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4 燃える高揚感と冷えた現実


 起き上がったホブゴブリンは、迫る刃にうろたえる。

 その隙にフォンシエは勢いよく距離を詰め、剣を力強く握った。


 これから放つは必殺の突き。外したときに大きな隙が生じてしまい、武器も失う可能性があった。


 だが、ためらいなどない。


(これで決める――!)


 外したらこの戦いはもう終わりなのだ。だからここで致命傷を与えねばならない。


 フォンシエは覚悟を胸に、敵へと剣を突き立てる。ホブゴブリンの腕をかいくぐり、剣先は一気に喉を貫いた。


(当たった! よし!)


 確かな手応えが返ってくる。

 だが、ホブゴブリンは倒れなかった。


 ぎょろりと目を見開き、睨みつけてくる。そして剣を持つフォンシエの腕を握りしめた。


(なっ……!)


 かなりの握力で、腕が引きちぎられそうになる。しかし、フォンシエは反対に力を込めた。


 すでに相手の喉は潰している。もう増援は呼べないし、時間がたてば相手は絶命するしかない。


 だらだらと流れ出してくる血を浴びながら、フォンシエは歯を食いしばる。

 もう少し、あと少しだ。ほんの僅か刃が食い込めば、敵は立っていられなくなる。


 だが、ホブゴブリンは最後の力を振り絞り、押し返してくる。

 一歩、二歩と後ずさり、やがて木に押しつけられる。このままでは、体を押しつけられて、封じ込められてしまう。


(お前の力だ! 食らえ!)


 フォンシエはそこで逆に、剣を思い切り引いた。途端、押し倒そうとしていたホブゴブリンの力と相まって、勢いよく剣が引っこ抜ける。


「グギャァ!?」


 引き切られた首から血を流し、ホブゴブリンが掠れた声を上げる。

 その隙にフォンシエは小刀を取り出し、ホブゴブリンの手首を切り裂いた。


 力が緩むと、ホブゴブリンの腕を振りほどき、一気に距離を取る。

 そして剣を構え、敵を見据えた。


 いまだ掴まれたところはヒリヒリと痛み、力はうまく入らない。しかし、それでも剣を握ることができている。まだ心は折れていない!


 だからフォンシエは敵を睨みつけ、ぐっと大地を踏みしめる。


「さあ来い!」


 自身を叱咤するフォンシエへと、ホブゴブリンは勢いよく飛びかかってきた。

 単純な膂力じゃ勝てやしない。けれど、あと一太刀で相手は絶命するのだ。


 フォンシエは勢いよく、振りかぶった剣を投擲。ホブゴブリンは胸部を突き刺され、うろたえた。


 その隙に、フォンシエは一足で懐に入り込む。そして小刀を両手に、全体重を乗せて放った。


「食らえ!」


 刃はホブゴブリンの首にぶち当たる。そして頚骨に当たって軽い音を奏でた。


 大量の血がこれまで以上の勢いで流れ出す。フォンシエはそれを浴びながら、一気に敵を押し倒した。


 ホブゴブリンは倒れ、そのまま動かなくなる。


「はぁっ……はぁ……やったぞ……!」


 勝ったのだ!


 その喜びに沸き立ちながら、フォンシエは小刀を抜き、ホブゴブリンを踏みつけながら剣を引く。


 そうして血まみれのそれらを布で拭くと、それぞれ鞘にしまった。


 これほど血の臭いをさせていれば、野犬に襲われる可能性もある。フォンシエはすぐに帰ろうと思い、ホブゴブリンの回収を行う。


 すでに肉体は消えて、ゴブリンのものより大きな魔石が残っているばかり。牙が残っていたが、ホブゴブリンの素材がなにかに使われているという話は聞いたことがなかった。


 拾い上げた魔石はきらきらと輝いている。まるで、勝利を祝うかのように。


 誰かとこの勝利を分かち合いたい気分にもなったが、そんな相手はこの街にはいやしない。


 だからフォンシエは、戦いの余韻で高揚したままの気分を抑え、努めて冷静に、付近を警戒しながら歩き出す。


 今日はこれ以上、戦える気がしなかった。

 途中でゴブリンに遭遇しないよう、細心の注意を払いながら、森を進んでいく。


 やがて都市の市壁が見えてくると、フォンシエは森を振り返り、それから自分の衣服を確認した。


 すっかり血まみれで、まるで重傷者にも見える。かといって脱ぎ捨てていくわけにもいかなかった。


 荷物は宿に置いてきているし、旅立つときに持ってきているのは、このほかに替えが一着だけなのだから。


 そうして戻っていくと、暗がりの中から血まみれで現れた彼に、門番はぎょっとしたようだ。


「な、なんだお前か……驚かせるなよ!」

「すみません。少し、魔物と遭遇してしまいまして……」


 少し、なんてものじゃない。

 自分から探して戦いを挑んできたのだから。


「ったく。……おい、これ被っていけよ」


 ふわり、と頭からかぶせられたのは、なんてことはないシンプルな外套だった。


「血、ついてしまいますよ」

「その格好で街中をうろつかれたほうが迷惑だ。明日、洗って返しに来い」

「ありがとうございます」


 フォンシエはここに来てようやく、生きた心地がしてきた。


 あの戦いのときは高揚感に呑まれていたが、今になると、自分があれほどの戦いを繰り広げたというのが信じられない。


 すっかり浴びた血は固まっており、動かすとぱりぱりと音を立てて剥がれていく。


 彼はゆっくりと街中を歩きながら、一息ついた。

 すでに市民はそれぞれの家に戻っており、窓から明かりが漏れていた。


 そんな中、彼は礼拝堂に向かっていく。


(あっ……こんな格好じゃいけないか)


 さすがに血の臭いをさせて、女神の住まうとされている場所に赴くのは相応しくない。

 彼はまずは宿に戻った。


 するとそこでは、くだを巻いている少年らや、泣いている者たちなど、様々な表情が見られた。


 今日一日で、本当にいろんなことがあった。

 フォンシエは彼らを横目に、宿の主人のところに赴く。


「風呂場をお借りしたいのですが」

「魔石はありますか?」

「ええ」

「では、あちらですので、ご自由にお使いください」


 そう案内されると、フォンシエはそこに赴いた。

 風呂場といっても、お湯が出るわけじゃない。もっといえば、水だって貯められてはいなかった。


 桶の中に水色の結晶が入っているのを確認すると、フォンシエは魔石を一つ放り込む。

 するとその結晶からじわりじわりと水が溢れてきた。


 市民の生活は魔石によって成り立っている部分が多い。だから魔物を倒すことの経済的効果もあった。


 溜まった水を別の桶に移して、彼は衣服を洗っていく。

 外套のほうはすぐに綺麗になったが、着ていた衣服はなかなか汚れが落ちない。


 彼はしばらくそうしていたが、やがて諦めて衣服を絞ると、そこらに干しておいた。

 冷たい水を頭から被ると、急に現実感が襲ってきた。


 コナリア村で生活していた頃は、こんな状況になるなんて、思ってもいなかった。

 フィーリティアと一緒に、少しずつ強くなって、魔物を倒していくのだと思っていた。


(今頃、なにしているんだろうなあ)


 彼女のことを思い浮かべたが、すぐにかぶりを振った。

 そうじゃない。強くなって、もう一度彼女のところに行くのだと。


「すみません。まだ使用中ですか?」

「あ、もうすぐ出ます!」


 随分と時間がかかってしまったらしい。

 彼はまだ半乾きの衣類をさっと身につけ、浴室をあとにした。


 明日は朝から礼拝堂に赴き、新しく得たスキルでもっと広い範囲を調べられるようにしよう。


 フォンシエはそう予定を立てると、丸くなって眠るのだった。


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