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37 逃亡

 オーガは息を荒げながら、フォンシエへと距離を詰めてくる。

 彼は咄嗟に背を向け走り出したが、敵のほうが体格・膂力ともに優れていた。なにより、一歩で稼げる距離がまるで違う。


 このままでは追いつかれる!


「初等魔術:炎」によって敵の足元で爆発を起こさせるも、オーガは僅かによろめくばかりで、追撃が止まることはない。


 相手の手に掴まれたら、一巻の終わりだ。もう抜け出すことはできないだろう。

 迫るオーガがあたかものしかかるかのように、威圧してくる。ならば――!


 フォンシエはさっと木の陰に隠れると、気配遮断のスキルを使用する。視線から外れたことで一瞬とはいえ敵は見失うことになり、僅かばかりの隙が生まれるはず。


 懐から短剣を取り出し準備して、敵が現れるのを待つ。

 が、次の瞬間。メキメキと音を立てて、木が折れ始めた。オーガは迂回する気など一つも見せなかったのだ。


 ――まずい。


 そう思っていたときには、すでにへし折れた木の陰から、鬼の顔がぬっと現れていた。どことなく、笑っているようにすら感じられる。


(こいつ……探知のスキルを持っているのか!?)


 たとえそれがなくとも、感覚に優れている可能性はある。爆音を聞きつけ、あっという間に距離を詰めてきたのだから。


 だとすれば、この方法は悪手だったと言えよう。隠れるより、少しでも離れるべきだった。


 だが、今はそんなことを言っている暇はない。


 咄嗟に逃げ出したフォンシエだが、折れた木が彼の背を打つ。その重みに耐えきれずに転ぶと、オーガは勢いよく飛びかかってくる。


 素早く転がって回避するも、オーガはすぐに彼のほうへと視線を向けてくる。


「このっ……食らえ!」


 フォンシエは手にしていた短剣を投擲する。それは小さく、たいしたダメージなど与えられそうにない代物だ。


 しかし、その刃がオーガの首に突き刺さると、僅かにうめき声が上がり、怯むことになった。


 刃には光が纏わりついていたのだ。長く使ってきたことで、手を離れてもある程度持続させるくらいはできるようになっていた。


(どうだ。油断しているからだ!)


 フォンシエはその隙にさっと身を翻して逃げ出す。敵が追ってくるも、鬼神化のスキルと気配遮断を使いながら全力で駆けると、ゆっくりと足音が遠くなっていった。


 少し離れたところまで行くと、フォンシエはぜえぜえと息を吐きながら、付近を警戒しつつ歩いていく。


 鬼神化のスキルの負担は大きく、失敗したときが致命的になるため、逃亡には向かなかった。しかしそれでも使用しなければ、オーガをまくことはできなかっただろう。


(……あんなの、どうやって倒すんだよ)


 思わず悪態をついてしまいたくなる。しかし、勇者であれば面と向かって切りかかり、倒すことだってできよう。


 一対一の強さこそ、勇者が持つ力なのだから。


 ティアならばどうするだろうかとフォンシエは考え、すぐにイメージが湧いてきた。

 光の翼で敵を翻弄し、剣で確実に切りつけていくだろう。魔力や体力がすぐに尽きるフォンシエとは違って、勇者は無尽蔵の力が湧いてくるのだから。


 しかし、ないものをねだっても仕方がない。村人が頑張ったところで、勇者と同じだけ勇者のスキルを使えるようにはならないだろう。


(あとで考えよう。今はとりあえずここを抜け出さないと)


 フォンシエは敵を警戒し、探知に引っかかると多少時間がかかっても気づかれないよう遠回りに進んでいく。たとえ一体が相手でも、もう戦える気はしなかった。すっかり、精神的に辛くなっていたのだ。


 そうして長らく時間をかけて、ようやく国境が見えてきた。

 油断すると危ういことは身をもって知っている。気にしすぎなくらい敵を警戒しつつ、柵を越えるとようやくほっと一息ついた。


「よお、生きて帰ってきたのか。混沌の地はどうだった?」


 兵士がからかい半分に聞いてきた。フォンシエは真っ青な顔に、乾いた笑いを浮かべた。


「ひどいところでしたね」

「だから言ったじゃないか。化けもんしかいねえって」


 けれど、ゴブリンやコボルトであれば倒すことができた。問題は、あれでどの程度レベルが上がるか、ということだ。


 ほかのゴブリンとさして変わらないようであれば、なんにもメリットはない。


「これに懲りたら、もう来るんじゃねえぞ」

「……場合によっては、また来るかもしれません。そのときはよろしくお願いします」

「ったく。酔狂なやつもいたもんだ」


 兵が呆れがちに言うのを聞きながら、まったくだ、と我ながらフォンシエも思うのだった。


 それからフォンシエはずっと駆けていき、王都へと戻る。賑やかな街並みを見ていると、ようやく生きた実感が湧いてきた。


(……もしかすると、俺は戦いの中でしか生きられないのかもしれない)


 そんなことすら思ってしまう。

 この日常に幸せを覚えられるのは、あの死闘があるからだ。そうでなければ、生きている感覚はどこまでも薄れていってしまうのかもしれない。


 難儀なものだ。

 自嘲しつつ、フォンシエは平和に生きている人々を眺めた。


 それから礼拝堂に着くと、祈りを捧げる。期待半分、不安半分といった気持ちで。


 レベル 6.35 スキルポイント430


 たったの二体しか倒していないのにこれは、かなり上がったと言えよう。しかし、割に合うかどうか、と言われたら微妙なところだ。


 あれほど強い相手を倒すなら、雑魚を百体倒したほうがよほど楽なのだ。

 時間当たりに倒せる数を考えれば、悪くはないが……。


(さて、どうしたものか)


 彼がもっと強かったなら、さくさく敵を倒していけたのだろう。しかし、そこばかりはどうしようもない。


 フォンシエはこれからどうスキルを取ったものかと頭を悩ませる。

 多少レベルが高くなっても、あの魔物どもがいるならば、レベルを上げることは可能だろう。これはなによりの収穫だった。


 となれば、ある程度はレベルの上限を高めに見積もってもよさそうだ。


 フォンシエは早速、スキルを取っていく。

 まず、魔術師のスキル「初等魔術:土」を50ポイントで取得。土や岩を操作できるもので、礫などで攻撃ができるが、真価を発揮するのは地形を変えた場合だ。


 敵の目を眩ましたり、転ばせたりと、小さな影響だが使い勝手はいい。


 次に武道家のスキル「見切り」を100ポイントで取得。これにより、敵の攻撃を回避しやすくなる。


 それから冒険者のスキルだ。野生動物や魔物の動きが読みやすくなる「野生の勘」を50ポイント、岩場や砂場など普段と違う環境においても能力が落ちにくい「適応力」を100ポイント。


 最後に狩人のスキル「移動力」を100ポイントで取る。これで長距離の移動において、体力の消耗や速度の低下を抑えることができる。


 地味なスキルばかりだが、あの混沌の地で活動を続けることを考えれば、派手なものよりも有効的だ。


 まずは、不利な状況に陥らないことが大切なのだから。


 フォンシエは祈りを捧げ終わると、礼拝堂を出る。

 今日はまだ日が暮れてもいないが、やることもない。あの混沌の地に再び行くのは、一晩たって落ち着いてからのほうがよかろう。


 フォンシエは街中をぶらぶらと歩いていると、杖を売っている店を見つけた。

 魔術師や僧侶には必須の装備だが、フォンシエはあくまで補助的に魔術を用いているだけなので、そこまで気にはしていなかった。


 しかし、そろそろ剣以外の装備にも回せるだけの余裕はある。


 中に入って眺めていると、どうやら発動を早めたり、威力を高めたりすることができるものがあるようだ。


 装備も杖だけじゃなく、指輪や首飾りの類もある。あまり大きくないものはそこまで効果もないようだが。


(指輪や腕輪だと剣を持つ邪魔になりそうだ。首飾りくらいならいいかもしれない)


 そうして見ていくと、魔術的な効果以外を持つものもあるようだ。


「お目が高い。こちらは魔物の素材を利用したものとなっており、魔石を入れておくことで効果を発揮します」

「なるほど。気配遮断と魔術の効果を高めるものはありますか?」

「ええ。ですが、それですと別々に購入したほうがよろしいかと」


 どちらかに特化したほうが効果は高いらしく、そうして提示されたのは、二つの首飾りだった。


 当初は魔術の効果を高めるものを求めてきたのだが、それよりも気配遮断の効果があるほうがいいかもしれない。


 フォンシエはあまり値段を気にせずに、効果の高いものを一つ購入する。金を惜しんで命を捨てるのはあまりにもばかばかしかったから。


 そうして買い物を済ませたフォンシエが、帰り際に勇者ギルドを見たところ、勇者たちはすでにたってしまったあとらしい。


 フィーリティアもいない今、彼は宿に戻るとやることもなく、そのまま眠りこけてしまった。


 村人には村人のやり方がある。フォンシエは明日もあの場所へ行くことを決意するのだった。


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