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47 出くわした者は

 カヤラ国首都のすぐ近くの都市に、兵たちが集まっていた。ここから東はすべて死霊の魔物たちの土地である。


 先にそちらを制圧してから首都の奪還に乗り出してもいいのだが、その場合、首都と東の都市に挟まれたり、さらに東に存在する別の魔物の国から攻撃を受けたりする可能性があった。


 それゆえにここを勝負所と見て、首都を攻めるための準備を行っていたのだ。

 首都の防備は厚く、人だけでなく大型の魔物も存在していた。だから一筋縄ではいかないだろう。


 決戦を前に、兵たちの緊張感は否応なしに高まっていく。

 都市の中では、いつでもここを拠点とできるように、食料の備蓄や武器などの確認が行われていた。


 人々は以前とある程度は変わらずに生活していたため、物資の心配はほとんどない。


 しかし、死霊の魔物に取りつかれていた影響もあって、腕利きの兵でも勘を取り戻すまでかなり時間がかかりそうで、兵力のほうは期待できなかった。


 各都市に兵を振り分けただけでなく、首都に近づくまでに戦死者も出ているため、数には少々不安が残った。


 しかし、誰の顔にも陰りはなかった。

 彼らの頭の中には、共通して思うことがあるのだ。


 ここには勇者がいる。だからたとえ魔王がいようと、なんとかしてくれるだろう。


 各都市にて戦いに加わっていた勇者たちは今、全員がこの都市に集まってきている。まだ到着していない者もいるとのことだが、時間の問題だろう。


 十にも満たない数だが、そこらの雑兵を百人集めるよりよほど信頼できた。


 そんな都市の中、この日もフォンシエは家々の間を都市の中を駆け巡り、死霊の魔物を打ち倒していた。


 大通りに近いところでは少しずつ市民も出歩き始めているが、そうでないところでは人々はできるだけ家から出ないようにしている。


 店なども営業していないため、いつ死霊の魔物が出るかわからないところに行く必要がないのだ。


 魔物の討伐数が百を超えた頃、フォンシエは一つ息をつく。この近くの魔物はあらかた片づけてしまった。


 もうそろそろ昼下がりになる。食事を取ってもいい頃だった。

 そうして表通りへと向かい始めたフォンシエだったが、またしてもふわふわと浮かぶ死霊の魔物を見つけてしまった。


 魔術が使える魔物ゴーストだ。

 たいして強い魔物ではないが、通りに出られたら厄介だ。


 フォンシエは早速狙いをつけて、破魔の羽により狙い撃つ。羽が魔物へと向かっていくが、当たる直前、鋭い光が魔物を貫いた。


(あれは……!)


 フォンシエはつい、そちらへ駆けていく。

 そうして通りを抜けると、そこには見知った人物を見つけた。


「……フォンくん?」


 狐耳を立て大きな目を見開くのは、フィーリティアだ。


 勇者が集まっているのだから、彼女がいても不思議ではない。けれど、この予期せぬ邂逅かいこうにフォンシエは戸惑わずにはいられなかった。


「あ、ああ。えっと……その……俺も傭兵として、討伐に加わったんだ」

「そっか、そうなんだ……」


 互いになにを話していいのかわからず、会話が途切れた。

 そうしていると、フィーリティアの隣にいる中年男性が興味を持ったらしく、二人の関係を眺めていた。


「ははあ、なるほどなあ。噂の彼か。嬢ちゃんもそういう年頃なんだな」

「アルードさん! もう、からかうのはやめてください!」

「そう隠さなくていい。勇者ってのは、普通の人に取っちゃ、近寄りがたい存在だからな。あんまり意地張ってると、疎遠になっちまうぞ?」

「そ、そんなことないです。フォンくんは……」


 フィーリティアはちらりとフォンシエのほうを窺う。尻尾は不安げに垂れ下がり、どこかおそるおそる見ているようにも見える。


 そんな彼女にフォンシエは、困ったように頬をかいた。


「えっと……ティア。やっぱり俺は情けないことに、いつでも君の隣にいてあげることはできないけれど、それでも君を追い続けるよ」


 もう一度、フィーリティアに言葉を告げる。

 北で再会したときとはまるで状況は違う。けれど、思いは変わらなかった。


「だからその……ティアが俺のことが嫌じゃない限り、俺は絶対に疎遠になんてならない」

「フォンくん。ありがと」


 フィーリティアはフォンシエからちょっとだけ視線を逸らし、はにかんだ。

 もしかすると、勇者に対してここまで踏み込んだ付き合いをしようとする者はいなかったのかもしれない。


 そんな二人だったが、ため息が聞こえてきた。


「はあ、こりゃお節介だったかね」


 いたたまれないような態度で、男が呟いた。

 そうすると、思い出したようにフィーリティアが彼を紹介する。


「あ、フォンくん。こちらはアルードさん。いつもお酒ばかり飲んでるけれど、きちんとした勇者だよ」

「フォンシエと申します。アルードさん、先ほどの光の矢はあなたのものでしたか。あまりにも狙いが的確で驚きました」

「何十年もやってたからできるようになっただけだ。出会ってすぐのところ悪いんだが、ちょっと報告に行かなければならなくてな。そしてそれが終わったら、すぐに出発だ」


 どうやら、勇者の到着を待ってから出発することにしていたらしい。だから二人が来れば、もう首都に攻め込むことになる。


 おそらく、明日には動くだろう。


「わかりました。では、平和になった首都で会いましょう」

「ははあ、随分と大きく出たな。ま、そういうこったな」


 それだけの会話をすると、フィーリティアはアルードと中心に向かっていった。

 嬉しげにぱたぱたと揺れるフィーリティアの尻尾をしばらく眺めていたが、フォンシエは歩き出す。


 彼女とは同じ道は歩めない。だけど、行き着く先はきっと一緒だと信じていた。


 これからフォンシエは、決戦となる前にスキルを習得しておくべく、礼拝堂に向かい始める。


 礼拝堂は一時的に避難所として使われたりしていたため、何度も頻繁に赴くのも気が引けて、あれから一度も行っていなかったのだ。


 けれど、もう遠慮している場合ではない。


 フォンシエはそちらに向かうと、すでにある程度意識を取り戻した人は自宅に戻っていたり、別の場所に移ったりしたようで、祈りを捧げるだけの空間は確保されていた。


 早速女神マリスカの前に跪くと、慣れ親しんだ情報が入ってくる。


 レベル 7.68 スキルポイント620


 聖職者のスキルがあれば死霊の魔物は倒しやすいため、かなりレベルが上がってきている。


 もちろん、普通の聖職者は一対一で戦うことなどあり得ないのだが、フォンシエには職業の不利はあまり関係がない。なんせ、スキルだけでなんとかしているのだから。


 取ろうとしたスキルに必要なポイントを計算して、問題ないことを確認。

 早速、取っていく。


 まずは聖職者のスキルを三つ取る。それぞれ140ポイントだ。


 一つ目は「清めの力」の上位スキル「神霊の加護」だ。

 死霊の魔物に対する防御・攻撃を上げるもので、常時効果を発揮する。非常に優秀なスキルだが、そもそも聖職者が前に出ることはないため、多くの者は取っていない。


 そして二つ目は攻撃スキル「破魔の羽」の上位スキル「裁きの鉄槌」である。こちらは範囲と威力が高まるが、魔力消費と発動時間がネックになる。


 三つ目は防御スキル「聖なる盾」の上位スキル「聖域」だ。

 これはこの領域内で死霊の攻撃が低減されるというもの。一対一なら効果が高い聖なる盾のほうが便利だが、こちらはあらゆる範囲をカバーできるのが利点だ。

 自分だけじゃなく、他人を巻き込んで使う場合にも都合がいい。


 そして最後に残り200ポイント。

 フォンシエは少し勇気のいる決断をする。


 取ったのは、死霊術師のスキル「死霊術」だ。これは死者を操ることができるというもの。


 できる限り使いたくはないものだ。

 しかし、死霊の魔物との戦いではあったほうが便利な場合も多い。


 といっても、普通の者はまず取らない。20レベル分のスキルポイントの価値はないからだ。


 死した魔物にも有効だが、短時間で肉体が崩れてしまうためあまり意味がない。まして人間に使うのは、誰もが見とがめるだろう。


 しかし、これで準備は万端。

 死霊の魔物に限定すれば、聖騎士並の力になったとも言えよう。


 聖騎士のスキルを取りたくもあるのだが、「死霊の魔物」に限定した場合、聖職者のほうが必要なポイントが少なく、効率よく強化できるのだ。


 それからフォンシエは宿に戻ると剣を砥石で磨いたり鎧の手入れをしたり、万全の態勢で明日に備える。


 傭兵たちも勇者たちも、最後の戦いの予感を胸に、思い思いに過ごす。


 そして翌日。

 首都へと大量の兵が押し寄せていった。


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