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30 南へ

 女性はフォンシエに、一から状況を説明してくれる。


「最近、近くの都市で死霊の魔物が見られることが多くなってきました。しかし、どれも散発的なもので、これといった被害は出ていません」


 つまるところ、まだ問題にはなっていないということだ。

 ならば警戒することもないかとは思うが、そういうわけにもいかないらしい。


「死霊の魔物がどのようにして作られるか、ご存じですか?」


 フォンシエはフィーリティアと顔を見合わせる。しかし、二人とも戦いに関係していないことまでは知らなかった。


「死体を利用するそうです。魔物や人によって作られる死霊は違うそうですが、生きのいい――というのも変ですが、死後間もないものほど成功率が高くなるとか」

「では、実際にあれは北の戦死者のものであると?」

「その可能性は否めませんね」


 フィーリティアは複雑そうな顔をしていたが、魔物であるならそこまで怖くないらしく、退席するには至らなかった。ちょっぴり、尻尾の毛が逆立っているようにも見えるが。


「ですが……北で死霊の魔物を見たことはありません。死霊を生み出すためには、その術を用いる死霊の魔物がいる必要があるでしょう。自然発生するものではないですから、少々不自然です」

「はい。そのため現在、各地で調査が行われているようですが、遅々として進んでいないそうです。また、北になるほど多いというわけでもないらしく、新たに生じた魔王が北にいるというわけではなさそうです」


 そうなると、なにをどう調べたものやら。

 フォンシエはこれ以上、この件に関わるのは止めることにした。個人でできる範疇にはなかったから。


「もし、魔物に関わる仕事をお探しでしたら、南のほうで傭兵の募集がございます。魔獣がよりいっそう攻めてくるようになったことを受け、多くの都市が動き始めました」


 ご要望とあらば紹介状を書くとのことだが、そこまでしてもらわなくてもなんとかなるだろう。


 フォンシエはフィーリティアと一緒に、そちらに向かうことにした。

 軽く旅支度を済ませて都市を出ると、早速門番が声をかけてきた。


「お前さんは、嬢ちゃんを連れてもよく出かけるんだなあ」

「南のほうで魔獣退治をすることにしました。あ、そうだ。昨日言っていた噂、死霊の魔物がいただけでしたよ」

「へえ。……しかし、もう魔物のトラブルならお手の物だな。今度から困ったことがあれば、お前さんに頼むかな」


 などと門番は笑うのだが、フィーリティアは微笑んでぐっと拳を握った。


「フォンくんに任せてください! なんでも解決します!」


 そんな様子を見て、門番はますます笑うのだった。

 それからフォンシエとフィーリティアは南へと駆けていく。そこらにいる魔物はゴブリンなど魔人ばかりだったのが、次第に四足獣の魔獣に変わっていく。


 ゼイル王国の北寄りから南寄りに近づいてきた証拠だ。南には魔獣の魔王フォーザンが治める土地がある。


 魔王フォーザンは狼の魔物の最上位フェンリルであり、戦闘力以上に魔物の統率力に優れているため、長らく誰にも領地を奪われることなく、人や他の魔物と争い続けてきた。


 そのため、はぐれの魔物ならば脅威ではないが、本格的に攻めてくるとなれば、なにかしら手を打たねばならない。


 そのための傭兵募集なのだろう。


 やがて駆けるフォンシエの視線の先には、角の生えた白いウサギが見えてきた。ゴブリンに相当する雑魚の魔獣ホーンラビットだ。


「フォンくん。初めての相手だけど大丈夫?」

「もちろん。誰にも負けないさ」


 すらりと剣を抜くと、フォンシエは敵に気づかれる前に接近し、一撃で仕留める。すると魔物は消えていき、毛皮の一部分と魔石が残った。


 フィーリティアは、フォンシエが捨てていこうとしたホーンラビットの毛皮を拾い上げる。


「あれ、依頼は受けていないけれど……なにかに使えるの?」

「この毛が暖かくて、毛布とか衣服とかに使えるんだよ。そんなに高くはないけれど、売れば生活費くらいにはなるから」


 随分と庶民染みた勇者である。

 そんなところにフォンシエは安心感を覚えつつ、彼女の言うように魔物の回収もしながら、南の大都市の一つまで移動していくのだった。


 南の都市に入ると、どうにも毛皮製品を纏った者が多く見られる。

 おそらく魔獣が多く生息しているため、その一部分を利用しているのだろう。


 フォンシエは近くの店でふわふわの毛皮を手に取ってみる。


「ティアはこういうの、あんまり好きじゃない?」

「え? そういうことはないけど……あ、もしかして尻尾のこと?」


 フィーリティアはフォンシエの目の前で狐の尻尾を揺らしてみせる。


 フォンシエとしては、獣人ならばほかの動物のものとはいえ、あまり毛皮を好まない者もいるのではないかと思ったのだ。


 しかし、フィーリティアは気にしていないようだ。


「でも、ティアの尻尾は綺麗だから、ほかの毛皮だと見劣りしちゃうね」

「そ、そうかな? えへへ……」


 フィーリティアはほんのりと顔を赤らめながら、尻尾をぶんぶんと振る。

 フォンシエは機嫌のいい彼女と街中を歩いていき、宿を取ってから、都市の中心に向かっていく。


「市民ギルドに行けばいいのかな?」

「うーん。これくらいの都市なら勇者ギルドの支部があるから、そっちのほうが情報は仕入れやすいかも?」

「じゃあそっちに行こう」


 勇者ギルドの支部と言っても、そもそも勇者の絶対数が少ないため、ほかの勇者とかち合うことは滅多にない。


 多くは派遣されてきた勇者が業務を遂行しやすくするための補助的な役割を果たしているだけだ。


 だからフォンシエも気兼ねなくそちらを利用することにした。

 フィーリティアが記憶を頼りに進んでいくと、小さな建物が見えてきた。大きな都市とはいえ、そもそも事務員も多くないから、これで十分なのだろう。


 からんころんと心地いい鈴の音を鳴らしながら足を踏み入れると、受付の女性がすぐに出迎えてくれる。


「こんにちは。どのようなご用件でしょうか?」

「最近、こちらで魔獣の被害があると聞きました。なにかお力になれることがあればと思い、やってきました」


 フィーリティアの顔は覚えられているのか、勇者かどうかなど確認されることもなく、女性は作業に移っていく。


 もしかすると、勇者に手間をかけないよう、念入りに教育されているのかもしれない。


「まず、こちらの状況について説明させていただきますね。傭兵は現在、目標の6割ほど集まったところだと言われております。しかし、魔獣の侵攻に対してはつつがなく対応できている状況です。この理由としましては、統率に長けた魔王フォーザンらしくないことですが、魔獣がバラバラに攻めてきていることが上げられます」


 そこまで話し終えると、女性はいったん間を取った。

 フォンシエとフィーリティアはその状況を少し考えてみる。


(魔物が本気でこちらを攻めてくる気がないなら、ありがたいけれど……)


 わざわざ、生け贄を捧げるような真似はしないだろう。

 となれば、そうせざるをえない理由があるのか、はたまた囮を使ってまでしたいことがあるのか。


「フォンくん。調査に行ってみない?」


 フィーリティアが直接的な提案をしてきた。

 フォンシエも傭兵として戦うよりは、そのほうが都合がよさそうだと判断する。二人なら、逃げるのだって楽だろう。


「そうだね。たくさんの魔物がバラバラにいるなら、レベルを上げるのにも丁度いい」

「魔獣だから、おそらく罠を仕掛けることもそうそうないだろうし、探知のスキルがあれば大丈夫だよね。……じゃあ、そういうことで決まり!」


 決断の早い二人だから、すぐに方針は定まった。

 そして勇者も無茶な注文をする者が多いのか、女性も手早く次の準備に移る。


「では、こちらで都市のほうに連絡しておきますね。明日までには、そのような依頼が正式に出されるかと思いますので、よろしくお願いします」


 なんと、わざわざそのような依頼を都市に出させるということらしい。

 それほどまでに勇者の力は期待されているのか、それとも傭兵よりもよほど安く扱えるからなのか、はたまた勇者ギルドからの圧力があるのか。


 いずれにせよ、それは勇者が考えるべきことでもない。

 フォンシエはフィーリティアと一緒に、まずは下見に赴くことにした。


 都市を出てずっと南に進んでいくと、なにやら傭兵たちが争っている姿が見えてきた。

 彼らが剣を向ける先には、真っ黒な狼の魔物ダークウルフがいる。


 傭兵の数は少なくないが、怪我をした者もおり、素早い敵に翻弄されている状態だ。


「フォンくん、助けよう!」

「ああ、行こう!」


 そう言ったフォンシエだが、どうにもダークウルフの動きに違和感を覚えてしまう。


(……なにかがおかしい?)


 明確な言葉にはできず、ぬぐい去れないその感覚を抱きつつも、剣を抜くと一気に魔物へと向かっていった。


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