33 調査へ
都市の中心にある大きな屋敷に案内されたフォンシエは、落ち着かずにそわそわしていた。
そんな様子を見て、フィーリティアは苦笑せずにはいられない。
「もう、フォンくん。みっともないよ?」
「仕方ないだろう。田舎者なんだから。田舎の村人なんだから」
「拗ねないの。戦っているときくらいしっかりしていれば、かっこいいのに」
そう言われるも、フォンシエは戦いのときは特に自分の見せ方を意識したことはない。生き延びるために最善の選択をすべく、常に頭はいっぱいいっぱいだからだ。
それがかっこいいというのなら、つまりは生きることに全力の姿が魅力的ということになろう。ならば、特に命のやりとりをするわけでもないこの場でみっともないのも仕方ない。
わざとらしく、ふてくされてみるフォンシエを見て微笑むフィーリティアだったが、やがて一室に辿り着くと姿勢を正した。しゃんとした姿は、それだけで気品がある。
(勇者かどうか、じゃなく、ティアだから綺麗なんだろうな)
フォンシエは自分の衣服を見て、せめて見てくれだけでも綺麗にしておいたほうがよかっただろうか、と考えるのだった。
やがて男性がやってくると、二人に頭を下げる。
「このたびの戦い、見事なものだったと兵から聞き及んでおります。できうる限りの褒賞を授けたく存じますが、なにかご希望はございますか?」
尋ねられて、フィーリティアが胸を張って答える。
「では、あの戦いで犠牲になった者の家族が苦しまないよう配慮を」
続いてフォンシエは、
「マンティコア・ヒジュラールの脅威が去ったとはいえ、なぜあのような行動に出たのかわかっておりません。そこで我々が捜査を行うにあたって、必要なことがあらば協力していただければと思います」
と頭を下げる。
そんな二人を見て、男性は目を細めた。
「あなた方のお志、真に感服いたしました。ぜひ、私にも協力させていただきたく存じます。また、ささやかながら礼を用意いたしますので、受け取ってください」
そうして金品の類を受け取ることになると、フォンシエはその金額の多さにびっくりする。
今後、マンティコア・ヒジュラールに対する防衛にかかる金が不要になったとはいえ、ただの村人には多すぎる額だった。
それだけ、今後の働きに期待されているということなのかもしれない。
明日から調査を行うということで、今日はこれでお役御免となる。勇者ギルドから頼んでいた件も含め、明日までに準備しておくとのことだ。
二人は街に出ると、少しだけぶらぶらと歩いてみる。
「せっかくお金をもらったんだから、なにか買ってみたら?」
「そうしようかな。ちょっと今みたいな格好じゃ、ティアに笑われちゃうから」
「笑わないよ。それに、どうせ戦ったら泥だらけになっちゃうよ?」
フォンシエはフィーリティアに格好つけても仕方ないか、と小さくため息をついた。もう十年以上も一緒にいるのだから、今更である。
武器の類を新調しようかとも思ったが、すでにどこの店も閉まっている。開いているのは酒場くらいのものだ。
これではどうしようもない。フォンシエはいろいろと予定を明日に回して、今日はゆっくりと眠ることにした。
◇
翌日、フォンシエは早朝から礼拝堂に来ていた。
レベル 5.53(5.78) スキルポイント30
どうやらあのマンティコア・ヒジュラールは相当にレベルが高かったようで、一気にレベルが上がっていた。
これなら数日とたたないうちに、元のレベルに戻るだろう。そうなったとき、次はなんのスキルを取ろうか。
フォンシエは期待を抱きながら、建物を出る。
今日はフィーリティアのほうが珍しくあとだった。
そんな彼女は出てくると、フォンシエに背を向ける。
「えへへ、フォンくん見て見て」
はしゃぐフィーリティアの背中には、光の翼が生えていた。
勇者のスキル「光の翼」は機動力を上げ、空中でも移動可能になる優れたスキルだ。しかし、取得には300ポイントが必要になる。
たいていの勇者はスキルポイントボーナスが1000ちょっとしかないため、光の剣を取った後、レベル上昇とともに光の盾を得ておしまいなのだ。
レベル40など十年ほどの経験を持つ勇者ならば、光の翼まで取っている者も少なくないが、なんにせよ、新人が取れるようなものではない。
「ティア、もうレベル40になったの?」
その答えは、フィーリティアのお気に召すものではなかったらしい。彼女は頬を膨らませてみせる。
「違うよ。そういえば、フォンくんには言っていなかったけど……私の固有スキルは「スキルポイントボーナス1000」と「勇者の適正」と「スキルポイント獲得2倍」なんだよ。だから、今のレベルはまだ26。そんな高くないよ」
勇者となってからたいして時間がたっていないのにそれは十分高いと言えよう。なんせ、レベルが高くなるほど雑魚では上がらなくなり、強い敵を倒さねばならないのだから。
ここまでになるとゴブリンロードなどでは上がらず、レッドオーガやレッサードラゴン、マンティコアを倒さねばならなくなる。
上げようと思えば上がるのだが、普通はそんな相手と連戦することはないから、これからは緩やかに上昇するだろう。
けれど、この時点でまたしても差が開いた、ということでもある。
「……それよりフォンくん。この翼、どう?」
フィーリティアは尻尾と一緒に翼もぱたぱたと動かしてみる。なかなか器用だ。
「綺麗だね。ティアによく似合っているよ」
「ほんと? 嬉しいな」
今度の答えには満足したらしく、フィーリティアははにかんだ。
上機嫌になったフィーリティアと一緒にフォンシエは都市の外へと向かっていく。そちらではすでに兵たちが集まっていた。
彼らはこの調査のために集められた精鋭だ。剣士や騎士、狩人や暗殺者、聖職者に魔術師と、バランスよく揃っている。
「お待ちしておりました。フィーリティア様、フォンシエ様」
精悍な顔つきの男たちで、この都市を守ってきた誇りに充ち満ちている。
「行きましょう。魔物の異変が起きた原因を突き止めれば、対処もしやすくなります」
フィーリティアの声に、兵たちが頷き移動を開始する。
そんな姿は勇者らしく、威厳があるものだ。だからフォンシエもまた、彼女に見劣りしないように頑張ろうと思うのだった。
そうして彼らは南東へと向かっていく。まずは北寄りの土地から見ていくことにしたのだ。
川を越えて魔物の領域に入ると、誰もが押し黙って獣の息遣いに耳を澄ます。
フォンシエは探知のスキルを使いながら、狩人のスキルを持つ者とともに魔獣を見つけては切り倒していく。
しばらく、奥地へと進んでいったときのことだった。
向こうをふわふわと浮かんでいくものがいくつも見えた。その数は多い。
(あれは……スピリット。なんでこんなところに)
誰もが息を呑む中、聖職者の一人が周りの者にスキルを使用する。
死霊の魔物にもダメージを与えることができるようになる「清めの力」を彼らに付与する。
これがなければ、物理的に叩き切ることはできない。しかし、逆にこれさえあれば、肉体的にはそこまで強くない死霊の魔物ならどんどん倒していける。
フォンシエはフィーリティアと顔を見合わせ、飛び出そうとする。
だが、直後に見えたのは、数多のスピリットがそこらにいたホーンラビットに取りついているところだった。
ホーンラビットはもがき暴れるも、しばらくごろごろ転がった挙げ句、ぐったりとする。
そうなると今度は、立ち上がってふらふらと歩き始めた。その目はうつろで、なにを見ているのか。
(……魔王がいるのか?)
スピリットはそれ単体で害をなすことは多くないが、魔王がいれば幻覚を見せたり、意識を失わせたりと、様々な悪さをする。
この状況は、それと見てもいいだろう。
ともかく、なんにせよあのまま放置しておくわけにもいかない。
合図を出すと、フィーリティアとフォンシエが飛び出し、兵が続く。
ふわふわと浮かんでいたスピリットは刃を浴びせられ、瞬く間に消えていった。そしてよろよろと歩いているホーンラビットも一太刀で仕留められる。
すべての魔物が片づくも、まだフォンシエは違和感があった。警戒を解かずにいると、切り倒したはずのホーンラビットがゆらりと起き上がったのだ。
「フォンくん! スピリットが残ってるみたい!」
フィーリティアの声に、フォンシエはすぐに反応する。
スキル「光の剣」を使用してホーンラビットを両断。そうすると、ようやくそのウサギの肉体が消えていく。
ふう、と一息。
どうやらホーンラビットの中に潜んでいたスピリットにまでダメージが通っていなかったのだろう。
死霊の魔物は、このようにして死体を操る術があるのが厄介だ。
ひとまずこの辺りの魔物が片づくと、フォンシエはさらに調査を続ける。
幾度か死霊の魔物を切り倒し、数が多くなってくる方角――北に向かっていく。
すると、向こうから物音が聞こえてくる。
フォンシエは木陰からひっそりと身を乗り出し、その光景を見て息を呑んだ。




