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28 もう一度、コナリア村から

 穏やかな日差しが降り注いでいた。

 小さな森を駆けるのは、精悍な顔つきの少年と獣人の少女の二人だ。彼らは視線だけで合図を出すと、一気に木々の間から飛び出した。


 そこにいたのは魔物の集団だ。

 居眠りしていたゴブリンを切り裂き、慌てて飛び上がったコボルトを突き刺す。


 あっという間にそれらが片づくと、二人は魔石の回収を始める。


「これで全部かな」

「倒しても倒しても、きりがないね」

「たぶん、あの戦から流れてきたんだろう。ゴブリンを倒せば数が少なくなるけれど、その分、生存競争が楽になるから、流れ着いたゴブリンが繁殖しやすくなるんだ」


 フォンシエはそう言いながら、消えずに残ったゴブリンの一部分を見下ろした。

 北で魔王ランザッパとの戦いがあってから十数日。


 そちらに近い土地では、あぶれたゴブリンなどの魔物が各地に散ったこともあって、人の手が入らない森は危険地帯となっていた。


 農民たちは多くが家畜を飼っており、その餌は森に取りに行っているため、どうしても生活と密接に関わってくる。


 たまに弱い魔物がいる程度ならいいが、集団に襲われてはひとたまりもない。

 各地から集められていた傭兵たちも、北で金の臭いがしなくなるとすぐにあちこちに散らばってしまい、人手が足りなくなっているところだった。


 そこでフォンシエとフィーリティアは、近くの村々を回っては魔物を倒していた。今日も、その一環でゴブリン退治に出かけて来たのである。


「こうしていると、ゴブリンに怯えていた日が遠く感じられるよ」


 勇者でも村人でもなかったただの少年少女の頃はあまりにも遠い過去に感じられる。それほどまでに、この二ヶ月余りの間は様々な出来事が怒濤の勢いで押し寄せてきたのだ。


「うん。なんだか、ずっと昔のことみたいに感じるね」


 フィーリティアも頷き、それから二人で森を抜けていく。

 近くの村が見えてくると、フォンシエはひょいと魔物よけの柵を飛び越えて、村の中に入っていく。


 それから人が集まってくると、魔物の討伐を終えたことを告げた。


「おそらく、森で魔物が出ることはほとんどなくなったでしょう」

「ありがとうございます」


 村人たちはしきりに頭を下げる。こんな田舎の村では、遠くから傭兵を雇うだけの金もないのだろう。


 完全に魔物の被害をなくすことは不可能だが、当面は恐れることもなく生活することができるはずだ。


 フォンシエとフィーリティアはそれで立ち去ろうとするが、せめてお礼を、ということで食事をいただくことになった。


 簡素な家で質素な食事を口にする。平々凡々な日常だ。

 けれど、そんな時間をフォンシエもフィーリティアも楽しんでいた。


「フォンくん。このスープ美味しいね」

「そうだね。これならうちの村で取れるもので作れそうだ」


 そこらの少年少女たちとさほど変わらない会話をする二人を、村人たちは珍しげにしげしげと眺めていた。


 が、そんな時間を邪魔する声が、突如外から聞こえてきた。


「ぉお、飛んでいる、飛んでいるではないか! くふふ、っはは!」


 まったくの支離滅裂な言葉に、フォンシエはぎょっとしてそちらに視線を向ける。そこには、宙を掴むような仕草で手を動かしながら、ふらふらと歩く男がいた。


 フィーリティアと二人で顔を見合わせていると、食事を出してくれた女性が申し訳なさそうに説明してくれる。


「あの人、なんでも東から来たそうよ。すっかりこの村に居着いちゃったけれど、元々は他国の人なのよ」

「東というと……カヤラ国ですか」


 フォンシエの返しに、女性は頷く。

 ここゼイル王国の東にくっつくように、小国カヤラ国は存在している。


 その国は独自の文化を持つこともあり積極的に他国と関わろうとはしてこなかったが、とても魔物との戦いに耐えきれず、近年ではゼイル王国の庇護下に入っている。


「なにかあったんですかね?」

「さあ……ちょっとわからないですね。なにせ、私らはこの村から出ることもそうありませんから」


 たとえば戦争などの影響で、あのような状態になることはある。

 だからもしかすると、カヤラ国内の情勢はあまり望ましくない状態にあるのかもしれない。


 しかしなんにせよ、他国の話だ。

 フォンシエはそちらにまで口出しできるほど、大人物になったわけでもない。


 彼らはすぐに元の話に戻る。


「これからどうしようか。近くの村はほとんど回ってしまったよね」

「うん。じゃあ南のほうに行ってみる? フォンくんが見たことない魔物、たくさんいると思うよ」

「それもいいね。そろそろレベルも戻ってきたはずだから、礼拝堂にも行ってみよう」


 どうせレベルが上がったところでなんにも違いはないため、フォンシエはあれから礼拝堂に赴いてはいなかったが、そろそろ確認しに行ってもいい頃だ。


 ホブゴブリンなどを中心に、ときにオーガなど、低レベルでは倒しにくい上位の魔物も倒してきたため、かなり迅速にレベルは戻ってきているはずである。


 フォンシエは食事を終えると、少しフィーリティアと雑談してから、村をたつことにした。


 コナリア村までは、森を突っ切って向かっていく。途中にある森には魔物がいるが、なんの障害にもなりやしない。


 そうして村に戻ってくると、フォンシエはフィーリティアと一緒に、村長の宅を訪れた。


「いらっしゃい。フォンくん、ティアちゃん。今日はどうしたの?」


 村長の妻が迎えてくれると、早速彼らは話をすることに。


「この近くの村では魔物を倒したので、そろそろ別の土地に行こうかと思っています」

「あら、随分と急なのね。次はいつ帰ってくるの?」


 二人がまた出かけることなど予想していたような対応だった。


「フォンくんの気が済むまで、出かけてきます」

「ティア、それじゃあまるで、俺は放浪癖があるみたいじゃないか」

「そうじゃないと、北の果てまで行かないよ」


 そんなことを言って笑っていたが、やがてその日のうちに出かけることになった。

 今日は見送る者もなく、途中で会った者に軽く挨拶だけをして、彼らはコナリア村を出る。


 しばらく進んでいくと、近くの都市の門が見えてきた。

 そこにいる門番は、フォンシエの顔を見ると「おっ」と声を上げた。


「よお、久しぶりじゃないか。しばらく見ないと思ったら、どこに行ってたんだ?」

「北に行ってきました」

「ははあ、ってことは、魔王をぶっ倒したのか」


 門番は冗談交じりに言うのだが、フォンシエは困ったように頬をかいた。

 フィーリティアが弱らせたとはいえ、とどめを刺したのは彼だ。


「……本当なのか?」

「そうですが……信じるんですか?」

「まあな。門番として何人も見てきちゃいるが、そういう光るもんを持ってるやつは、なんかが違う。一目でピンと来たぜ」


 得意げに言う門番に、フォンシエは本当かなあ、と苦笑い。

 だけど、彼がいたからこそ、フォンシエはなにかとこの街でやってこられたようにも思う。


 フォンシエが感心していると、門番はフォンシエの肩を抱き、ずいと顔を近づけて耳打ちしてくる。


「それより……随分ねんごろになったみたいじゃねえか。にくいね」


 からかうように言われると、フォンシエは慌てるのだ。

 フィーリティアのほうにちらりと視線を向けると、彼女はほんのりと顔を赤らめながら、顔を逸らしていた。しかし、狐耳は大きく立って、二人の話を逃すまいとこちらに向けられている。


 だからフォンシエも、門番の言葉を否定するわけにもいかず、なんとか誤魔化すしかなかった。


「その……ええと、まあ。……それより、こちらには被害が出ていないんですか? コナリア村の近くには魔物が多くいましたが」

「そうだな。定期的に魔物討伐が行われているからな。ま、なんにもないってわけじゃないが……」


 含みのある言い方に、フォンシエは気になって追求せずにはいられない。


「なにかがあるんですか?」

「まあ噂みたいなもんだが……夜になると、出るらしいんだ。あの戦いで死んだ人の霊が」

「まさか。いくら俺が世間知らずだからと言っても、そんな冗談真に受けませんよ?」

「俺もそう思うがな。いかんせん、目撃者が多いんだ」


 門番は特に冗談を言う風でもなく、困ったように言う。

 だからフォンシエも、少しだけその事実を頭に入れておくことにした。けれど、まずは街中を見て回ることからだ。


「ティア、行こう――って、なにしているの?」


 フォンシエの視線の先では、狐耳をぺたんと倒して聞こえないようにしているフィーリティアの姿があった。


 勇者にも弱点はあるらしい。あんなにも魔物相手に果敢に攻めていった彼女も、十五の少女ということだ。


 フォンシエはそんなフィーリティアの狐耳をふわふわと撫で、それから彼女の手を取る。


「大丈夫だよ。ほら、行こう」


 まだちょっと怖がっているフィーリティアとともに、フォンシエは都市の中へと足を踏み入れた。


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