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26 取り戻した場所

 フォンシエは動かなくなったデュシスを見ていたが、これからどうしたものかと頭を悩ませることになった。


 ――初めて人を切った。


 そのことへの抵抗はあれど、後悔はない。デュシスがフィーリティアを憎み殺そうとするのなら、どんな手段を取ろうと阻止してみせるつもりだったから。


 しかし、こうして同族を切ったとすれば、女神マリスカからはレベルダウンのペナルティが与えられるだろう。


 フォンシエが勝つためには、こうするしかなかった。

 所詮村人にすぎない彼には勇者のスキルは負担が重すぎて、ほんの短い間しか使うことができなかったのである。


 だからこそ、これまで取ってくることはなかった。そしてできることなら、使わずに済む方法でいきたかった。


 けれど相手は勇者。そううまく行くはずがない。


 逆転の一発はこのスキルが使える一瞬にしかない。だから、わざわざ引きつけて、弱みを見せてまでそのときを待った。


 もし、相手を生かして捕らえようなどと思っていれば、剣はデュシスに致命傷を与えることもなく、逆に切り殺されていただろう。


 だからといって、仕方がなかったのだと割り切れるほど、フォンシエは大人でもなかった。


(……これから俺はどうなるのだろうか)


 魔物との戦いの中で誰かが死んだ場合、一般的に罪に問われることはない。加えて、ここには目撃者だっていやしないのだから。


(自分が切ったと、そう言うべきだろうか)


 本当にそうすべきだろうか。

 デュシスがフィーリティアを襲い、それを返り討ちにしたと言って誰が信じる?


 そもそも、村人が勇者を倒したなどというばかげた話をまともに取り合ってもらえるだろうか?


 きっとそうはならない。ならば、フィーリティアが切ったとするほうがよほど蓋然性が高い。


 ひとたび疑いを持たれたならば、あとはどんどん悪いほうに向かっていくこともある。だとすれば、もうすべきことは決まっていた。


(たとえ偽善であっても。いつか俺の罪が暴かれるときが来たとしても。彼女が疑われるよりは、ずっといい)


 フォンシエが考えていると、聞き慣れた声がかけられる。


「フォンくん! 大丈夫!?」


 それまで魔物を倒していたフィーリティアが駆け寄ってくる姿に、フォンシエはなんとか笑ってみせた。


「ああ、終わったよ。これで」

「うん。だけど……」

「彼は立派に戦い、魔王との戦いに敗れた。それでいいじゃないか。誰が死者に汚名を着せようか」


 それはすべてをなかったことにするということだ。

 デュシスの過ちもフォンシエの罪も、そしてフィーリティアの傷も。


 フォンシエの言葉に、フィーリティアは困ったような顔をした。


「フォンくんはそれでいいの?」

「ああ。デュシスが願った理想の世界を俺は作ってやれない。けれど、その信徒たちが暮らしやすい世界ならば、助けてやれることだってあるだろう」


 ただ強くなりたい、追いつきたいとがむしゃらに突き進んできた時間は唐突に終わり、これからは考えていかねばならないことが増えた。


 だけど、フォンシエは思うのだ。

 フィーリティアが生きていてくれた。それだけで十分だと。


 彼女はにっこりと微笑む。


「それがフォンくんの意志なら。……助けてくれて、ありがとう。とても嬉しかった」

「ティアが困っているなら、俺は駆けつけるよ。俺は所詮村人にすぎないし、気づかないことだってあるかもしれない。けれど、どれほど時間がかかっても、君のところに向かう足だけは止めない」

「……うん。信じてる」


 フィーリティアの言葉にフォンシエは安心する。ようやく、彼女の隣にいることができたのだと。


 今でもまだまだ勇者には及ばないだろう。デュシスだって、ほとんど不意打ちで倒したようなものだ。


 なにより、すでに魔王との戦いで消耗していたところにやってきたからこその結果だ。

 けれど、それでも彼女の隣はなにより居心地がいい。


 そうしていると、すでに逃亡を始めつつあった魔物の群れを切り裂いて、飛び込んでくる者があった。


「フィーリティア、デュシス! 戦いはどうなった――」


 そう言いながらその勇者モードンは、三人の姿を見た。そう、三人である。


 モードンは状況をまったく飲み込めないようで、彼らの間において視線をふらふらとさまよわせていた。


 そしてフォンシエも、


(このおっさん、誰だろう?)


 などと思う有様だ。

 唯一両方の存在を知っているフィーリティアが、モードンへと状況を説明することになった。


「こちらのフォンくんも協力し、なんとか魔王は倒しましたが、残念なことにデュシスさんは……」

「そう、か……。いや、魔王を倒したのだから、誇らしいことだ。すでに敵は逃亡しているし、深追いする余裕もない。我々も撤退しようではないか」


 モードンはふと、視線を近くにある巨大な角に向けた。魔王ランザッパが残したものである。


 そしてその近くには魔石も転がっていた。

 モードンはそれらを回収すると、フィーリティアに差し出した。


「フィーリティア、これを」

「……これはフォンくんのものです。……モードンさん。デュシスさんの遺体を運んでもらえませんか?」

「そ、そうか? うむ、わかった」


 モードンはフォンシエの姿を不思議そうに見ていたが、余計なことは言わなかった。それは彼のいいところだったかもしれない。


 デュシスの亡骸を運びながら、彼は隊に戻る。そしてフォンシエとフィーリティアは二人でモードンに同行することになった。


 兵たちは魔王ランザッパを倒したということを聞くなり、勝ちどきを上げた。


 まだ魔物がいるためにあまり騒いでもいられないが、この束の間の勝利に沸き立つことを誰が止められようか。


 歓声の中、勇者デュシスの死は黙殺されていた。


 そうして部隊は引き上げていく。おそらく、生き残った魔物はこの近くに散らばるか、もしくは新たなリーダーを得て小さな規模の集団を作るだろう。


 それらを仕留めておいたほうが、後々のためになる。

 だが、すでに隊にそんな余力はなかった。


 そしてフォンシエとフィーリティアも、すでに全力を使い果たしたあとだ。気持ち的にも、これ以上は望めない。


「帰ろう、ティア」

「うん。今日は一緒だね」


 戦場からの帰還なんて、コナリア村にいたときとはまるで違う状況だ。


 けれど二人で並んで進むことに、彼は安らぎを覚える。ずっと待ち望んできた場所が手に入ったのだ。


 それから集団は都市へと戻っていく。

 森を抜けたとき、誰もが安堵し、エールランド東の都市に入っていく。


 この都市はいまだかつてないほどの大人数を取り込み、戦勝の祝いでいっぱいになった。


 フォンシエは都市の依頼者のところを訪れると早速、魔王ランザッパの角を見せる。


「無事に魔王ランザッパを倒してきました。これで、彼らも浮かばれることでしょう」

「そうか……。素晴らしい活躍だ。皆が祝福するだろう」


 きっと、事情を知らない者は手放しで喜ぶに違いない。

 だけど自分だけは決して忘れてはならないと、フォンシエは彼らの姿を思い浮かべた。


 それから彼は礼拝堂を訪れた。フィーリティアと並んで女神マリスカに祈りを捧げる。


 彼女と自分で思うことは違うだろう。けれど二人でこうしていると、彼女と別れたあのときから今一度始められるような錯覚に陥るのだ。


 レベル 1.00(5.78) スキルポイント30


 フォンシエはその数字を見て、自分との違いを認識する。


 通常、レベルが高く上位の職業の相手を倒すほどペナルティも大きくなる。つまるところ、魔物と戦い続けてきた力が強い者ほど、殺してはならない人間ということになるのだ。


 そして彼が村人レベル5という取るに足りない存在なのも理由だろう。相対的に差が大きくなってしまった。


 人を殺した者が、礼拝堂に行かずに現状を維持し続けることもある。

 その場合、どれほど人を殺してもレベル変動がないため、上昇もないが下降もないため、力を保ったまま連続殺人も可能になるのだ。もっとも、殺人者ならばすでにレベルダウンしている者と同然の扱いで、殺人数に応じた処罰も入るため、誰もがペナルティもほとんどなく倒せるようになるのだが。


 デュシスは人を殺してはいないため、その場合には当てはまらない。


 けれど、フォンシエにはそんな気などない。


(もう一度、やり直そう。なにもないところに戻るわけじゃない)


 スキルはすべて使えるし、村人の職業による恩恵など元々あってないようなものだから、実質的にはほとんど変化がないのだ。ただ、元のレベルに戻るまで、敵を倒した際のスキルポイント獲得がなくなるだけ。


 今は強い相手も倒せるから、前よりも早く元のレベルに戻すことができるだろう。


 心機一転。それも悪くない。


 フォンシエが礼拝堂を出ると、先に済ませたフィーリティアが待っていた。


「もういいの?」

「あんまり湿っぽいのは合わないから。俺も、彼らもね」

「じゃあ、行こっか」


 フィーリティアとフォンシエは手を繋いで歩き出した。

 そして二人が都市を出るとともに、派兵された者たちは皆、城塞都市エールランドに戻っていく。


 そちらでも魔王モナクとの戦いがあったそうだが、仕留めることもできず、痛み分けに終わったそうだ。


 これでひとまずはこの戦いも引き分けに終わったということになるだろう。

 兵たちが戦後の処理を行う中、勇者たちに王都に戻るように勇者ギルドから連絡があった。


 そこにはフォンシエも同行するようにと書いてある。


 だから僅かばかりの緊張を抱きつつフォンシエは、フィーリティアとともに王都に向かうことになった。


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