに移住者と、開拓のための作業員および魔物に対する戦闘員が募集されることになるかと思います。その際に、魔物関連の仕事もあるかもしれません」
そういうことならば、傭兵の募集は大々的に行われるだろう。
きっと、カヤラ国にあった資産を利用しているのだ。だいたいの魔物は、金銀財宝に価値を見いだすことはなく、そのまま残っていた可能性が高い。
さて、そうなるとむやみやたらと動き回るよりは、その募集を待ったほうが確実だ。
「これからどうしようか?」
「近くの村を見てみない?」
フィーリティアに提案されると、そういうことになった。
彼らはそのまま南下していくと、小さな村々が点在していることがわかる。どうやら、元々国境付近にひっそりとあった村に人が集まってきているようだ。
そこに顔を出してみると、どうにも孤児の数が多い。カヤラ国の騒動で仕事をなくしたと思しき者たちも来ている。
生活に対する補助があるのか、彼らはまだできていない畑をせっせと耕しているところだ。そして人が増えたため、柵などを広げる作業も行っている。
のどかな風景だが、フォンシエは気になるところがあった。
岩を積み上げたところに、魔術師が「初等魔術:土」を使用しているのだ。おそらく、土塁を作っているのだろう。
(なるほど。あんな使い方もあるのか)
魔物との戦いばかりにスキルを使ってきたフォンシエは、こうして日常にも使えるとは思ってもいなかった。
特に頭を使うほどのことではないが、それだけ戦いに明け暮れていたということだろう。
「フォンくんも手伝ってみる?」
「うーん。俺にできるかな?」
とりあえず、こちらでも話を聞いてみることにした。
二人は村の中へと進んでいくと、彼らに声をかける。
「こんにちは。作業中失礼します。土塁を作っているところを見るに、魔物の被害があったとお見受けしますが、お話をお聞かせ願えませんか?」
フォンシエが旅の状況を告げると、彼らは一旦手を休めた。
「最近、夜になると作物が奪われるんだよ。すばしっこいやつらでさ、姿を見せる前にさーっと消えちまう。誰かが襲われることはないからいいが、そのうち被害だって出るだろう。だから前もって、入ってこられないようにしようと思ってな」
その話を聞いて、フォンシエはおや、と首を傾げた。
(魔物が作物を襲う? それより人間をメインにするはずだが……)
気になることがあったので、フォンシエは少し、ここに滞在してみることにした。
その際、簡単に土塁も作れるということだったので、フィーリティアが岩をひょいひょいと積んで、フォンシエが土の魔術で固めていく。
「いやー、助かるよ。俺は魔力が少なくて、全然作業が進まなかったんだ」
先ほどまで作業していた魔術師は、休憩しながらそう告げる。
彼は魔術師の職業を選んだが、初めの訓練で魔物との戦いに嫌気が差して、それからは戦ってもいないらしい。
だからレベルも3のままだそうで、村人のフォンシエよりもずっと魔力が少ない。
はてさて、そうしてフォンシエが魔術を使っていると、普段はあまり使っていないこともあって、少しずつ技術が高まっていく気がしてくる。
地道な作業も悪くない。魔物との戦いばかりが鍛える術ではないのだ。
そのうち魔術や魔力を増やすスキルを取ってみよう。戦いの幅も広がるはず。
のどかな村だというのに、フォンシエはそんなことを考えていた。
◇
その晩、フォンシエとフィーリティアは納屋に泊まっていた。
とても勇者が泊まるような場所ではないが、そこまで素性を明かしているわけでもないので、彼らも気にすることなどなかったのだ。
「魔物の噂、どうなんだろうね?」
フィーリティアがフォンシエに尋ねる。
「死霊の魔物がなにか企んでいる可能性もあるけれど、おそらくは……なんにせよ、現場を見ればわかるよ」
「でも、そんなにすぐ来るかな?」
「たぶんね。土塁が出来上がったら、もう簡単には入ってこられないだろうから」
「……話をしていたら、早速お出ましみたい」
フィーリティアが狐耳を立ててぱたぱたと動かす。
フォンシエはすっと立ち上がり、戸口のところまで行く。そして彼の聴力でも聞こえるほど物音が近くなると、フィーリティアに視線を送った。
彼女が頷くと同時に、扉を開けて外に飛び出す。
闇の中を一気に駆け抜け、そして土塁を跳び越えた。
向こうに動く影がいくつかある。フォンシエは気配遮断のスキルにより気づかれることなく接近すると、そこにいる者を見た。
布で姿を隠した二足で立つ存在――人間の男だ。
まったく気づいていない男の腕を取ると、一気に放り投げる。土塁に命中すると、「ぐえっ」と潰れたような声が漏れた。
それで仲間も気がついたのだろう。
しかし、そのときにはすでにフィーリティアが同じく彼らを投げて一カ所に集めていた。
あっという間に、場は鎮圧される。
彼らの前に立つフォンシエとフィーリティア。
「あなたたちが、この村を襲っていた犯人ですね?」
フィーリティアが剣を彼らに向ける。光を纏った剣を。
そこで彼らはようやく、フィーリティアの正体を理解した。
――勇者。
もはやその前では抗うことなどできるはずもなかった。
フォンシエは村人たちのところに行って、呼んでくる。数人の男を伴って、盗賊たちのところに戻ってくると――
「あっ! お前らは……!」
村人たちが驚きの声を上げた。




