51 引き継がれる意志
カヤラ国の騒動は、魔王の討伐をもって鎮静化した。
ゼイル王国の人々には、魔王討伐の事実だけが伝えられることになる。
そのような状況であれば、知らされていないことに対して不信感を抱く者も少なからずいたかもしれない。しかし、そうはならなかった。
というのも、勇者が数名東に向かっているというだけで、どれほどの戦いの規模なのかはとっくに想像がついていたのだ。そして勇者がいるならば問題ないだろうという根拠のない安心感もある。
王としては、そもそも魔王がいるなどとはわかっていなかったため、これは偶然の出来事ということにできた。
勇者三人の死は、貴い犠牲として国中に告知されることになる。これで勇者の名声はますます上がり、その身に期待を纏うことになろう。
実情がどうであれ、民は今後も彼らに勝利を期待する。
そんな状況の中、勇者アルードは王都のギルドに入り浸っていた。いや、ほとんどの勇者がこちらに戻ってきていたと言ってもいい。
「なあ、ヨージャ。お前も一杯付き合え」
そう言ってアルードはグラスを揺らす。
「アルードさんに付き合ったら、一杯で済むことなんてないじゃないですか。それより、アルードさんもどうですか」
ヨージャはそんなことを言いながら、ダイスを手の中で弄び、放り投げた。
「嫌だね。お前さんとやったら巻き上げられちまう。そんなことする余裕があったら、最上級の酒でも買ってくらあ」
そんなやりとりをしていた二人だが、どこかしんみりしているのは、勇者が亡くなったからだろう。
特に親しかったわけではないが、同じギルドに所属する者の死を忘れるには、もう少しだけ時間がかかりそうだった。
なにしろ、勇者ギルドに出入りする人は少ないのだから。
あの激戦から帰ってきた勇者たちは、とりあえず情報が入りやすいようにここにいるのだが、皆が皆、好き勝手なことをしている。
外から女を連れてきて楽しんでいる者もいれば、一流の職人に菓子を作らせている者もいる。
そうして派手に息抜きすることで、またそのうちやってくる戦いに備えるのだろう。
もちろん、市民の前ではそうした姿をできるだけ見せないようにするのは、暗黙のルールになっている。だからこそ、勇者ギルドの中では本当に好き勝手な有様が見られるのだった。
「そういえば……あの娘っ子、まだ帰ってきていないのか?」
勇者の一人が尋ねると、ヨージャが返した。
「まだカヤラ国にいますよ。死霊の魔物を全部倒すまで、戻ってこないかもしれませんね」
ここの勇者たちは魔王討伐が終わったために帰ってきたが、すべての都市が死霊の魔物から奪還されたわけではない。
そうした都市に対する戦いは今もなお続いていた。どうやら魔王は、勇者が首都に集まっている間に西の都市を再び奪って首都を取り囲む予定だったらしく、そちらへの攻撃もあるのだ。今は魔王の死で落ち着いてきてはいるが……。
とはいえ、それは勇者がすべき仕事でもない。
「ま、それがあいつらの命の洗濯なんだろうな。随分と変わっちゃいるが……」
アルードは呟き、それから二人の姿を思い浮かべる。
今もなお剣を振っている姿が、ありありと想像できた。
◇
カヤラ国東の小さな都市は、奪還されたばかりだった。
どうやらかなり早い時期から死霊の魔物に落とされていたらしく、街中はひどく荒れている。
しかし、重要度で言えばかなり低いせいか、強い魔物はほとんどいなかった。
フォンシエとフィーリティアは今日も朝から街中を駆け巡っては魔物を倒している。
袋に入っている魔石の数はもはや千に近いかもしれない。もっとも、小さなものばかりなのだが。
「さてと、これで一周かな?」
「そうだね。これからどうしようか?」
フォンシエはすでに都市をぐるりと回ってしまった。あちこち移動しながら一周したため、ほとんどの場所に目を向けていた。
「ちょっと休憩にしようか。寄っていきたいところもあるし」
フィーリティアは頷き、それからフォンシエの手を取った。
二人で並んで歩くと、勇者と村人という関係なんて、どこにもありはしない。
もうちょっと賑やかな街ならば雰囲気もあったのかもしれないが、今は復旧途中で、客もあんまりいないためか、やっている店は食料品などの生活必需品くらいだ。
フォンシエはフィーリティアと一緒に、いくつかの食材を買っていく。
「あんまり、ゼイル王国のものと変わらないんだね」
「距離が遠くないからね」
そんな会話をしながら、二人で食べるには多すぎる量を手にして、彼らは街の中心に向かっていく。
その途中で礼拝堂を見つけると、
「ティア。ちょっと寄ってもいいかな?」
「うん。結構人が来ているみたいだね」
こんな状況では、女神マリスカに縋ることしかできない者もいたのかもしれない。そういう人たちと比べると、二人は随分と信仰心は足りなかった。
けれど、与えられた力をよく理解できるように訓練することは、教えを理解しようとすることと相違ないかもしれない。
フォンシエは祈りを捧げる。
レベル 8.70 スキルポイント1020
以前から大きくレベルが上がっている。どうやら、あのドッペルゲンガーはかなりレベルが高かったようだ。
村人をトレースしたから弱体化しただけで、そうでなかった場合、どうなっていたことか。
そんなことを思いながら、取るスキルを考える。
すでに死霊の魔物相手のものを取る必要性はなくなってきたため、それ以外のがいいだろう。
フォンシエはなにを取ろうかと考えて、それからヴァレンの姿を思い浮かべた。まずは、彼に勝つところから始めたい。
剣聖のスキルは、初期スキルの剣術は非常に使い勝手がいいが、それ以降はちょっと癖がある。
まずは対魔物剣術を200ポイントで取得。これの効果は大きくないが、使いやすいスキルだ。しかしこの上位のスキルは、特定の種類の相手にだけ効果を発揮するものが多い。
今のところ、問題になりそうなのは南の魔王フォーザンだ。だからフォンシエは200ポイントで対魔獣剣術を選ぶ。
それから300ポイントで「神速剣術」を取る。これは魔力を消費して剣の速度を上げるものだ。
さらに上位の「神剣一閃」を300ポイントで加えた。一撃に限定して速度を追求したものだが、威力が上がるわけではないので、なかなかに使いにくい。
たいていの者は対魔物剣術とその上位スキルあるいは神速剣術を取ればおしまいだ。だから使い勝手がいい職業とされているのだが、その上となると、なかなかにどう使ったものか。
(幻影剣術と合わせたら強そうだけど、魔力が足りるかな?)
そんなことを考える自体、すでに村人からはかけ離れている。
しかしフォンシエはもっと先のことを考えていた。
勇者は強かった。だけど、勇者にできないことで、フォンシエにできることは少なくない。
だから、そうして伸ばしていけば、自分もいつか。
フォンシエは期待を胸に、礼拝堂を出た。
先に待っていたフィーリティアはフォンシエに気がつくとすぐに声をかけてきた。
「フォンくん。どうだった?」
「今度は剣聖を目指すことにしたよ」
「そっか。どんどん強くなるね」
フィーリティアはフォンシエを見てにこにこと笑顔だ。
「ティアこそ。どうだった?」
「魔王を倒したから、レベル33になったけど……フォンくんみたいにスキルなんて、簡単には取れないよ」
彼女は苦笑する。
スキルポイント獲得2倍の固有スキルがあるフィーリティアでもそうなのだから、フォンシエはそこに関してだけは恵まれている。
レベル上昇1/100のほかに、スキルポイントボーナスがあればよかったんだけどなあ、とフォンシエは思うが、ないものをねだっても仕方がない。村人でやれるだけやらねばならない。
さて、それから二人は歩いていくと、小さな家に辿り着いた。孤児院である。
中に入ると、十数名の子供たちがいた。
「こんにちは。お腹空いていない?」
フィーリティアが声をかけると、視線が買い物袋に集まった。それが答えだろう。
「ちょっと、台所を借りるね」
それからフィーリティアとフォンシエは二人で食材を切っていく。こんな時間は久しぶりだった。
魔王の討伐の際、グロウは亡くなった。彼の財産は各地の孤児院の運営に利用されることになったそうだが、ここカヤラ国には使われないだろう。
すでに統治者も亡くなっている、あるいは業務をこなせない状況にあるということで、ゼイル王国の支配下に入るか、あるいは併呑されるか、と噂されている。
しかし、そうした統治が行われるのは、まだまだ先だろう。
だからフォンシエとフィーリティアは、この戦いで得た金銭の幾分かを孤児院に使っていた。
あるいは、偽善なのかもしれない。
けれど、死した彼にできることと言えば、これくらいしか思いつかなかった。
誰かが死ねば、誰かがその意志を受け継ぐ。そんな立派なものではないが、なんとなく、できる範囲で少しだけ手助けしてあげることが、手向けになれば。
「さ、できたよ。どうぞ」
野菜や肉などを簡単に煮込んだものだが、子供らは嬉しげに口にしていた。
フォンシエとフィーリティアも、ここで軽く食事を取っていく。それから、再び都市に出ることにした。
「それじゃあ、都市の魔物をやっつけてくるから、待っててね。すぐに平和にしてあげる」
フィーリティアは、余った食材を彼らに渡して、それから孤児院を出た。
フォンシエも続き、それから再び街中を駆け出す。
小さなことから少しずつ、大きなことへと繋がっていけばいい。
カヤラ国は、ゆっくりと平和を取り戻しつつあった。
これにて第二章は完結です! 死霊の魔物に関する事件が解決しました。
フォンシエも次なるスキルを手に、さらなる高みを目指していきます。
第三章もよろしくお願いします!




