34 死者が奏でる狂想曲
フォンシエの視線の先には、数多の魔物があった。
しかしそれは、骨だけの肉体を持つ獣だったり、動く鎧だったり、これまで見てきた魔獣とはまるで異なっている。
カラカラ、と声にならない声で骨の犬ボーンハウンドが鳴く。呼応して、金属の鎧リビングメイルがガシャンガシャンと音を鳴らした。
それはまるで死者が奏でる狂想曲。
死霊の魔物は宿ったものによって強さが変わるが、強い魔物ほど死霊の支配に対する抵抗力も強い。
しかし、この魔獣という種類の魔物は、死霊に対する抵抗ができる個体がそう多くなかった。だから、このように蹂躙されることになったのだろう。
そしてやつらは今もなお、魔獣たちの領域を食い荒らしている。
これこそ、魔獣が人の国土にまで縄張りを広げねばならなかった理由なのだろう。まだ、死霊の魔物よりは人のほうが倒しやすい、と。
フォンシエはざっと敵の数を数える。100は超えないだろうが、間違いなく50は超えている。
こちらの戦力で相手をするのが難しそうなのは、腐りかけの肉体を持つ竜、ドラゴンゾンビくらいだ。
目玉がぎょろりと飛び出し、片方は落ちそうになっている。そんな有様だが、倒すには上位の職業のレベル30程度数人が必要とされており、首を切り落とした程度では死なない体力が問題だった。
(……だが、光の剣ならばいけるはず)
フォンシエはフィーリティアに目配せすると、彼女は頷く。
そして彼は聖職者の一人に視線を送った。その者が戦いへの参加を決めて「清めの力」を用いると、フォンシエはいよいよ飛び出した。
同時に、聖職者が前に出て杖を掲げる。
魔物どもの頭上で魔力が高まり、半透明の鐘が生じると、重々しくもどこか軽快な音が鳴り響く。
その音を聞いた途端、魔物の動きが鈍くなる。
低級の死霊の魔物であれば動けなくし、さらには宿っている死体や物質から追い払う効果があり、高位の魔物でも鈍くすることができるスキル「鎮魂の鐘」だ。
それを食らった魔物目がけて、兵たちが次々と飛び込んでいく。
「うぉおおおおおおお!」
真っ先に切り込んだフォンシエは神聖剣術のスキルを用いて剣を振るい、敵を叩き切っていく。
ボーンハウンドの頭蓋骨を叩き割り、胴体を一気に切り裂く。
続いて金属の鎧、リビングメイルが向かってくると、鬼神化のスキルを追加し、力任せに刃を振るった。
キィン! 激しい金属音が鳴り響く。
フォンシエの剣は鎧を断ち切っていたが、幾度か切り返してリビングメイルを仕留めたときには、刃こぼれで使い物にならなくなる。
新しい剣を抜くも、フォンシエの前には次々と魔物が現れる。
「くそ……きりがない!」
「フォンくん、このままじゃ……!」
「仕方ない、魔術で一度吹っ飛ばす! 援護を!」
魔術を当てれば死霊相手にもそこそこ効果はあるが、それよりも「清めの力」を用いたり聖騎士のスキルを用いたほうが確実だ。
しかしこのような状況では、倒せずともまとめて動けなくしたほうがいい。
フォンシエの意を汲んで、遠方にいた魔術師が「中等魔術:炎」を用いる。
兵たちが後退するや否や、爆風が吹き荒れた。すさまじい衝撃にはかなりの魔力が注ぎ込まれている。
目をすがめ、吹き飛ぶ敵の骨片などを見ながら様子を探る。
弱い魔物はばらばらになり、動けなくなっている。しかし大柄な魔物はひしゃげたり肉が落ちていたりするが、健在であった。
フォンシエが決断するよりも早く、フィーリティアが叫ぶ。
「手の空いている者は、動けない敵にとどめを! 私とフォンくんで敵を食い止める!」
言いながら飛び出したフィーリティアの前には、ドラゴンゾンビが立ちはだかっている。光の剣を用いたフィーリティアに対し、獰猛な牙を剥いてきた。
飛び込んでくる敵に対し、彼女は剣を振るわんとしたが、すぐに剣を引いて跳躍した。たとえ敵を切ったとしても、止まらずに突っ込んでくることが見えているから。
そして空中に移動したフィーリティアへと、ドラゴンゾンビは視線を向けた。途端、そこで魔力が高まっていく。
フィーリティアは咄嗟に光の翼によって宙を蹴るように移動する。だが、すぐ近くでドラゴンゾンビのスキルが発動した。
あたかも亡霊が怨嗟の声を上げるかのように、冷たく乾いた声が鳴り響く。
それは直接的な攻撃にはなり得ないが、聴覚や平衡感覚を失わせる効果があるスキル「怨嗟の声」だ。呪術師のスキルでもあり、攻撃対象を指定できるやや特異なものとも言える。
フィーリティアは思わず狐耳を倒し、音を聞こえないようにする。しかし、そのせいで今度はほかの魔物の動きが読めなくなる。
聴力に優れているからこそ、不利な状況にならずにはいられなかった。
フォンシエはそれを見て、ドラゴンゾンビへと火球をいくつも放つ。連続して爆発音が響き渡ると、フィーリティアはその隙に飛び込み、ドラゴンゾンビの片足を叩き切った。
ほかの音が生じてしまえば、怨嗟の声の効果は薄れる。そして魔力を消費するため長い間保持することもできず、スキルが途切れたのだ。
瞬間、フォンシエはバランスを崩したドラゴンゾンビへと切りかかり、迫る牙を回避して、剣を切り上げる。
「食らえ!」
刃は光を纏い、あっさりと首を切り裂いた。ごろん、と頭が落ちるも、なおもドラゴンゾンビは動き、フォンシエを潰さんと前足で攻めてくる。
フォンシエは視線を動かし、雑魚の相手をしている兵を把握。そしてどの敵の視線も向けられていないフィーリティアの剣の輝きを見て取った。
フォンシエは避けることなく、敵の動きに注意する。
次の瞬間、ドラゴンゾンビは前のめりに倒れ込んできた。フィーリティアがさらなる攻撃を加えたのだ。
フォンシエは倒れる敵の上へと飛び乗ると、胴体に剣を突き刺し、あたかも線を引くかのように切り裂いていく。
ドラゴンゾンビの背を一筋の光が走る。だが、それは勇者の光ではなく、聖騎士のスキル神聖剣術によるものだ。彼の力では、連続して勇者のスキルは使用できなかった。
すでに頭を失ったドラゴンゾンビが声を上げることはなく、もだえるように動くばかり。
「ティア、とどめを!」
フォンシエはフィーリティアとともに、ぐったりしたドラゴンゾンビを幾度となく切りつける。
彼女の勇者のスキルでそこまですれば、いかに強力な肉体を持っているとはいえ、どうしようもない。
その肉体が消えて魔石が落ちたときには、すでに兵たちもほかの魔物を片づけたところだった。
「残りの魔物もこのまま仕留める。逃すな!」
敵が逃亡に移ると、狩人が威力を発揮する。無防備な背中を背後から次々と撃ち抜いていくのだ。
残党狩りは、あっという間に落ち着いた。
フォンシエは息を吐き、味方の被害を確認する。幸いにも、けが人こそあれど死者はいなかった。
「それにしても……これはいったん引いたほうがいいな。聖職者が一人ではなかなかに厳しそうだ」
無事だったからいいが、彼が命を落としてしまっては、兵たちが抵抗する術を持たなくなる。
フォンシエはドラゴンゾンビの魔石を拾い上げ、無事な者たちに「癒やしの力」を使っていく。
最近は勇者のスキルをなんとか使えるようになってきたため、幻影剣術を使わずに済み、魔力を節約することができている。だからスキルを使うだけの余裕があった。
本職ではないとはいえ、聖職者は一人しかいないため、フォンシエのスキルでもなかなか役に立つのだ。
「さて、撤収しましょう。十分な成果がありました。皆の活躍に感謝します」
フィーリティアが声をかけると、フォンシエは兵たちとともに、西へと向かっていく。北から離れると、魔物も死霊から魔獣に変わってきて、なかなかやりやすくなる。
幾度かの交戦を経て、フォンシエは都市に辿り着くと、すっかり自分に腐臭がついていることに気がつくのだった。
けれど、それこそが死霊の魔物がいたなによりの証拠でもあろう。
フォンシエたちがその結果を報告すると、都市の責任者は驚きに顔を染めるのだった。




