43 東へ
日の出前、フォンシエは礼拝堂に来ていた。
解毒のスキルを取ってから来ていないため、東国へと向かう前に一度スキルを取っておきたかったのだ。
薄暗いその一室には、彼のほかに誰もいない。ただ、女神マリスカの像が見下ろしているばかり。
フォンシエは祈りを捧げる。
レベル 6.97 スキルポイント450
あの日からずっと剣の訓練を続けてきて魔物を倒していないため、レベルは上がっていない。
これだけポイントがあれば、勇者のスキル「光の翼」を取れるが、果たしてそれがフォンシエに相応しいかどうか。
空を飛ぶものだが、ほとんど制御できない状態では墜落死しかねないし、そうでなくとも空中では身動きが取れなくなる。
だから、あまり好ましいとは言えなかった。それに彼のレベル的には、まだスキルポイントには余裕がある。必要になったとき、勇者のスキルに慣れてきた辺りで取ればいいだろう。
フォンシエはとりあえず、能力を底上げするものを選ぶ。
戦士のスキルで衝撃を増加させる「破壊力」と反対に減少させる「耐久力」をそれぞれ100ポイントで取得。これらはフォンシエ自身の動きに関係するものではないため、後回しにしてきたのだ。
そして同じく100ポイントで剣士のスキル「間合い」により、相手との距離感を掴みやすくする。これで相手の大きさによらず、ある程度は相応しい距離を保つことができよう。それから「体捌き」により、戦闘中の移動に関する補助を得る。
これらはフォンシエが対人訓練を行ったことにより、取る必要を感じたものだ。すごく地味なスキルだが、確実に役に立つものである。
(よし。行こう)
フォンシエは祈りを捧げ終えると、礼拝堂をあとにした。
それから都市を出て、市壁の前で待機する。街中に集まるわけにもいかなかったため、こちらに多くの傭兵たちが集まっている。
聖騎士の数は少なく、おそらく五十かそこらだ。それに対して、聖職者は三百くらいいる。その他の兵が千を超えるといったところか。
これに東に向かう途中で兵が加わり、倍程度にはなるのだろう。
といっても聖騎士はこの数からあまり変わらない可能性が高い。なんせ上位職業なのだから、田舎に行かずとも王都の近くで十分な仕事があるのだ。
そうした一団は、王都の常備兵の何割かを伴って、東へと移動し始める。
これほど大規模な軍はそうそう結成されるものではないから、市民たちはなかなかに不安になっている。それに対し、王は魔物が出たということだけを公表していた。
一団に混じったフォンシエは、「その他の兵」という扱いになっている。
しかし、その立場に不満があるわけでもない。聖騎士のスキルをずっと使えるほど魔力が多いわけでもないし、大勢の兵に清めの力を使うのも避けたいのだから。
それに、この辺りには下位職業で高レベルだったり、上位職業でそこそこレベルがある者たちもいる。彼らから学べることもあるだろう。
そんなことを考えていると日も暮れてきて、その日の移動は終わることになる。これほど多くの人数を連れて、高速で移動するのは難しかった。
やがて野営の準備が終わると、近くの都市から調達してきた食事が配られる。簡素なものだが、傭兵たちは飲み食いしながら楽しげにしていた。
状況が状況ゆえに酒類は出ないが、それでも雰囲気だけで盛り上がれるものなのだろう。
騒いでいる傭兵たちは、やがて取っ組み合いを始めた。喧嘩ではなく、お遊びである。どうやら相手を押し倒したほうが勝ち、といった程度のルールしか決めてはいないようだ。
「よお坊主。さっきから一人で塞ぎ込んでるじゃねーか。怖くなったか?」
「いえ、そういうことはありませんが……」
「だったらお前も加われ! しけた面してっと、幸運が逃げていっちまう!」
無理矢理肩を組まれて連れていかれたフォンシエは、その傭兵の仲間から口にパンを突っ込まれたり、果実の飲料を飲まされたり、すっかりいいように遊ばれてしまう。
そしていつしか気がついたときには、取っ組み合いの現場にいた。
「よーし、いいぞ! 俺はこっちのちびっ子に賭ける!」
「勝ち目なんてねえだろ! 俺は断然あっちのでかいやつだな!」
傭兵たちは好き勝手にいいながら、賭け事を始めてしまう。
フォンシエはそんな状況で、相手をする傭兵を見据える。禿頭の男はかなり大柄で、力もありそうだ。
合図とともに、男が飛びかかってくると、フォンシエは素早く手を払う。それから側面に回り込んで押し倒そうとするのだが、相手に比すと小さいフォンシエではうまくいかない。
「よーし、いいぞ! あんなちっさいの負けたら恥だぞ!」
「そんなんじゃ押し倒せるはずがねえ! もっと力を込めろよ!」
野次が飛んでくる中、フォンシエは冷静に敵の動きを見極めていく。
取ったばかりのスキル「間合い」や「体捌き」のほか、「見切り」「瞬発力」「野生の勘」などにより、彼の能力は底上げされている。
それらの具合を確かめながら、フォンシエは攻撃を回避し、そして足払いなどを仕掛けていった。
が、相手のほうが体格が大きく、なかなか決まらない。
観客は盛り上がりつつも、じれったくて仕方がなくなっていた。そして相手をしている男も。
(……ここで勝負に出る!)
フォンシエにのしかかるように襲いかかってくる男は、力尽くで彼を倒してしまおうと決めたようだ。
それをみてフォンシエは一気に飛び込んだ。懐に入り込むなり鬼神化のスキルを用いて一気に相手の体勢を崩す。そして足を払い、投げ飛ばした。
大柄な男が舞台から転がり落ちていく。
「うぉおおおおおお! やったぞ!」
「あのちいさいの! やるじゃねえか!」
どうやらフォンシエに賭けていたらしい傭兵たちが歓喜の声を上げる。
フォンシエは一つ息をつき、それから少し離れた席に向かおうとしたのだが、傭兵たちがやってきて胴上げされてしまった。
「お前のおかげで、たんまりもうけさせてもらったぜ!」
「やると思ってたんだ。お前はほかのやつらとは違うってな!」
なんとも虫がいいことを言っているが、傭兵はこのようなものなのだろう。フォンシエもあまり悪い気はしなかった。
それから次の賭け事が始まると、彼らはフォンシエなどほうっておいてそちらに走っていく。
解放されたフォンシエは、それから改善点を考え始めた。
鬼神化のスキルを使えば、身体能力的にも一気に相手を上回れるが、そうでない場合、どうしても体格に劣る分、力は出ない。
同じくらいの力量の相手と比べると、速さと手数、そして多彩なスキルでなんとかしなければならない。
そのためには、できるだけミスを減らし思い通りの動きをいつでも取れるようにすべく、反復訓練するしかない。
フォンシエはそそくさと場を離れると、物陰で剣を振る。
指南書に書いてあった技術はすべて頭の中に入っているが、まだ半分も身についていない。だからまだ未熟であり、そしてもっと技術を磨ける。
そうしていると落ち着いてきて、フォンシエはひたすら剣に夢中になるのだった。
それから行軍は数日続き、ようやくゼイル王国の東端にやってきた。傭兵たちは気を引き締めていく。
国境が見えてくると、部隊長の合図とともに聖騎士たちが飛び出し、続く傭兵たちも駆け始めた。
国境警備をしていた兵がぎょっとする。しかし、彼らにできることなどなにもありゃしなかった。フォンシエが到着したときには、すでにどの兵も意識を失っていたのだから。
(……いよいよ、俺はカヤラ国に来たんだ)
フォンシエはその実感とともに、国境を越えた。




