49 誰よりも勇敢に
アルードの周囲にまばゆい光が広がっていく。
その中にいた勇者の動きが俊敏になっていき、反対に光の中に入ってきたドラゴンゾンビが苦しげに悶え始めた。
「どうなってるんだ?」
フォンシエはその光景に、思わず呟いてしまう。
それを聞き取ったヴァレンは、僅かに勇者たちから距離を取ったところで足を止めた。
「あれは勇者のスキル「光の海」だ。勇者の能力を底上げし、魔物へとダメージを与える。ただでさえ強力な勇者がああなったら、もうほかの者が手出しをできるはずがない」
これは膨大な魔力を消費するそうだが、勇者は魔力自体もどんどん上がっていくため、使うことができるそうだ。村人のフォンシエにはまったく縁のないスキルだろう。
フォンシエはその光景を眺めていた。
迫るドラゴンゾンビを、勇者一人一人が切り倒していく。
勇者が剣を振るたびに敵の首が落ちていった。光の剣の効果も高められているらしく、たった一撃でドラゴンゾンビは仕留められていく。
中には反撃を食らう者もいたが、致命傷にはならず、敵が後続の傭兵のところまでやってくることはない。
フォンシエはただただ、飛び回るフィーリティアの姿を眺めていた。こんなときに思うことではなかったかもしれないが、綺麗だと思った。
そして自分にできることを探すも、見当たらない。あそこにどうして加わることができようか。
それはきっと、周囲の者たちも皆が思ったことだろう。聖騎士たちですら、戦いには加わらずにほかの魔物を切り倒しているのだから。
フォンシエがぐっと歯噛みする中、勇者たちはドラゴンゾンビを打ち倒し、残り数体になったときのことだ。
ドラゴンゾンビの影から飛び出す多くの存在があった。
暗く闇のような形をした人型だ。フォンシエが目を凝らしてそちらを意識した瞬間。目を疑うような光景があった。
「ぎゃあああああああ!」
上がったのは勇者の叫び声。そしてそれは一瞬でかき消された。
いつしか、二人の勇者が地に倒れている。
誰もが現状を把握できていなかったに違いない。その中でただ一人、反応した者がいた。
「ドッペルゲンガーだ! 気をつけろ!」
叫んだのはアルード。そしてスキル「光の海」を解除する。
ドッペルゲンガーは対峙している相手の職業をトレースする。つまり、勇者の職業を手にした魔物にも光の海の効果反映されてしまうのだ。
そして死したはずの勇者が、ゆらりと起き上がる。
その動きは、とても死霊術で操られているものではない。ごく自然な動きだ。
(まさか……ドラゴンゾンビは囮だった!?)
残ったドラゴンゾンビは勇者を無視して、後続の傭兵や聖騎士のところへと突っ込んでいく。
敵の目的は、勇者を殺し、その肉体を奪うことだったのだ。数百の魔物を集めるより、よほど脅威になる。
立ち上がった二人の勇者は、それだけですさまじい威圧感を出していた。そこらの魔物が宿っただけでこうはならないはずだ。
なにより、弱い魔物ならば操ることすらできなかっただろう。
(……あれは魔王だ)
フォンシエは直感でそう感じ取る。
二つの肉体に力の差は感じられない。二つの魔王がいたということだろう。
勇者の肉体を得た魔王は、十数のドッペルゲンガーを従えて動き始めていた。
その早さたるや、あらかじめ仕組んでいたとしか思われない。
勇者たちは自分と同じ顔をした相手に戸惑わずにはいられない。いかにドッペルゲンガーが勇者の職業を得たとしても、あくまで真似に過ぎず、本来の力を出せるわけではない。
それゆえに、時間をかければ倒すことは難しくなかった。
だが、ドッペルゲンガーの数は二十を超える。
勇者が二人死したことで、一人で三体以上相手にしなければならない。まったく同じ顔が三つ四つ迫ってくれば、精神的にも平然としていられるはずもなかった。
そしてそこに魔王による攻撃が加われば、劣勢一方になるばかり。
勇者たちは焦り始める。このままでは、数で押されてしまうと。
傭兵たちが加われば、ドッペルゲンガーはそれらの職業に切り替わってしまうだろう。
しかし、そこには勇者の暴威を得た魔王がいる。果敢に突っ込んでいくことができる傭兵たちはいなかった。
無理もない。これまでその力を信じて、戦ってきたのだから。
だが、ドラゴンゾンビと戦う傭兵の中、動き出した存在がたった一つあった。
「うぉおおおおおおおおおおおお!」
上がるはあらん限りの叫び声。裂帛の気合いが街中に響き渡る。
飛び出した村人に、多くのドッペルゲンガーの意識が向いた。次の瞬間、それらの姿は勇者からただの村人の少年の姿へと変わっていく。
「今だ、切れ!」
フォンシエは叫びながら、鬼神化のスキルを使用。今後のことを考えるのは後回しにして、今はひたすらに剣を振るう。
剣が一閃。神聖剣術により強化された刃は、ドッペルゲンガーを同時に二体切り裂いた。
続けて剣を振るうたびに、片っ端から敵の首をはねていく。抵抗はなかった。いや、ただの村人をトレースしたやつらに抗う力などなかったのだ。
「さあ、俺が相手だ!」
フォンシエは気を吐く。
勝負は一瞬。それゆえに出し惜しみをしているわけにはいかなかった。
ドッペルゲンガーを切りながら、同時に「裁きの鉄槌」を使用する。ありったけの魔力を込められた鉄槌は、もはや回避不能な大きさとなってドッペルゲンガーへと振り下ろされる。
誰かが数度瞬きする程度の時間。
それだけで、一気に形勢が傾いた。
勇者の全員が動けたわけではない。フォンシエのことを知らない者がほとんどだから。
しかし、「勇者よりも優れたその他職業」がないことが頭にあれば、すぐに敵を切ることができた。そうでなくとも、相手の動きが鈍ったのを好機と見た者もいる。
慎重を期した者は動けなかったが、すでに動き出した状況は止まらなかった。
アルードはドッペルゲンガーを倒しながら魔王の相手をしているし、フィーリティアは群がっていた敵を一掃した。
すでに、邪魔なドッペルゲンガーの数は半分以下にまで減っている。
(このまま一気に片づける!)
フォンシエが七体目のドッペルゲンガーを切り裂いたとき、迫っている存在があった。
それは彼と違う顔をしている。勇者の顔だった。
――魔王。
心臓が跳ね上がる。本能が叫ぶ、逃げろと。
繰り出される剣の一撃を見切ることなどできやしなかった。
無我夢中で距離を取ると、振り下ろされた剣が胸先をかすめていく。その威力の前では、鎧などなんの役にも立ちはしない。
フォンシエは血を流しながら、なんとか後退しようとする。が、魔王は光の翼を纏い、急激に距離を詰めてきていた。
聖なる盾を使用するが、勇者の力を得た魔王相手には、気休めにもならないだろう。
それはほとんど偶然だった。あるいは無意識のうちに、生存本能が突き動かしたのか。
敵が振るった剣は、ぎりぎりのところで防がれた。フォンシエもまた、光の剣を使用しているため、剣がたたき折られることはない。
だが、フォンシエは全力で受け止めようとするも、ふっと体が浮いた。
次の瞬間には、遠方の家の壁に叩きつけられている。
「ぐっ……」
衝撃にうめき声が漏れる。
フォンシエは立ち上がろうとするが、鬼神化のスキルの悪影響が残っていて、全力で逃げ出そうにもうまく動けない。
せめてもの悪あがきと、「初等魔術:炎」を魔王目がけて連発する。
しかし、それらは僅かな時間を稼ぐに過ぎなかった。
敵が迫る。
歯を食いしばってフォンシエは次の一撃に集中する。
だが、彼に刃が向かってくることはなかった。いつしか、目の前には大きな背中があった。
「正直、助かったぜ。いい根性してるじゃねえか。あとは俺に任せろ」
アルードは「光の翼」を用いて飛び込んできていたのだ。それだけじゃない。
「光の海」を自分自身にのみ限局して使用しており、剣に光も纏っている。
これほどの実力者ならば、魔王も倒せるだろう。
フォンシエはそう実感する。だが、魔王はもう一体いたはず。
そちらに視線を向ければ、ヴァレンをはじめとするとする傭兵たちや聖騎士が何十人も集まって数体のドッペルゲンガーを取り囲んでいた。
それゆえに、もはやその魔物は勇者の姿をしていない。
ドラゴンゾンビもまた、傭兵たちが必死で食い止めている。
そしてもう一体の魔王は、六人の勇者で取り囲んでいた。
勇者のスキル「光の海」があれば、バランスよく振り分けることができたのだろう。しかし今は、アルード一人に任せたほうが都合がよかったのかもしれない。
遠ざかっていくアルードと魔王。
そして離れたところで戦うフィーリティアたち。
フォンシエはゆっくりと体を起こし、ぜえぜえと荒い息を整えていく。
せめてまともに動けるようになるまでは、戦いに加わることなどできなかった。
それでも彼は、自分にできることを求め、フィーリティアの姿を眺める。
(なにかあるはずだ。なにか……)
ひたすら考える。考えて考えて、そして一つの結論を得た。
(……これができるのはたった一瞬。必ず成功させてみせる!)
彼はその瞬間を待った。




