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29 霊の噂

 都市は以前に来たときとほとんど変わっていない。

 それだけここは平和だったということだろう。


「これからどうしようか?」

「まずは礼拝堂に行ってみようよ」


 フィーリティアの誘いに、フォンシエも頷いた。あれからどれほどレベルが上がったのか、気になるところである。


 そうして二人で歩いていくと、なんとはなしに懐かしい気持ちになってくる。


「あのときは、同い年の子がたくさんいたね」

「うん。こうして、同じ道を歩いていた。でも、今はフォンくんだけだよ」


 そう言いつつ、フィーリティアはぎゅっと、彼の手を握った。

 フォンシエはなんだか気恥ずかしくなりながらも、ぱたぱたと揺れる彼女の尻尾を見て安心するのだった。


 やがて礼拝堂に辿り着くと、二人で一緒に中に入る。

 祈りを捧げるも、今はあのときのように緊張することもない。


 レベル 4.62(5.78) スキルポイント30


 レベルが低いうちはゴブリンでも上がることもあって、ほとんど元に戻っている。

 今回はスキルを取れるわけでもないので、フォンシエはすぐに礼拝堂をあとにした。


 そうして外に出ると、やがてフィーリティアも出てくる。


「フォンくん、どうだった?」

「あと十日もたてば、元に戻るくらいかな?」

「よかった。もうちょっと、頑張ろうね」


 フィーリティアが嬉しげに言うと、フォンシエも頑張ろうと思うのだった。


 それからしばらく街中を眺めた後、宿を取ることになる。フォンシエもフィーリティアも金には困っていないため、今日は少しだけ奮発することにした。


 小綺麗な宿を取り、早めに眠ることにする。

 まだ日は沈み始めたばかりだが、酒も飲まないフォンシエは夜にすることもなく、あとは寝るばかりだった。


 部屋で準備を済ませてベッドに入り、少しだけ今後のことを考えていると、こんこん、とドアがノックされた。


「フォンくん。まだ起きてる?」

「うん。ちょっと待ってて」


 ドアを開けると、そこには枕をぎゅっと抱えたフィーリティアの姿がある。


「どうしたの、ティア」


 尋ねると、彼女は中に入ってきて、フォンシエに体重を預けた。

 抱き留めながらも、フォンシエはどうしていいものかわからない。ちょっぴり不安げに垂れた尻尾を肩越しに見ていると、フィーリティアが小さく呟いた。


「あのね、フォンくん……今日は一緒に寝てくれる?」


 そこまで言われて、ようやくフォンシエは彼女の頼みを理解した。


「怖くて眠れなくなったの?」


 ちょっとからかってみると、フィーリティアは頬を膨らませてそっぽを向いた。

 そんな仕草が可愛くて、フォンシエは少し強引に彼女を誘ってみる。扉を閉めて鍵をかけると、彼女を抱きかかえた。


 驚くフィーリティアをベッドに横たえさせると、彼もまたベッドに入る。


(二人で一緒に寝るのなんて、何年ぶりだろう?)


 随分幼いとき――男女を意識することもない年齢の頃は、なにをするにも二人だったから、同衾した記憶はある。


 しかし、互いに成長して大きくなり、それぞれ別の家で暮らすようになってからは、一度もなかったはずだ。


 そう思うと、フォンシエもなんだか気恥ずかしくなってきた。

 隣のフィーリティアはどう思っているのだろうかと視線を向けると、彼女は毛布を口元まで被ってうつむきがちになっていた。ときおり、目だけを動かして彼のほうを窺ってくる。


 そんな彼女を見ていると、ますます意識してしまう。

 フォンシエが思わず彼女に背を向ける形になった途端、離すまいとばかりに、触れる手があった。


 その手が次第に強く彼を抱きしめるにつれ、心臓の鼓動が早くなっていく。フォンシエはもう気が気でなくなってくる。


 布越しに伝わる少女の柔らかな感覚に、昔とは違うのだと感じずにはいられない。


 そうなると、本当にこの行為が間違っていなかったのかと疑い始めてしまう。


(誘ってしまったけれど、フィーリティアはこれでよかったんだろうか?)


 フォンシエはおそるおそる、振り返ろうとする。しかし、フィーリティアが掴んでいるため、うまく動けなかった。


 視線が部屋の中を動き、なんとか彼女のほうへと近づいていくと、視界の端に窓が映った。


 そこを、白いもやのようなものがふわっと通り過ぎていく。


「ティア、今そこに白いものが過ぎていったんだけど……」

「え――!?」


 彼女は頭まで毛布を被って、フォンシエに思い切り抱きついた。

 そこまでされると、少女の早い鼓動すら伝わってきて、フォンシエは頭に血が上ってきた。


 だが、フォンシエは窓の外を見ていて、気づくことがあった。


「あれは魔物だ!」


 そう言うなり、フィーリティアはぱっと離れて、隣の部屋に向かっていく。そしてフォンシエが準備を済ませたときには、剣を片手にしていた。


「フォンくん、魔物はどこ!?」

「外だ! あれは……死霊の魔物、スピリットだ」


 魔物の中の一つ、死霊に属する魔物は肉体を持たない特徴がある。

 剣で物理的に切り倒すことはできず、聖職者のスキルを利用する必要がある。


「倒さなきゃ!」

「聖職者のスキルはないけど、いけるのか?」

「光の剣なら、どんな魔物だろうと切り裂けるはず」


 フィーリティアは窓からひょいと外に飛び降りると、スピリットを探す。すでに近くにはいなかったが、まだ逃げられてはいない。家の上を二つの白いもやのようなものがふわふわと漂っていた。


 フィーリティアは駆け出し、フォンシエが続く。

 彼女は家々の上に飛び上がると、一気にスピリットとの距離を詰め、剣を振るった。


 光を纏った剣はあっさりと敵を切り裂き、霧散させる。ころりと、小さな魔石が落ちてきた。


 そしてフォンシエはすぐ近くにいるもう一体に剣を振るう。こちらには、白い光が纏わりついていた。


 スピリットはこの一撃でもあっさりと消えていく。

 死霊の魔物によく効く、聖騎士のスキル神聖剣術だ。この職業の者はあまり数が多くないが、死霊の魔物相手には聖職者の補助なしで単独で立ち向かえるため、一対一では一番強いとされている。


 フォンシエは剣を収めると、フィーリティアのところに行く。


「それにしても……街の噂はこれが原因だったのか」

「たぶん。だけど、死霊の魔物が出るなんて聞いてなかったよ」


 スピリットを含め、死霊の魔物はあまり害がないものが多い。

 しかし、それらを束ねる魔王がいれば話は別で、幻影を見せたり、人を誘惑したりと様々な悪影響を及ぼす。


 とはいえ魔王がいたとしても、ここゼイル王国の国内にいることはないだろうし、仮に国境ぎりぎりのところにいたとしても随分離れているから、影響はほとんどないはずだ。


「明日、都市のほうに報告しておこうか」

「うん。なにかあったとき、聖職者たちを集めなきゃいけなくなるから」


 死霊の魔物が多くいるなら、聖職者たちを含む隊を組んで戦う必要があり、一朝一夕でどうにかなるものではなくなる。


 そういうことになると、二人は宿に戻っていく。窓から飛び出してきてしまったため、帰りは窓から入ることになる。どうにも不審者染みているが仕方がない。


 フォンシエは剣を立てかけると、窓を閉めてベッドに横になる。


「事件の真相は魔物だったけど、どうする?」

「……フォンくんの意地悪」


 フィーリティアはベッドに入るも、フォンシエに背中を向けた。

 けれど、本当に拗ねてしまったわけでもなく、たまに彼のほうを尻尾でちょいちょいと撫でてくる。


 互いに触れることがなく、けれど手を伸ばせばすぐ届き、確かに存在が感じられる距離。

 今はそれが心地よかった。


 そうして夜が更けていき、翌日。フォンシエとフィーリティアはどこかぎこちなく、けれど手を取り合いながら、都市の中心へと向かった。


 勇者の名前を出せばすぐに通され、政務を行っている女性に事情を説明することになる。


「昨晩、スピリットが出ました。霊が出るという噂を聞いていましたが、どうやら魔物だったようです」

「ご報告ありがとうございます。……いよいよ、この都市にも現れましたか」

「いよいよ、と言いますと……?」


 フォンシエが尋ねると、彼女はことの始まりから説明してくれることになった。


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