46 都市と死霊
ゼイル王国がカヤラ国に兵を派遣してから三日。
いくつかの都市の奪還がなされていたが、すでに敵に気づかれてしまっていたため、反撃を受けてもいた。
今も都市の上空を漂っている死霊の魔物「ゴースト」が一気に地上へと降下し、あちこちの兵に狙いを定めては、炎の魔術により攻撃している。
「くそっ、あいつらまた来やがった!」
傭兵たちは苛立ち交じりに叫ぶ。
都市の防備のためにいるとはいえ、聖職者のスキルがなければ戦うことなどできやしない。
そして敵も散発的に襲いかかってきているため、どうしても日夜問わずに警備する必要があり、対応できる聖職者も少なくなる。
ゴーストの魔法が着弾すると爆発が起きて家々が崩れ、中にいた人が吹き飛ばされていく。
傭兵たちがあっと息を呑んだ瞬間、一人の少年が飛び出していた。たった一人でも死霊の魔物と戦うことができる村人だ。
跳躍とともに人を抱きかかえて、それから剥き出しになった家の壁に足を引っかけて固定。そのまま上方へと視線を向けると、中指を伸ばして敵との直線上に来るように動かした。
「貫け!」
直後、魔力が高まり、一枚の羽が生み出された。
それは一気に加速すると、彼が指し示している方向に向かって進んでいき、ゴーストを貫いた。
「よしっ!」
ゴーストは弱い魔物ゆえに、その一撃だけで霧散して魔石を落とす。しかし、かなり遠いところだから、回収しに行ったところで見つかる保証もない。
フォンシエはそれから、抱えていた人物を下ろす。まだ若い女性だった。
「おけがはありませんか?」
「はい、ありがとうございます。聖騎士様」
頬を染めつつ、感謝の言葉を述べる女性。確かに聖騎士は人気の職業だ。勇者よりも身近で、その分だけ憧れを抱かれる傾向が強い。
魔物と戦っていたからそう思ったのだろうが、先のスキル「破魔の羽」は聖職者のスキルだし、そもそもフォンシエは聖職者でも聖騎士でもない。
「感謝には及びません。なんせ、俺はただの村人ですから」
「えっ……?」
急に現実に引き戻されたような顔をする女性。
気持ちはわからなくもなかったが、やはり村人の扱いなどそんなものか。フォンシエはちょっと傷つきながらも、ひょいとがれきの上を飛び越えると、街中を歩き始める。
この都市はまだ奪い返したばかりなので、安全が確保されていないのだ。
彼は誰も行かない路地裏の込み入ったところへ入っていくと、鎮魂の鐘を使用する。すぐ近くでからんころんと音が鳴ると、ひゅうと乾いた音がする。
(……どこかにいるな)
ずっとこんな作業をしていたから、なんとなく死霊の魔物の気配も掴めるようになってきていた。
どこにいる。
フォンシエは視線を動かして辺りを探る。頭上でキィと音がして、見上げたときには影に覆われていた。
降ってきたのは花瓶。しかし、通常の落下よりも動きが速い。
(念動力か!)
物体に力を加えるスキルがあったはず。となれば、明らかにこちらを狙っての攻撃だ。
フォンシエはさっとその場から飛び退いて回避すると、家々の突起や隙間に手をかけて軽々とよじ登り、三階まで上がると、窓の桟に手をかける。
探知のスキルで敵の存在を確認しながら、思い切って力を込めた。体はふわりと浮き上がり、中の様子が見えるようになる。
そこにいたのは、一人の男性だ。
しかし、明らかに普通ではない。男には首から上がなかったのだ。
その者はフォンシエのほうに体を向けると、思い切り飛びかかってきた。
「くそっ!」
フォンシエはさっと回避すると、男目がけて破魔の羽を放つ。それを食らった男はのけぞり、動きが鈍くなる。体の内部にまで刺さらないため、効果はイマイチなのだ。
その間に、フォンシエは扉を開けて家の中を移動し始めた。
(あの男はすでに死んでいて、操られているだけだ。ならば、その根源である魔物を探さないと)
死体を操るスキルは死霊術がある。
死霊術師のスキルを取れば使えるようになるが、あまりにも不吉かつ倫理的に問題があるとされているため、その職業は人気がなかった。
しかし、こんなことなら取っておけばよかった。多少なりとも、敵の動きを阻害することができたから。
とはいえ今はそんなことを考えている暇はない。
近くに死霊の魔物がいる。おそらく、この家の中だ。
フォンシエは廊下を駆けながらの扉を蹴って、部屋を確かめていく。すると、集合住宅らしく、中にいた人物がフォンシエに気づいて迫ってきた。
(くそっ、このままじゃ増えるばかりだ!)
相手はすでに死んでいるため、手足を切り飛ばしたところでペナルティの類はない。しかし、それは死者への冒涜にも思われた。
甘いとはわかっている。相手の思うつぼにも思われた。
だから逃げて体勢を立て直したほうがよかっただろう。だけど、まだいけるとフォンシエは感じていた。
すでに扉を十回ほど蹴破っているが、そこにも敵の姿はない。
そこでふと、フォンシエは探していない場所に気がついた。
(あとは屋根裏部屋があるはずだ)
フォンシエがそちらに視線を向けると、死者が一気に追ってくる。
しかしフォンシエは「聖なる盾」を使用すると、眼前で浮かぶ盾に意識を傾けるだけでぐっと押しながら、敵の中へと飛び込んでいった。
守ろうとしているところが、丸わかりだったのだ。
死者を飛び越え、盾で押しのける。この盾は物理的な防御効果はほとんどないが、死霊の魔物には絶大な効果を発揮する。
そしてフォンシエは「初等魔術:炎」を使用すると、天井を爆破。
そこから一気に飛び上がると、屋根裏部屋へと到達。きしむ音を立てながら、フォンシエはそこにいる存在へと近づいていく。
人骨を利用した魔物、骸骨騎士だ。カタカタと歯を鳴らしながら、フォンシエのほうへと体を向けている。
(厄介だな。あいつはなかなかに強かったはず)
骸骨兵の上位種であり、切っても死なないことや、数多の骨をくっつけているため、人と形が異なっているのだ。現に、目の前にいる骸骨騎士は腕が四本ある。
それぞれに錆びた剣を手にしており、バラバラに動いている。
フォンシエはできるだけ遠距離から攻撃すべく、破魔の羽を放った。勢いよく向かっていくが、骸骨騎士は剣を器用に使って弾いてしまう。
そして一つの剣を手放すと、そこらにあった木箱をフォンシエ目がけて投げてくる。
咄嗟に回避した彼は、破魔の羽で攻撃を続けていくが、腕が四本もあるために手数で勝つことはできない。
そして骸骨騎士も接近してきている。四本の剣が一気に突きを繰り出してくると、フォンシエは大きく距離を取った。
続く剣戟を弾きながら回避するが、屋根裏部屋は狭く、いつまでも動き回ってもいられない。
(このままじゃ、こちらが不利になるばかりだ。ならば!)
フォンシエは敵に狙いを定めると、「初等魔術:炎」を使用。相手の足元を吹き飛ばした。
すでにもろくなっていた床はあっさりと崩壊し、骸骨騎士は落下していく。そうなれば、いかに手が多かろうが身動きも取れず、役に立たないはずだ。
フォンシエは素早く追いかけて飛び込み、幾度となく魔術を使用する。
そのたびに爆風で底が抜けて、骸骨騎士はより下の階へと押し出される。
一階まで落ちた骸骨騎士が、衝撃でバラバラになった。慌てて元のパーツをかき集めようとするそれだったが、そのときにはすでにフォンシエも間近に迫っている。
そして落下速度と神聖剣術を乗せた一撃が叩き込まれた。
ザンッ!
大きな音とともに骸骨騎士が両断される。念のために数度切りつけると、それは魔石を残した。
これも元は人間だったのだろう。しかし、すでに死霊の魔物にされてしまった以上、戻ることはできない。そして、すでに死んだ者も。
骸骨騎士に操られていた者はこれで動かなくなっているようだ。
フォンシエは魔石を拾い上げると懐にしまい、それから歩き出した。まだまだ、この都市には魔物が潜んでいる。
いずれ出発することになるが、それまではここで役割を果たすのだ。
彼は死者に一瞥をくれて、家を出た。




