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40 少年、目覚める


 フィーリティアは軽々と跳躍し、光の剣を振り下ろしていた。

 その剣は死霊の魔物を切り裂いて、たった一撃で仕留めてしまう。敵が弱いのではない。彼女が勇者としての才媛だからだ。


 ごくあっさりと敵を仕留めたフィーリティアは、辺りを見回した。すでにあちこちには魔石が転がっているばかり。


 彼女は勇者たちとカヤラ国の端っこまで来ていたため都市はなく、小さな村々が点在しているのだが、どこもかしこも死霊の魔物で溢れていた。


 そして今は人が住まない国境まで来たのだが、魔人など他の領域の魔物と死霊の魔物が入り交じっている。


 どうやら、国土の外まで掌握しているわけではなさそうだ。


(今も侵略中なのかもしれない)


 フィーリティアは、フォンシエと調査したゼイル王国東のことを思い出す。


 彼女がそうしている間に、ほかの勇者たちはとっくに剣を収めていた。

 この状況にアルードはぼやき、ヨージャは生真面目に返す。


「それにしても……こんな辺境まで魔物で溢れているとはな。もう少し、早く来るべきだったか」

「過ぎたことは仕方ありません。第一、本来であれば、こうなる前にカヤラ国のほうから援軍を求めるべきでした」

「王族としては、の話だな。市民にとっちゃ、いつの間にか魔物に襲われて、国もなんにもしてくれねえ状況だ」

「それはそうですが……一人も助けを求めに来ない辺り、あっという間にこの国は落とされたのかもしれません」


 国境を守る兵ですら、受け答えは普通にできる程度の分別がついていた。

 無秩序に死霊の影響を与えたのでは、そうはならないだろう。まずは王が落とされ、そこからじわじわと、あたかも植物が根を張るように、少しずつ彼らの認識は歪められていったのかもしれない。


「新しく出てきやがった魔王、随分とねちっこいみたいじゃねえか」

「都市の民も、この異様な状況の中で生活していますからね」


 見たところ、これまでと同じように、門番は門番の役割を果たし、商人は各都市を巡り、パン屋は日々パンを焼いているようなのだ。


 彼らはなんら変わらない日常を送っていると思っているはずだ。

 気の短い魔王であれば、人を皆殺しにして、すべて死霊の魔物を作る材料にしただろう。


 しかし、カヤラ国の民は温情で生かされているのではない。


 彼らが日常生活を送れば、自然と子が生まれて繁殖していく。いつか死霊の魔物が無理に惑わしている影響で破綻するとはいえ、その環境下では、半永久的に新たな人々を刈り取ることができるのだ。


 必要なときに必要な分だけ、殺せばいい。

 あまりに狡猾で、反吐が出るやり方だ。


「これで国土のほとんど全域は見終わった。あとは国境を越えた魔物の領域だが――」

「そちらはあとでも構わないでしょう。まずは市民の救出を」

「といっても、これじゃあ元に戻るかどうかもわかんねえ。……っと、敵さんのお出ましだ」


 アルードがけだるげに見上げると、そこには偵察と思しきスピリットの姿がある。

 彼はそちらに視線を向け、それから人差し指を伸ばして敵へと狙いをつける。


 途端、そこ目がけて光が一筋飛んでいき、スピリットを貫いて消滅した。勇者は遠距離攻撃が得意ではないが、それはこのスキル「光の矢」が200ポイントも必要だからだ。


 前提となる光の剣、光の盾、光の翼で1500ポイント。

 スキルポイントボーナス1000ぎりぎりで勇者になったのであれば、もう上がらなくなってきたレベル50でようやく、そこまで揃うのだ。


 さらに200追加となれば、人によってはもう老後を過ごしてもいい時期に差しかかっているかもしれない。


 しかし、アルードはスキルポイントボーナスがとりわけ多めの勇者だった。

 さらにもう一つ上のスキルも取っているくらいに。


 フィーリティアが気になって、声をかける。


「アルードさんのそれ、便利ですね」

「まあな。嬢ちゃんならそのうち取れるだろ。楽しみにしているといいさ」


 アルードは特に自慢する風でもなく、そうあっさりと告げる。

 彼は勇者としての自分の力をしっかり把握しており、奢ることもなければ、過小評価することもなかった。


「さて、それじゃあ俺はカヤラ国に残って状況を探り続ける。連絡で一人、ゼイル王国に向かってくれ」


 そう言うと、一人の勇者が心配そうに尋ねた。


「その台詞、何回目ですか? もう我々も随分少なくなっていますが……」

「心配すんな。魔王が来たら逃げる。それに、とっておきもあるんだ。生き延びるくらいはできる」

「そう言うなら……そうしますが。では、私が連絡に向かいますね。できるだけ早く、隊を整えてこちらに戻ってきます」

「おう。のんびりな国王の尻に火をつけてやってくれ」


 そんな冗談すら出るアルードに苦笑いしながら、勇者は一人西へと戻っていった。


 さて、そうして残った勇者を見回すと、フィーリティアは不思議と落ち着いてきた。

 アルードやヨージャ、グロウは確かな実力者だ。勇者としての経験は皆長く、アルードに至っては30年を超えているかもしれない。


 もしかすると、魔物に囲まれていようが、ここほど安全な場所もないのではないか。そんな気さえしてくる。


(私も頑張らなくちゃ。勇者として、自分を誇れるように。大切なものを守れるように)


 フィーリティアはそう決意し、張り切るのだった。

 ゼイル王国から兵が出るには、まだ時間があった。



    ◇



 ぼんやりした意識が少しずつ、鮮明になっていく。

 フォンシエはおぼつかない記憶をたぐり寄せていき、それからようやく、自分が生きて帰ってきたのだと実感する。


 辺りを見回せば、まったく見覚えのない一室だった。

 非常に簡素なもので、どこかの宿というわけでもないようだ。


 起き上がって窓の外を見てみると、見覚えのある街道が見える。礼拝堂のすぐ近くだ。

 ということは、ここは礼拝堂付属の施設だろう。旅人や司祭などが寝泊まりするのに使っている部屋だ。


(……助けられたのか。この場合、誰に感謝すればいいのだろう)


 フォンシエは金や装備が無事なことを確認すると、とりあえず女神マリスカに祈りを捧げておいた。


 それから部屋を出てうろうろすると、階下から人の声が聞こえてきたので、そちらに赴く。


 話をしていたのは、年老いた司祭と、祈りに来ていたらしい男性だ。男は立派な鎧を纏っており、熟練の雰囲気を醸し出していた。


「……そういうわけで、これから死地に赴くことになりました」

「そうですか。カヤラ国がまさかそのような状況になっているとは……どうかご武運を。女神マリスカのご加護があらんことを、お祈りしております」


 安らかな顔つきで出ていった男の姿が見えなくなっても、司祭は長らく見守っていた。


「……おや、お目覚めですか」

「ありがとうございます。助けてくださったようで、感謝してもしきれません」

「お気になさらないでください。これも女神マリスカが見守ってくださっているおかげなのですから。随分と衰弱していたようですが、具合はいかがですか?」

「おかげさまで、すっかりよくなりました」

「それはなによりです」


 人がいいのか、はたまた神に仕えるものというのはそういうものなのか、嬉しげな顔で回復を祝ってくれる。


 フォンシエはそんな彼に尋ねるのはどうにも気が引けたが、聞いておきたいことがあった。いや、聞かねばならなかった。


「先ほど聞こえてしまったのですが……カヤラ国になにかあったのですか?」

「ええ。混乱を避けるべく、市民には伝えられていませんが、それも時間の問題でしょう。公言しないとお約束できますか?」


 箝口令が敷かれているわけではなく、個人の良識に任されているという程度の話らしい。


 フォンシエが頷くと、彼は話してくれる。


「かの国が死霊の魔物で覆われているそうです。どの都市も乗っ取られ、もはや亡霊の国に成り果てている、と聞きました。そこで各地の聖騎士・聖職者に声をかけているそうで、彼もその一員に加わったそうです」


 あまりにも死霊の数が多いため、できるだけその二つの職業の者を集めねばならないということだ。

 それ以外の職業の者であれば、厳選する必要があるので、無理にかき集める必要もないのだろう。


(……どちらのスキルも使えるのなら、俺もそこに加われるかもしれない)


 死霊の魔物がわんさかいるのなら、倒してレベルを上げるのに丁度いい。

 けれど理由はそれだけじゃない。そこには多くの勇者がいて、フィーリティアがいる。


 きっと、これはくだらない個人的な感情なのだろう、とはフォンシエとて理解している。けれど、それでも確認せずにはいられないのだ。


 フィーリティアの目指す先を。彼女と並び立つために、引き離されないため必要な糧を。


「兵の募集はどこで行われていますか?」

「おや、聖騎士の方でしたか。それでしたら、ギルドに行けばよろしいでしょう」


 すべてそちらで手続きができるということだが、フォンシエはどこのギルドにも所属していない。


 しかし、心当たりはあった。まだ、切れていない繋がりがあったから。


「ありがとうございました。いずれまた、余裕ができたときに寄進させていただきます」

「それはよい心がけですね。女神マリスカのご加護があらんことを」


 見送られながら、フォンシエは建物をあとにした。



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