27 今度は一緒に
城塞都市エールランドをたってから数日。
王都に辿り着いたフォンシエは、感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
城塞都市エールランドも活気があったが、あそことはまた違う盛り上がりを見せているのだ。
人々の衣服だって、家々の飾りだって、どこを見ても華やかで洗練されている。
終いには、道を行く野良犬さえも優雅に思われるほどだ。
「もう、フォンくん。どこ見てるの? ぶつかっちゃうよ」
フィーリティアが苦笑しながら、手を引いてくれる。そうでないと、フォンシエはふらふらと歩いた挙げ句、人の動きに乗れずに危なっかしく動いていってしまうのだ。
変わらない繋いだその手に、なんとなくこれまでと変わった雰囲気を覚えて、フォンシエは口を尖らせた。
「俺は田舎者だからね。ティアみたいに、王都にはいなかったんだよ」
「私だって、ここにはそんなに来ていないよ。普段は辺境に行っていたから」
「じゃあ生まれながらにして優雅ってことだね」
「もう、調子がいいんだから」
そう言いつつもフィーリティアは黄金色の尻尾をぱたぱたと振っていた。なかなかに上機嫌のようだ。
彼女と二人でフォンシエは街中を眺めていく。
行き交う人々は楽しげである。魔王ランザッパを討伐したという話は公表されていなかったが人の口に戸は立てられないもので、噂話がそこかしこに広がっているようだ。
しかし、誰もその勇者の名前を知らないし、ましてとどめを刺した村人がいたなどと誰も夢にも思わない。
そんな状況を、フォンシエもフィーリティアも好ましく思っていた。
市井の人々はそれでいい。知らないほうが幸せなこともある、と。
やがて二人は勇者ギルドにやってきた。ここでやっておかねばならないことがある。
心地よいベルの音を鳴らしながら入ってきた新人勇者と見知らぬ少年の姿に、先客である勇者たちが視線を向ける。
基本的に勇者は同じ勇者とともにいることが多いが、たまには別の友人を連れてくることもある。入るのを拒否されるのではなく、むしろ連れられてきた者のほうが萎縮してしまうため、滅多にあることではないが。
しかしこの少年、とにかく堂々としている。
フィーリティアとともに受付まで行くと、早速用件を告げる。
「ギルド長から書状をいただき、参りましたフォンシエと申します。お目通り願えますか?」
「フォンシエ様ですね。少々お待ちください」
受付嬢はさっと確認を済ませると、すぐに案内し始めた。
二階に上がると、そこには人の姿がほとんどなくなる。こちらは一般開放しているわけでもなく、事務員たちが作業をするための場所だからだ。
その端の一室に辿り着くと、フォンシエは中に入るよう促される。
そこは日当たりのいい部屋で、窓からは眩しいほどの光が入ってきていた。
椅子に腰掛けていたのは三人の男たちだ。
フォンシエは当然のごとく面識がなかったが、フィーリティアが緊張しているようだったので、偉い人なのだろう。
「君たちの活躍は聞いている。かけたまえ」
二人が椅子に座ると、いよいよ本題に入ることになる。
真ん中の男性――おそらくギルド長の目つきが厳しくなる。
「魔王ランザッパとの戦いに勝利したと聞いた。そしてその中でデュシスが命を落としたとも」
「はい。相違ありません」
「あやつは魔王に勝てずとも殺されるようなタマではなかった。レベルこそ高くはないが、若く才能もあった」
フォンシエはどう答えたものかと思案するも、結局なにも言わなかった。
ギルド長は一つ息をつく。
「君はどう思うかね?」
「申し訳ありませんが、私は彼と面識がほとんどありませんので、詳しいことはわかりません」
「ふむ……では、君はデュシスの死を見ていないと?」
ギルド長が射貫くような視線を向ける。けれど、フォンシエはこれまた平然としていた。
「なにをおっしゃりたいのか私にはわかりません。混戦の中、垣間見た死でなにがわかるというのです」
ただの一瞬で人というものを理解できるならば、この世に争いがこれほどありふれることもないだろう。
「端的に言って、勇者デュシスの死には猜疑がある。誰かに殺されたのではないか、とね」
突如、それまでの物言いとは違ってあっさりと、男はその言葉を口にした。
これ以上の問答を続けても仕方がないと思ったのかもしれない。
「仮にそうだとして、どこに争う必要があったというのです。それに、勇者が村人に殺された、などとばかげたことをおっしゃるつもりですか?」
そう、あまりにも常識から外れたことだった。
たとえそれが事実であろうと、口外することなどできるはずがない。それを行った瞬間、勇者の威厳は地に落ちる。なにより、誰がそんなことを信じようか。
「私は君がやった、とは言っていないが?」
「フィーリティアがやったとおっしゃりたいのですか? そうならば、俺はとてもあなたの言葉を許容できない。これまでなにを見てきたというんだ。善良なる彼女を疑うと言うようなら、とてもギルドに預けることなどできるはずがない!」
フォンシエはそのとき、これまでの態度と打って変わって、感情を露わにした。
ギルド長の左右の男が彼に視線を向けるが、ギルド長からはふっと小さな息が漏れるばかりだった。
「……君は詐欺師にはなれないな。非礼をわびよう」
それはたとえ事実がなんであったとしても、過程をフォンシエが言うように認めるということだ。
彼らは元々気づいていたのかもしれない。デュシスの計画のことも。
だがなんにせよ、これでデュシスの件は片づいたということになる。
「これからどうするのかね?」
「まずは村に帰ろうと思います。それから、各地にまだ残る魔物を倒していこうと考えています」
「そうか。無事を祈っている」
まだ一言も話していない男たちはギルド長に視線を向けるが、彼は小さく首を横に振った。
だから、フォンシエもフィーリティアとともにギルドを出て、いつもの調子で街中を眺め始めるのだった。
これから見なければならない未来がある。だから後ろばかりを見てもいられない。
フォンシエは顔を上げる。
「コナリア村に帰ろう。あのなんにもない、俺たちの思い出がたくさんある村に」
「うん。まずは魔物のいない村から始めようね」
「今度は俺も、君と一緒に行ける。だから二人で始めよう」
フィーリティアの手を取って、フォンシエは駆け出した。
街中では、王都の土産を持って帰れば皆、喜ぶだろうと話し合い、ささやかな時間で命を潤す。
フィーリティアはきっと、今がアルードの言う「命の洗濯」なのだろうと思う。このときがあれば、これから先なにがあってもやっていける気がした。
それから二人は王都を飛び出して、田舎の村へと向かっていく。次第に都市の規模が小さくなり、なんにもない草原ばかりになってくる。
けれど、その光景に懐かしさを覚えるのだ。
短くも長かった戦いはひとまず終わりを迎えた。そしてこれからまた始まるのだろう。だけど、今はしばしの安らぎに浸るのみ。
晴れ渡った空を見ながら、二人は取り戻した関係に笑い合った。
これにて第一章完結となります。
勇者と魔王も村人には敵わない、ということで副題の回収が済みました。
今後ともよろしくお願いします。




