52 のどかな日々は
第三章開始です!
その日も、のどかな一日だった。
ゼイル王国のやや北寄りにある小さな村に、勇者と村人は滞在していた。
フォンシエは空を眺めながら、のんびり歩いている。その隣を一緒に歩くのはフィーリティアだ。
そうしていると、ただ草原を二人で散歩しているようにしか見えない。けれど、フィーリティアの狐耳がピンと立った。
「フォンくん、あそこ……!」
フィーリティアが示すところには、ふわふわと漂っているものが見える。陽光が眩しく、なかなかに見づらいが、あれは確かに死霊の魔物スピリットだ。
フォンシエは一つ息を吐き、それから狙いを定める。まだ距離はあるが、当たらないほどではなかった。
魔力を高め、それを放出する。
破魔の羽は狙いを過たずに進んでいき、スピリットを貫いた。一撃で霧散したそれは魔石を落としていく。
「やったね!」
「うまくいってよかったよ」
そこは草むらだから、もう魔石の探しようはない。フォンシエは行き先を変更して、再び歩き始めた。
二人はそんな調子で昼下がりまで死霊の魔物を倒していたが、やがて昼食を取りにコナリア村に戻り始める。
カヤラ国の騒動から、結構な日数がたっていた。
そちらばかりに戦力を傾けているわけにもいかず、傭兵たちはゼイル王国に戻ってきている。
フォンシエもまた、息抜きとばかりにコナリア村に戻ってきていた。こちらに流れてきた死霊の魔物を倒すのも兼ねて。
傭兵たちが引き上げる代わりに、カヤラ国の兵たちで動ける者がリハビリを経て、復帰しつつあった。
とは言っても、もともと小国であるカヤラ国には勇者が少なく、その僅かな勇者も魔王との戦いですでに亡くなっていたそうだから、そこまで期待できやしないが。
カヤラ国の北には、目撃されてはいないが昆虫の魔王メザリオがいると、昆虫の魔物の動きから推測されている。さらに北東の湖には水棲の魔王セーラン、南には魔獣の魔王フォーザンが存在している。
そして東にあの死霊の魔王がいたそうだが、現在どうなっているのかは定かではない。
なにしろ、あの魔王は目立たないようにするためか、数ヶ月前には一切集団を作っていなかったのだ。そして最上位の魔物――魔王となるや否や、一気に国盗りを行ったという。
だからそこに残党がいるのか、それとも予備の戦力など残していなかったのか、状況は不明である。
しかし調査したところで、現在の戦力が高まるわけでもない。まずは防備を、ということで、都市機能の復活と兵力の増強が急がれている。
そうした東の出来事は、ときおり風の噂で入ってくる。しかし、こんな田舎の村にいては、詳しいことなどわかるはずもなかった。
とはいえ、なにか大事ともなれば自然とわかることだろう。
フォンシエは村に着くと、早速村人たちに声をかけられる。
「今日も助かるよ。魔物はどうだった?」
「以前よりも数は減っていますよ。おそらく、もう狩る必要もほとんどないでしょうね」
「そりゃよかった!」
「念のため、聖職者の方に来ていただくよう、要請を出しておきますね」
現在、村々では死霊の魔物に対抗すべく、聖職者たちが派遣されていた。
しかし、ここコナリア村の周辺には一人も来てはいない。というのも、勇者がいるからだ。それ以上に頼りになる人物がいるはずもない。
「ということは、もうそろそろ出るのか」
代役が必要ということは、コナリア村を旅立つということにほかならない。
フィーリティアが頷いた。
「もう十分に休息は取れました。より多くの魔物を倒すことは、地域の、ひいては国の平和に繋がります。少しずつ、また始めていこうと思います」
「なるほどなあ。立派になった」
うんうんと頷く村人。
そして二人はパンやスープなどの簡素な昼食を済ませる。王都などで食べているものと比べれば遙かに質素だが、こちらのほうが慣れた感じがした。
それから今回もたいした見送りもなく、二人は近くの都市へと向かい始めた。
せっせと駆ける速度は、もはや並の人々とは比べものにならない。
草むらを走っているウサギやシカを追い越し、ゴブリンを踏みつけて、あっという間に都市まで辿り着いた。
門番は二人の姿を見ると、「おっ」と声を上げた。
「お久しぶりです」
「元気そうだな。その調子だと、東に行ってきたんだな?」
「よくわかりましたね。話でも聞いていたんですか?」
「いや。簡単な推理だ。魔物のトラブルがあるところに、お前さんは突っ込んでいくからな」
「うーん。確かに言い返せないですね……」
門番はそんなフォンシエの肩をバンバンと叩いた。
「いっちょ前に立派になりやがって、この野郎」
「はは。……そうだ、コナリア村の辺りに聖職者を派遣してほしいのですが、どうしたらいいでしょうか?」
「そうだな。お前さんは前にゴブリンロードを倒しているから、そのツテで行けばいいんじゃないか? 申請の類は全部あそこでやっているぜ」
「なるほど。ではとりあえずそうしてみますね」
フォンシエはフィーリティアと一緒に街中へと足を踏み入れた。
コナリア村周辺の警備を任されていたのだから、後任を求めることはなんら問題ないし、いざとなれば勇者だと言えばいい。
勇者にたかだか田舎の警備を任せるなんて無駄なことを、無理強いするはずがないのだから。
フォンシエはそんなことを考えながら歩いていると、フィーリティアが呟いた。
「昔はこの都市でも、大きく感じたね」
「俺にとっては、今でも大きいよ。ここから始まったんだ。忘れられない」
「今はいい思い出? それとも、後悔している?」
「どうだろうね。勇者になれなくても悔しくないと言えば嘘になるし、村人としてこれからの将来が楽しみでもあるよ」
なんとなく、今は村人であることも誇らしく思われる。ちょっと面倒なことは多いけれど。
そうして以前訪ねた屋敷までやってくると、警備の兵はフォンシエの顔を覚えていたらしく、顔色を変えた。
「すみません。コナリア村周辺地域における聖職者の引き継ぎをお願いしたかったのですが、こちらでよろしかったでしょうか?」
「少々お待ちください」
勇者の名前を出しはしなかったが、それから通されることになった。
随分とお偉いさんに会うことが多くなったせいか、この程度でフォンシエは緊張することもなくなっていた。
そんな自分を奇妙に思いながら一室に行くと、以前とは違う人物が待っていた。おそらく、担当者なのだろう。
まずはフィーリティアが頭を下げた。
「お初お目にかかります。コナリア村周辺担当のフィーリティアです」
フォンシエはどちらかと言えば、彼女のおまけである。
「引き継ぎの件に関しましては問題ありません。どこか別に地域に赴かれるということでよろしいでしょうか?」
「はい。まだ行き先は具体的に決めていませんが、カヤラ国のその後も気になりますし、魔物の脅威がある土地に行こうと思っています」
「そういうことでしたら、いくつかのご提案がございますが、いかがでしょうか?」
それから説明してくれることには、北の魔王モナクの動きを受けて、その東――カヤラ国の北の魔王メザリオが動きつつあり、一方で南の魔王フォーザンが死霊の魔王の死を受けて領地奪還に動き出しているということだそうだ。
ようするに、カヤラ国を取ったからといって、平穏無事にことが終わったわけではないのだろう。
はてさて、どうしたものか。
フォンシエはフィーリティアと相談する。
「どうしようか。カヤラ国に行ってみる?」
「魔王メザリオの場所はここから近いから、被害が出るかもしれないね」
とりあえず、そちらが気になるということで、ちょっとばかり見に行くことにした。なにやら、国においても動きがあるとのことだ。
それから後任の聖職者に挨拶をし、フォンシエとフィーリティアは街を出る。
「なんだ、もう出かけるのか? いくらなんでも気が短いな」
門番に笑われると、フォンシエは頬をかいた。
「魔物のトラブルに突っ込んでいかねばならない質だそうですからね」
「ま、死なない程度に頑張れよ」
そんな軽い見送りも心地いい。
二人はそれからずっと東へと向かっていく。そうして、ゼイル王国とカヤラ国の国境付近に到着すると、なにやら大勢の人が集まって作業している姿が見えてきた。
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