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38 東と西で

 フィーリティアは数人の勇者とともに東のカヤラ国へと向かっていた。


 彼女の一番近いところにいるのは、酔っ払いの勇者アルードだ。彼は東に潜入するということで邪魔になる荷物は持ってきていないが、すでにたっぷり呑んだあとらしく顔は赤らんでいる。


 こんななりだが、フィーリティアが一番親しくしている勇者とも言えるかもしれない。酒癖が悪いところを除けば、実力もあり人間性も悪くないのだ。


「っと、そうだ。嬢ちゃんに紹介するのを忘れてたな。この真面目そうな男がヨージャだ。しかしその実、ギャンブル狂いで稼いだ金をことごとく使っちまう。だが戦いに関しては堅実だから心配しなくていい」


 そんな紹介をされてフィーリティアは、「は、はあ……」と気の抜けた返事をすることしかできなかった。


 その真面目そうな三十代の男ヨージャは、アルードを見て反論する。


「そのような説明では、不安になってしまうではないですか。プライベートと仕事は別です。きっちり分けていますので、ご心配なく」


 そのきっちりした話し方を聞いていると、とてもギャンブル狂いとは思えないのだが、それに関して否定する言葉が出てくることはなかった。だから事実なのだろう。


「まあいいや。そんでこっちの爽やかイケメンがグロウだ。こいつはこいつで、稼いだ金をほとんど孤児院の運営に使っている」

「立派な方なのですね」

「いんや。煩悩の塊みたいな男だ」


 はて、どういうことだろう。

 フィーリティアが狐耳をぱたぱたと動かしながら、爽やかフェイスのグロウに視線を向けると、困ったような顔をしていた。


「アルードさん。人聞きの悪いことを言わないでください」

「嘘は言ってねえだろ。善行をする気はないじゃねえかお前。孤児院の子供が成長すると、まったく興味も示さずに放り出すくせに」

「語弊がありますね。私が守るべきは子供であり、彼らには将来独り立ちできるように知識と技術を与えています。その範疇に、大人は含まれていないだけなのですよ」


 グロウが言うことには、彼は子供をこよなく愛しているが、大人はどうでもいい、ということらしい。


 なんかの宗教家なのかと思えば、そういうわけでもないそうだ。

 なんでも彼の生い立ちが関わっているらしく、大人に騙されてきたとか、子供だけで寄り添って生きてきたとか、いろいろな噂があるが詳しいところは誰も知らない。


(それでも、なにもしないよりはいいんじゃないかな?)


 フィーリティアの中では、グロウは善人に入る。

 ちょっと変わっているが、悪い人でもなさそうだ。


 二人とも、それこそアルードが言うところの「命の洗濯」なのだろう。そうした大切なものがあるから、仕事にも身が入る。


「っと。おしゃべりの時間は終わりだ。見えてきたぞ」


 アルードが示す先には国境がある。

 しかし、詰め所から離れたところで密入国する予定なのだ。なんせ、これまで通してほしいという要望は、ことごとくはねつけられていたのだから。


 姿勢を低くし、草木に紛れて兵の目をかいくぐり、国境の簡素な柵を跳び越える。素早く緑の中に紛れると、全員がいることを確認して、東へと移動を再開。


 国境付近には特に異常もなく、平和なものだ。

 ときおりゴブリンやコボルトなど、魔人の魔物も出てくるが、対処できないほどの数ではない。いや、若干少ないくらいか。


 フィーリティアはこのまま何事もなければ、と思うのだが、そうはいかなかった。


 彼らが東の都市に着くと、その上空にはふわふわと漂う無数のもやのようなものが浮かんでいるのだ。


(あれは……スピリット!)


 とても自然発生したとは思えない数だ。しかも、上位種も多く混じっている。

 普通はあれほど多く死霊の魔物が攻めてきたとなれば、都市は混乱しているはず。しかし、まったくそのような気配はない。


 フィーリティアはそこで、コナリア村近くの村で聞いた言葉を思い出した。


(確か、飛んでいる、と言っていたはず)


 もしかすると、すでにスピリットによる影響を受けていて、それで幻覚を見ていたのか、それとも最後まで飛んでいる魔物に抗おうとしたのか。


 なんにせよ、ここに魔物がいるという事態は変わらない。


「こりゃ、ちょっとヤバそうだ。誰か、このことをすぐに報告に戻ってくれ。その間に、国内の状況を調べておく。手筈は……」


 アルードは手際よく、今後の段取りを説明する。

 さすがに都市内部に入れば気づかれてしまうため外から眺めるだけとはいえ、広域を調べることにしたゆえ、調査に時間はかかるだろう。


 まさか、首都まで落ちていることはないと願いたいが……。


 連絡がないということは、もはや無事ではない可能性のほうがよほど高い。そして、この状況から察するに、魔王が出現したと見て間違いない。


「嫌な空気だ……」


 アルードは思わず、呟かずにはいられなかった。


 フィーリティアはなにも言わずに成り行きを見守っていたが、やがて移動することになると気を引き締める。


 魔王。

 一度だけ相対したとはいえ、ランザッパは魔王モナクの下で働いていたような小物だ。それとはわけが違うだろう。


 不吉なものを感じつつ、フィーリティアはどうか無事であってほしいと願うのだった。



    ◇



 混沌の地に来て二日目。

 フォンシエは荒廃した土地を歩いていた。


 砂交じりの風を浴びつつ岩陰からひょっこり顔を覗かせると、向こうに漂う白いもやが見える。スピリットだ。


 基本的にここ混沌の地の魔物はほかの場所に出る魔物と大きな違いはなく、レベルが非常に高くスキルが多く使える、くらいの認識で問題ない、というのがフォンシエがここ二日間で学んだことだった。


 そのためスピリットであれば、なにかに宿られない限り、光の剣を用いて簡単に倒すことができるはず。


 フォンシエは気配遮断の効果を持つ首飾りを確認。中に取り込まれている魔石はまだ残っており、しっかりと役割を果たしてくれていることがわかる。


(よし、覚悟を決めよう)


 フォンシエはスピリットのほかに魔物がいないことを確かめてから、気配遮断のスキルを使用。


 岩場から飛び出すと、一気に距離を詰めていく。

 敵との距離は十数歩。そこまで遠いわけでもないが、近くもない。しかし、その間にはこれといって遮るものもなく、こちらに意識を向けられた瞬間、反撃に転じるだろう。


 そうならないでくれ、と念じるフォンシエだったが、スピリットがゆらりと動いた。


 突如、魔力が高まっていく。スピリットの付近に火球がいくつも生じると、フォンシエ目がけて放たれた。


 着弾の音を聞きながら、フォンシエは弧を描くように移動。なんとか直撃を避けるも、なかなか近づけない。


 どうやらあの魔物は非常に豊富な魔力を持っているらしく、攻撃の手を休めることはなさそうだ。


 魔力が尽きるまで待っていてはいつになるかわからないし、そのうち被弾するかもしれない。そしてなにより、ほかの魔物が音を聞きつけてやってくる可能性だってある。


 フォンシエは覚えたばかりのスキル「初等魔術:土」を使用し、自身とスピリットの間を遮るように岩の壁を生み出す。


 そして切れていた気配遮断のスキルを再び使用し、敵の目を眩ませる。


(よし、攻撃が止んだ!)


 闇雲に撃ってくることはないらしく、こちらに気づくまでは警戒を続けるだろう。

 だが、もう十分な距離まで詰めている。


 フォンシエは鬼神化のスキルを使用し、一気に敵の前へと躍り出た。

 すぐ目の前で魔力が高まっていく。しかし、フォンシエは狙いから視線を外すことはなかった。掲げた剣は光を纏い、敵を打ち倒さんとしているのだから!


「食らえ!」


 光は一筋の線を描き、白いもやを切り裂いた。一太刀で裂けるとともに、近くで高まっていた魔力が霧散していく。


 スピリットは消え去ると、ころりと魔石を落とした。


(うまくやれば、ゴブリンよりはマシか)


 フォンシエはこちらのエリアで問題ないと見て、探索を続けていく。すると、向こうにたった一体でいる次の獲物が見えてきた。



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