35 分かれ道
「死霊の魔物がいたというのは、本当なのですか……?」
そう尋ねられると、フォンシエはありのままの状況を説明する。
「ええ。北に近づくほど多くなっていました」
そうなると、責任者は少し考え込む。フォンシエは口を挟むこともなく待っていると、ようやく顔を上げて次の言葉が出してきた。
「実は……東のカヤラ国とは連絡が取れない状況になっておりまして。先ほどの状況からすると、その国に近くなればなるほど、死霊が多いということになります」
その国でなにかが起きている。
とても、一介の都市の責任者がどうこうできる問題ではないということだ。
「王都への書状を書きますので、説明をそちらでしていただくことは可能でしょうか?」
フォンシエが思っていた以上の大事になっているらしい。フィーリティアと顔を見合わせ、それから王都に行くことを決める。
「わかりました。できるだけ早いほうがいいでしょう。いつ頃、書状ができますか?」
「でしたら、今すぐにでも書きましょう。少々お待ちを。……勇者ギルドを介してもよろしいでしょうか?」
そちらを介すことによって、手続きが数段早くなるとのことだ。
職権乱用の気がしないでもないが、フォンシエにはどうこう言う権利がそもそもないため、黙ってフィーリティアを見た。
「問題ありません」
その言葉を聞いた責任者は、手慣れた様子でさらさらと筆を走らせ、あっという間に書状ができあがる。フォンシエはそれを受け取ると、頭を下げた。
「では、王都へと行って参ります」
ただの村人がこのような役目を負うというのもなかなかに変な話だが、そういうことになったので、フィーリティアと屋敷を出ると、早速都市の外に向かっていく。
今日はまだそこまで遅くないため、近くの都市まではいけるだろう。
「あ、そうだ。礼拝堂に寄っていってもいいかな?」
「うん。どうなったかな?」
フォンシエは早速そこで祈りを捧げると、レベルを確認する。
レベル 5.93 スキルポイント180
すでに元に戻っており、レベルが上昇した分だけスキルポイントがもらえている。
(……よし、これでスキルが取れるようになった)
新しく取るスキルは、死霊の魔物に効果を発揮するものだ。神聖剣術や光の剣を使えば不要ではあるのだが、勇者でないフォンシエは短い時間使うのですら精一杯であり、雑魚相手に使うのは効率的ではない。
70ポイントを使用して聖職者のスキル「清めの力」を、100ポイントで「鎮魂の鐘」を取る。
これで死霊の魔物が出てきても問題ないはずだ。
フォンシエは建物を出ると、フィーリティアと一緒に歩き出す。
「もうレベルは戻っていたよ」
「よかった。じゃあ私も、フォンくんに突き放されないように頑張らないと」
「どう足掻いても、1/100じゃ追いつけないよ」
「レベルの話じゃないよ、もう」
フィーリティアと笑いながら都市を出て、今度は北西へと向かっていく。
道中の魔物を蹴散らし、まっすぐに街道を進んでいき、いくつかの都市を経由する。
数日の後に王都に辿り着くと、フォンシエは一息ついた。
ここに来るのは二度目だが、やはり華やかな都市を目にすると少々身構えてしまう。
「さて。これからどうしようか」
「勇者ギルドに行ってみようよ。お昼くらいなら、そこでも済ませられるから」
フィーリティアに誘われて、フォンシエは勇者ギルドに向かう。
いい思い出がある場所でもないが、嫌がってもいられない。
もう場所も覚えているためそこに向かうと、今日は以前よりも人が多い。
受付にて書状を出すと、手続きが済むまで待つことになる。その間にフォンシエは、フィーリティアと一緒に軽い昼食を頼むことにした。
上品な味わいの焼き立てパンは、かむとふっくらした感覚が心地いい。スープもふんだんに季節の野菜が使われており、薄めた水っぽいものとはまるで別物だ。
フォンシエは、
(勇者というものはいつもこのような食事を取っているのか)
と感心していたのだが、美味しそうに頬張るフィーリティアを見ていると、人それぞれだよなあ、と思い直すのだった。
それから案内された先では、ギルド長が待っていた。
「また会うことになるとはね。フォンシエくん」
「お久しぶりです」
「早速本題だが、死霊の魔物が現れたそうだな。……東国との連絡が取れなくなって久しく、こちらでも調査を行う手筈になっていた。そこにこの噂が来れば、隊の再編を考える必要がある」
それはようするに、死霊の魔物相手だから、聖騎士や聖職者を多く含めるということだ。
勇者であればどんな魔物だろうが問題ないが、それ以外の職業だと無力化される可能性がある。だから確実性を高めるべく、追加で調査も行われることだろう。
これからそういった手続きは勇者ギルドと国で行われるため、フォンシエはお役御免ということになる。
そしてこのことは他言無用と告げられてしまった以上、動きようがない。
やることはなくなったが、まだなにかあれば招集に応じなければならないため、王都を離れるわけにはいかない。
勇者ギルドから滞在のために紹介された宿を格安で取ると、フォンシエは思わずため息をついた。
なにしろ宿の受付にいるのは、くたびれた女将なんかじゃなく、よく教育された女性である。部屋に入れば汚れ一つなく、ベッドはきしまずマットレスはふかふかと柔らかい。
そんな一室で寝ころがっていると、ひどく場違いにも思われる。
(村人の職業を得たときが、遠い昔のようだ)
あれからフィーリティアの影を追い続け、ようやくここまで来た。
しかし、これからもこのままでいいのか、という不安もある。今の自分に満足してしまうのではないか。フィーリティアにずっと離されていってしまうのではないか、と。
そんなことを考えながら数日。
フォンシエはなにをするでもなく、平和な日々を過ごしていた。王都の近くでは、魔物もろくにいないのだ。
どうにもぼんやりした彼の部屋に、その日はフィーリティアがやってきていた。
「あのね、フォンくん。カヤラ国に行くことになったの」
そう告げる彼女は、勇者ギルドから依頼が出され受諾したと説明する。そのうち来るだろうとは思っていたが、想像以上に早い。
まずは少数の勇者だけで探ってみるとのことだ。そうなると、一日や二日でどうこうなる問題でもなかろう。
フォンシエは返す言葉もなく、ただ肯定するしかできない。彼は勇者でもないのだから。
「そうか。頑張ってな」
「うん。じゃあ……行ってくるね」
「ああ、頑張ってくれ」
フィーリティアを見送ると、フォンシエは一つため息をついた。そして彼が村人となった日――フィーリティアと別れたときのことを思い出す。
(俺は勇者にはなれそうもないな)
どれほど努力したって、村人は勇者にはなれない。たとえ、フィーリティアが彼を勇者と思っていても。
(そろそろ、なにか動かないと。このままじゃ腐っちまう)
フォンシエはひょいと起き上がると、その足で勇者ギルドに向かった。
ただの村人が一人で行くのは気が引けるが、仕方がない。
「すみません。そろそろ出かけてもよろしいでしょうか?」
受付に告げると、少しの確認があった後、返答がくる。
「都市から離れなければ可能とのことです」
「承知しました。ところで、この近くで魔物が出る場所はありますか?」
「この近く、ということですと難しいですね……一応、西には混沌の地がありますが」
聞き慣れない言葉が出てきた。
混沌の地。それは一体なんだろうか。
フォンシエが尋ねると、受付嬢は丁寧に説明してくれる。
「ここゼイル王国は、西部に国境を持っています。北西にはレーン王国、南西にはガレントン帝国がありますが、ゼイル王国の西には、丁度それらに挟まれる形で魔物の領域が存在しています。その領域は、人の国土に四方を囲まれながら、長い間一度も滅びることなく存在してきたと言われています」
そこが混沌の地らしい。
フォンシエは聞いていて、どうにも引っかかりを覚える。
たとえ人の国同士の仲が悪かったとしても、領地を広げるには、魔物の土地を奪うのが一般的だ。他国が魔物に奪われた土地を奪って自国にしてしまうようなケースもあるが。
しかしなんにせよ、取り囲まれた場合、おそらくは徐々に領土を奪われ、滅ぼされるのが常だ。
それが長い間存在しているというのだから、普通ではない。
たった一度とはいえ、魔物との戦争に関与した彼ならば、それくらいは感じ取れる。
「攻めようと思う者はいなかったのですか?」
「ええ、おりました。しかし、滅ぼすことはできなかったのです。そこには、ありとある魔物の種類がときに争いつつも共存しており、そのレベルも非常に高かったのです」
様々な魔物がごった煮になっているから「混沌の地」という名前になったのだろう。
レベルは人や魔物の神によって、異なる種族を倒したときに与えられるはずだ。それが共存しているのに高いというのは、どういうことだろう。
「理由はわかりませんが、ともかく――かつて、レベル80の勇者たちの集団が攻め込んでいったところ、奥地に奇妙な遺跡を見つけたそうです。その中には多くの魔物がいて、深くは進めなかったそうですが……」
「それならば、うまくやれば土地を奪うことだってできたのではないですか?」
「いいえ。……勇者はそれでよかったのですが、補助するほかの職業の者がついていけなかったのです」
レベル80にもなれば、ほかの職業の者と勇者とで随分差が開いてしまうとのことだった。
フォンシエとて、それは理解している。フィーリティアがそうなったとき、彼はどうなっていることか。差はあるのだろうか。ついていけるのだろうか。
「なんにせよ、混沌の地の推奨レベルは勇者でも少なくとも30ほどです。気楽には行かないほうがよろしいかと」
魔王のような個体がざらにいるということだ。倒せないこともないかもしれないが、かなりの危険が伴うだろう。
それを聞き、フォンシエはふと思う。
(……うまくやれば、一気にレベルを上げることもできるんじゃないか?)
とりあえず、いけるだけ行ってみよう。遠くから慎重に様子を窺い、それからどうするか考えてもいい。
フォンシエは受付にて礼を言い、王都を出る。まだ時間はいくらでもあった。




