3 百倍の覚悟
フォンシエは早速、手に入れた50ポイントを用いて、なにかしらのスキルを取ることになる。
このまま1000ポイントをためれば、勇者のスキルを取ることもできよう。
しかし、そこまで村人レベル1で行けるかと言われれば、疑問が残る。それになにより、あのゴブリンロードの印象が強烈に残っていた。
(あいつに勝つためには……力がいる)
大切にポイントを貯めていて、それで死んでいては仕方がない。
フォンシエは早速、今のスキルポイントで取れるスキルを眺めていく。
魔術師や呪術師など、遠距離からでも攻撃できる職業は便利だが、それよりもまずは、強い敵に対抗、あるいは逃げ切れる能力が必要だ。
女神の加護である固有スキルによって、特定の職業への適性が高まっている、ということもないため、なにを取るのも自由だ。
フォンシエはしばらく眺めた後、それから50ポイントを注ぎ込んで、剣士のスキル剣術を取得。剣を使った行動と身体能力が僅かに上達するものだ。
軽く体を動かしてみるも、大きな変化は見られない。本職が剣士ならまだしも、レベル1の村人ならばこんなものなのだろう。
しかし、着実に強くなっている実感はある。
フォンシエは礼拝堂を出ると、そこにいる少年らの姿を一瞥した。
彼らはそれぞれ、今日の戦果を言い合っている。
「次に会ったら、あんなやつぶっ倒してやる!」
「ああ! 敵討ちだ!」
そうしていきり立っている彼らだが、実際はレベルが少々上がっただけで、再戦すれば蹂躙されるのがオチだ。
そう思っていたフォンシエに、声をかける者もいる。
「なあ、お前。レベルいくつになった?」
あとから、「おいやめておけって」という声も聞こえてきたが、少年はそもそもフォンシエの事情を知らないようだ。
「レベル1のまま」
「……マジかよ。お前、なにやってたんだよ。あんだけ俺たちが戦ってたってのに」
フォンシエは言い返そうかとも思った。「お前らよりずっと敵を倒したのだ」と。
しかし、すぐにそんな気もなくなって、なにも言わずにその場を立ち去っていく。
後ろではまだ言い合いしていたが、すぐにフォンシエのことなど忘れてしまったようだ。
パーティを組み、戦うのが一般的とされている。だから彼に声をかけたのだろうが、当てが外れたといえよう。
各職業にはギルドが存在しており、そこに所属することでパーティの斡旋なども行ってもらえる。
しかし、村人にはギルドなど存在していない。
なんせ、「余り物」をわざわざ選ぶ者なんて、いやしないのだから。ギルドを作れば、わざわざ自分は使えないとアピールしているも同然だ。
それゆえにフォンシエは仲間の当てもなく、ひとまずは今日の宿を確認する。
これは本日、全員分が確保されているため、金を支払う必要もない。
毎年、こうして少年らが来ることもあって、宿の主人は対応も慣れたものだった。
フォンシエは部屋に荷物を置くと、武器の手入れを行い、再び宿を出る。
先ほど使っていた剣は返してしまったため、今は村から持ってきた片手剣しかない。
昔、誰かが使っていたものらしく年季が入っており、あまり切れ味はいいと言いがたい。
しかし、これしか武器はないのだ。動物の解体用の小刀くらいはあるが、とても戦いには使えない。
フォンシエはぐっと剣の柄を握る。
(時間がたてば、あの森には調査が入るだろう。用事が済むまで、立ち入りが禁止される可能性がある)
それまで大人しく待ってから、戦いに赴くという方法もある。
禁止されている間は、別の土地で魔物を倒したっていいのだ。あれほどゴブリンが多い場所はほとんどないが、安全の面では多少時間がかかっても別の土地のほうがいいだろう。
だが、フォンシエはそうする気にはなれなかった。
(俺が一日サボれば、あいつは百日分前にいく。だから、あいつが剣を一度振る間に、俺は百回振らなきゃいけない)
きっと、そんな言葉を聞けば、誰もが無謀だと言うに違いない。
ただの村人が、勇者に追いつこうなんて。
だけど、可能性があるのなら、諦められるはずがない。魔物がいない村にすると、彼女と約束したのだ。
フォンシエは居ても立ってもいられなくなって、都市を出る。
「おい! もうすぐ日が暮れるぞ!」
門番のそんな声に、問題ないとだけ返すと、森へと一気に進んでいく。
ゴブリンロードが日中に活動していたことを考えれば、夜は寝ている可能性が高い。
それに、今ならばたくさんいるゴブリンを倒すことだってできよう。
フォンシエは覚悟を決め、森の中へと足を踏み入れる。
地上だけでなく、頭上も警戒せねばならない。いつ、ゴブリンロードが降ってくるかわからないのだから。
まだ夕日による明かりがあるとはいえ、暗がりはそれだけで恐怖心を煽ってくる。
息を殺しながら、探索していく。ゴブリンロードがいる場所は、まだまだずっと先だ。だから予想外の出来事が起きない限り、安全に敵を倒せるはず。
そう思っていても、緊張せずにはいられない。
ガサガサ、と音がした。
木陰からそっと身を乗り出し、様子を窺う。そこには、寝ころがっているゴブリンがいた。
頭の近くには雑穀が転がっており、どうやら食事を済ませて眠くなったようだ。
まだ完全に寝付いてはいないが、今が好機。
近くにこのゴブリンの仲間がいないことを確認すると、音を立てないように移動していく。
そして死角から一気に飛び出すと、剣を力任せに振り下ろす。
鋭くもない刃は、ゴブリンの首を叩き切った。たった一撃で、敵を屠る威力があったのだ。
(これが、剣術スキルの効果か……)
きっと、本職に比べればたいした威力ではないのだろう。
しかし、ゴブリンを一撃で倒せるようになったのは大きい。増援を呼ばれることなく、倒せるのだから。
魔石を回収し、残ったゴブリンの一部を捨て置く。今回は依頼でもなんでもないため、ゴブリンを倒したところで、見せる相手もいない。
フォンシエはそれから、同様の手順でゴブリンを仕留めていく。
いけそうと思っても、死角が取れなかったり、ゴブリンの警戒心が強かったりする場合は、粘らずにその場を離れた。
一番怖いのは、仲間を呼ばれることだ。
いかにゴブリンが強くないとはいえ、こちらはたった一人。囲まれたら逃げるのも難しくなる。
フォンシエはそうして森の周辺部を移動するように進んでいくと、向こうに大柄なゴブリンを見つけた。
ゴブリンよりも上位のホブゴブリンだ。
あれを倒せば、レベルは大きく上がるだろう。しかし……。
(本当に勝てるのか?)
フォンシエはゴブリンロードの姿を思い出してしまう。
もちろん、ホブゴブリンがそれと同等の強さを持っているわけではないし、そこまでの強さがあるという話も聞いていない。
しかし、確実にフォンシエよりは強いのだ。
そして戦いが長引けば、近くのゴブリンが寄ってくる可能性もある。
(……くそ。なにビビってんだ。俺が目指すところは、そんなところじゃないだろ!)
失敗したときは潔く諦めることを条件に、戦う算段をする。
フォンシエは一つ息をつき、まずは近くのゴブリンを仕留め、すぐに参戦される可能性を減らしていく。
そしていよいよ、ホブゴブリンを見据えた。
敵の肉体はフォンシエよりも大きい。そして近くには棍棒がある。あれを用いられれば、苦戦してしまうのは間違いない。
ならば、敵がそこから離れたとき、一気に叩くしかない。
フォンシエはそのときを待つ。
そして、ホブゴブリンがごろりと横になった。
(いまだ――!)
木陰から飛び出し、剣を掲げる。
その際、僅かに音が鳴ってしまい、ホブゴブリンが振り返らんとしていた。
だが、もう振り下ろされた剣は止まらない。
ザシュ!
小気味いい音とともに血しぶきが舞う。
「グギャ!?」
ホブゴブリンが首を押さえ、ごろごろと転がって距離を取る。
幸いだったのは、大きな声を上げなかったこと。日没近くで静かになっているとはいえ、これならば許容範囲内。まだ魔物は聞きつけていないはず。
フォンシエは勢いよく、追撃せんと飛びかかった。