45 勇者になれない村人は
市民がどっと押し寄せてくる。手にしているのはナイフや包丁、スコップなど様々だ。
そこまでの強さがあるわけではないが数が多く、どれほど倒してもきりがないのが厄介だった。
傭兵たちが必死で押し戻す中、フォンシエも棒を手に相手をぶん殴っていく。
相手の首をはねるのでなければ、面積的な都合なのか、棒のほうが効率よく死霊の魔物にダメージを与えることができていた。
しかし、その市民の中からグールが飛び出したり、リビングメイルが現れたり、敵も考えて動いているようだった。
突然の攻撃に傭兵たちは手傷を負うと、入れ替わるように別の兵が近づいてくる。そんなことが何度も続く。
勇者は確実にグールロードを削っているが、まだ時間がかかりそうだった。
そうした状況の中、傭兵たちに「清めの力」を使用していた聖職者の一人が吹き飛んでいった。
飛び出したグールの一体が組みついており、歯を剥き出しにしている。
「ひぃいいいいいい!」
叫び声は、唐突に途切れた。喉が食いちぎられていた。
「くそっ!」
臓腑を貪り食らうのに夢中になっているグールを傭兵が斬り殺すも、聖職者たちがそれで及び腰になってしまった。そして彼の死により、数人の「清めの力」が切れてしまう。
「しまった――!」
これでは、どれほど相手を殴ったところで効果はない。傭兵たちがうろたえる中、フォンシエは素早くそちらに視線を向けた。
「俺がやります!」
フォンシエはスキル清めの力を辺りの者に使用する。彼が使えると思っていなかった者たちは、驚かずにはいられない。
「助かった! あんた、そんなスキル取ってたんだな!」
そう言われるも、のんびり話している暇なんてなかった。
フォンシエは飛びついてきた市民を一気に投げ飛ばすと、続くもう一人に足を引っかけて転ばせる。
傷つけないように対応する場合、武道家のスキルが非常に役に立った。
だが、その状況でフォンシエはふと妙な感覚に襲われ、ひょいと飛び退いた。直後、彼の眼前で魔力が高まる。
(この男は魔術師か……!)
それは市民その人であった。
小規模な爆発が起き、フォンシエは吹き飛ばされる。すぐさま起き上がると、そこには胴体が弾け飛んだ男の姿があった。
初等魔術は着弾とともに爆発するため、自身に当てるのが一番早い。近くの数名を巻き添えにするどころか、自らの死をも厭わない。意識があるならば絶対にやらない方法だった。
「……なんということを」
フォンシエが思わず震えた瞬間、眼前に光の矢が降り注いだ。
大量の矢が突き刺さると、市民が倒れていく。しかし、外傷はないようだ。ただ死霊の魔物ばかりが消え去っていく。
「すまない、外の魔物に手こずった」
そう言いながら現れた勇者は、市民の近くに飛び込み、光の剣と矢を自在に操って敵を屠っていく。
「さすが勇者だ。桁がちげえ」
誰かがそんなことを言った。そしてそのときにはすでにグールロードはもう小さくなって、そこらの人の大きさと変わらなくなっている。
「とどめだ!」
勇者が剣を振り下ろすと、グールロードは真っ二つになる。そして魔石を残して消えていった。
グールロードがここの魔物を統率していたのか、死霊の魔物どもは慌てて市民の体を抜けようとしたり、そのままの体で逃亡したりしようとする。
だが、それらは攻撃を捨てることにほかならない。怒濤の勢いで傭兵たちが襲いかかり、片っ端から仕留めていく。
魔物たちが都市の外に出ようとすれば、数多の矢に狙い撃たれた。狩人たちの中でも腕利きばかりで、多少距離があっても外すことはないのだ。
これで都市の奪還は成った。しかし、まだ死霊の魔物はどこかに潜んでいるだろうし、気絶させた市民が元の精神状態に戻るかどうかもわからない。
かなり後味が悪い勝利だった。
フォンシエは市民の介抱をしながら、一つため息をつく。すると、頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「フォンシエ。浮かない顔だな」
そういうのはヴァレンだ。
「勇者の力にビビっちまったか?」
「まあ、半分くらいは」
「そりゃ上出来だ。そう思うってことは、比較ができてるってことだからな。普通は勇者だから仕方ない、と片づけちまうものだ」
確かに、仕方ないと諦めてしまうのが一番楽で現実的な方法だ。けれど、フォンシエはとてもそのような気にはなれなかった。
今だって、どうにかして勇者のスキル以外で、同じようなことができないものかと考えているくらいなのだから。
「そうだ、さっきのスキル。いいタイミングだったぜ。地味だが、あの瞬間、お前は勇者よりも立派だった」
「ありがとうございます」
フォンシエは褒められて、素直に礼を述べた。
小さなことから少しずつ積み上げていくしかないのだ。いきなり飛び上がろうとすれば、階段を踏み外してしまうだろうから。
そうして都市を鎮圧していくと、人々は無気力になっている者と、なんとか意識があるような者に別れた。
おそらく、前者はもはやどうしようもないだろう。しかし後者は、元通りとまではいかずとも、それなりの生活を送れるようにはなる可能性が高い。
フォンシエはある程度の仕事が終わると、都市の礼拝堂に向かった。
戦いの巻き添えを食らったのか、屋根の一部が剥がれ落ちていた。しかし、中はまったくの無事で、傷一つない女神マリスカの像が見守ってくれている。
彼は祈りを捧げた。
レベル 7.14 スキルポイント220
すでにレベルがある程度上がってきているため、雑魚の経験値が入りにくくなっていた。しかし、あまり上がらないように感じるのは、先日まで混沌の地にいたことのほうが大きい。
さほど強くない魔物を倒したにしては、かなり上がっているのだ。
おそらく、「清めの力」を付与した傭兵たちが敵を倒す場合、フォンシエにもその恩恵が加わるのだろう。
先ほどの戦闘を踏まえ、新しいスキルを取っておきたいところだ。カヤラ国で有効なものは……。
フォンシエは考え、それからスキルを取ろうとする。
やはり、死霊の魔物との戦いにおいて強くなるものが望ましい。今後、死霊の魔物がいない場合はなんの役にも立たないが、それを惜しんでここで倒れては意味がない。
彼は聖職者のスキルを取ることにした。
70ポイントで死霊の攻撃をある程度防ぐ「聖なる盾」と、死霊への攻撃スキル「破魔の羽」をそれぞれ取る。
まだ若干スキルポイントは残っているが、そのうち上位の聖職者のスキルを取りたいため、ここまでにしておいた。
礼拝堂を出たときには、すすり泣くような声が聞こえてきた。
どうやら、現状を認識できる程度にまで回復した者がいるようだ。となれば、この状況には嘆くしかなかろう。
フォンシエは壊れた家の中を見ると、蜘蛛の巣が張っていたり、ウジが湧いていたり、生活環境のひどさにぞっとした。
死霊の影響を受けるとこうなってしまうのかと。
だけど、フォンシエにできることはなかった。そのことが悔しくて、彼は思わず拳を握る。
やがて別の都市からも戦勝報告があり、僅か西の土地とはいえ、カヤラ国は魔物からの奪還がなされた。
都市で食料などの補給が行われると、兵たちはすぐに出発することになる。
ここの防備のため残る者もあったが、フォンシエは進むことを選択した。今後の被害を減らせるように。魔物を打ち倒すのだ。
立ち止まってなどいられない。彼は前を向いていた。




