41 直接その手で
王都に戻ってきたフォンシエは、街中の様子を探っていた。
東国での異変はまだ知られていないらしく、人々は平和に過ごしている。
しかし、注意して見ていれば、聖職者と思しき人物が多くなっている。とはいえ、全体の中ではほんの少数ゆえに、市民は誰も気づいていない。
大々的に告知されるのは、ずっとあとのことなのだろう。
(明らかに聖職者が集まっている場所があれば、紛れ込むこともできただろうが……)
その線はほぼないと見ていい。
ならば、あまり気は進まないが、この際こだわってもいられない。
フォンシエはずっと進んでいくと、やがて一つの建物に辿り着いた。そこには勇者ギルドと書かれている。
迷うことなく中に入っていく。勇者でもない村人がこうも頻繁に来ることになるとは、誰が予想できただろうか。
中には勇者の姿があり、何度も来ている村人を見てやや表情を変える。
けれどフォンシエはまったく気にすることもなく、受付まで向かっていく。彼は目標のためならば、どこまでも突き抜けられる性格だった。
「すみません。聖職者を集めているという噂を聞いたのですが、どこで募集しているかを教えていただくことは可能でしょうか?」
フォンシエが尋ねると、すでに顔見知りになっていた受付嬢が説明してくれる。
「……フォンシエ様はすでに東国の事情をご存じですので、そちらの説明は省きます。聖職者・聖騎士または単独で死霊の魔物と戦える人物の募集と、一般の傭兵募集が行われております。多くのギルドで実力者に声がかけられていますが、それ以外では直接雇用を求めるしかありません」
「直接というのは、どのような手順を取ればよいでしょうか?」
「中央にございます屋敷で事務的な手続きが行われております。勇者ギルドとして斡旋することはありませんので、ほとんど殴り込みと言えるような形になりますし、お勧めはいたしませんが……」
勇者ギルドはそもそも勇者に関する管理業務を行っているため、村人を斡旋することは信頼に関わるのかもしれない。
(どのような形でもいい。そこでティアや勇者たちがいるのなら。俺がそこで戦えるというのなら!)
フォンシエは受付にて頭を下げると、すぐに教えられた場所へと向かっていく。
あまり遅くなって頭数が揃ってしまったなら、わざわざ村人を取る理由はなくなってしまう。それに、もうすぐ出発が決まるとのことだった。
その屋敷はかなり広く、警備の者が立っているくらいだから、重要な場所なのだろう。
「こちらで兵の募集を行っていると聞いてやってきたのですが、通していただくことは可能でしょうか?」
フォンシエが言うなり、門番たちがぎょろりと見下ろしてくる。
「ギルドを通してくるといい」
「そこをなんとかお願いできませんか?」
「ギルドにも入れないような職業がどうこうできるものではない。立ち去れ」
威圧的な態度なのは、こうした人物が何人も来ているからなのだろう。
しかしフォンシエはその言葉尻を捉えた。
「つまり、『どうこうできる』実力があればよいのですね?」
フォンシエが屹然とした態度で臨むと、兵たちの様子が変わる。もはや脅しでは引かないと見たのだろう。
「なら、俺たちの背を地面につけて見ろよ。言っておくが、俺たちのレベルは30だ」
彼らの職業はわからないが、おそらくは剣士などのそこまで必要スキルポイントが高くないものだ。そうであれば、フォンシエでも対応できる。
「では、そうさせていただきます」
フォンシエが構えると、門番たちも戦闘態勢に入る。互いに武器などは使用しないのが暗黙のルール。
それゆえに、フォンシエのスキル神聖剣術や魔術などは封じられてしまうことになった。
しかしそれでも、剣士や戦士など下位から聖騎士や狂戦士など上位まで、各職業におけるスキルによる身体能力向上はきいている。
加えてフォンシエは武道家のスキル格闘術を取っているため、無様にやられることはないだろう。
門番が勢いよく殴りかかってくると、フォンシエは意識を集中する。武道家の「見切り」や冒険者の「野生の勘」により、敵の動きは読みやすくなっていた。
ギリギリまで引きつけると、腕を取って一気に投げ飛ばす。
「うぉっ!?」
驚く門番を、フォンシエはそのまま地面に叩きつける。ガシャンと鎧がいい音を立てた。そしてそのときには、もう一人の門番が迫ってきている。
フォンシエは相手の動きを読み、素早く足を引っかけて倒し、そのまま背から押し倒した。
そして彼らが立ち上がるのをじっと眺める。
(……彼らの職業はやはり、そこまで強い者ではなかったのだろう。おそらく、武道家でもないようだから、本来の実力を発揮できていないのは間違いないけれど)
相手とはそこまで身体能力的な差があるわけではないが、フォンシエのほうが戦いの勘はずっと鋭かった。
長い間、傭兵稼業を続けているわけではない。しかし死にかけるほど強敵との戦いの連続が、彼の感覚を研ぎ澄ましていったのだ。
これは門番などの仕事では得られないものだ。
彼らとて、レベル30ということは少なくとも数年は戦いに身を置いていたはずだが、集団での戦いが多かったのだろう。ならば、ぎりぎりの駆け引きが何度も行われることもあるまい。
なんにせよ、命のやり合いではないとはいえ、フォンシエは勝利した。
「……これで通していただくことは可能でしょうか?」
「ったく。仕方ねえ。なんだって、こんなやつがギルドに入っていないんだ。悪いことでもしたのか?」
「まさか。入れるギルドがないから、どこにも所属できないだけですよ」
「入れないだと……なんだそりゃ。ああ、そういえば……いや、それにしてはおかしい」
門番はギルドがない職業に思い当たったが、すぐに自分が聞くことでもないと判断して、フォンシエを連れて中に入っていく。
「で、お前さんはなにができるんだ?」
「神聖剣術も、清めの力も使えますよ」
「おいおい、なんだそりゃ。よくわかんねえが……まあいい」
普通、神聖剣術が取れるなら聖騎士になっているし、聖騎士がわざわざ聖職者のスキルを取ることもない。
だからフォンシエによくわからないという反応を示したのも、当然のことだった。
それから門番は屋敷の中に行き、中で働いている者に声をかける。
「お客さんだ」
「それを断るのがあなたの仕事でしょう?」
「そう言われてもなあ……言われたとおりにやったんだが、こうなってしまってね」
門番は鎧についた泥を見せる。
どうやら、あれはここにいる者から実力のない者を追い払うように、命令されてやったことらしい。
それを見て、中で働いている者が「少々お待ちを」と告げて、廊下を進んでいった。
フォンシエがしばらく待っていると、先ほどの人物がとある男性を連れてきた。
その人物は鎧を纏っており、年のほどは四十かそこら。少し見ただけでも、雰囲気が違うことはすぐにわかる。
「お初にお目にかかります。フォンシエと申します」
彼が述べると、男性はフォンシエをためつすがめつ眺める。
「……なるほど。なにをしに東へ行きたいんだ。故郷なのか?」
男はそう尋ねてきた。無理をしてでもカヤラ国に行きたいのであれば、目的がある可能性が高い。
けれど、フォンシエにとってカヤラ国はまったく縁のない土地だった。
「無論、魔物を倒すためです。しかし、そこに理由があることは否定しません。勇者が行くというのです。私はいずれ彼らと肩を並べられるようになりたい」
フォンシエの言葉に、男は視線を鋭くする。
「勇者、ね。……ついてこい。力を見てやる。俺はヴァレンだ」
そう自己紹介するヴァレンに続き、フォンシエは庭に出た。




