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25 勇者も魔王も

 フォンシエは剣を構え、魔王ランザッパを睨みつけていた。

 すでに相手は満身創痍だが、油断のできない相手だ。


(よし、やれる。あとは倒すだけなんだ)


 フォンシエは燃え上がる感情を抑え、冷静に敵を見る。頭が割れており、そこに剣を突き刺せばとどめを刺せそうだった。


 そのためにはまず、相手の斧をかいくぐらなければならない。


 フィーリティアのほうに意識がいかないように移動しつつ、フォンシエは敵の間合いに入る。


 途端、魔王ランザッパは斧による攻撃を行ってきた。


(くっ……速いな!)


 鋭い刃が眼前をすぎていく。フォンシエの軽い体では到底受け止められやしない。

 間合いを計っていると、フォンシエは動く者を感知した。探知のスキルがあるおかげだ。


 すると彼はそちらに片手を向け、「初等魔術:炎」を使用。

 火球は狙いを過たずにそちらに飛んでいき爆発する。


 ミノタウロスが吹っ飛び、同時にデュシスが煙の中から現れた。彼はフォンシエもろとも魔王を吹き飛ばそうとしていたのだ。


「余計なことするんじゃねえよ。こそこそと。それでも勇者か」

「貴様! お前だけが魔術を使えると思うな!」


 フォンシエ目がけて火球を放つデュシス。


(……狙いどおりだ!)


 フォンシエは予想どおりのデュシスの行動にほくそ笑む。

 デュシスが放った魔術は狙いを外して直進し、その向こうで暴れている魔王ランザッパに命中する。


「ブモォオオオオオオオ!」


 魔王ランザッパが仰け反ると、フォンシエは素早くその足元に飛び込み、剣を振るう。


 ザンッ!

 勢いのいい音ともに、魔王の足が半ばほどまで叩き切られた。


 とても立っていられなくなった魔王が斧を振り乱すと、フォンシエは咄嗟に剣で受け止める。


「ふっ!」


 神聖剣術のスキルにより力を受け流すと、そのまま距離を一気に詰める。

 魔王の胴体を足場に跳躍し、一気に頭へと飛びかかった。そして割れた頭目がけて剣を振るう。


 この一撃を与えれば、それだけで致命傷になるはず。


 だが、魔王ランザッパは頭を動かし、角で受け止めた。鋼のように硬いそれと刃が拮抗し、ギリギリと音を立てる。


(この機会を無駄にはしない!)


 フォンシエは鬼神化のスキルを使用し、さらに魔力を込めて幻影剣術を発動する。剣は黒い影のような光が纏わりつくと、あたかもぶれるようにうごめいた。


 ズン! 音を立てて、角が落ちる。


「いっけええええええ!」


 雄叫びとともにフォンシエは剣を強く握り、体ごとぶつかるように、突きを繰り出した。


 刃は勢いを増して、魔王ランザッパの顔面へと突き刺さる。狙いどおり、先ほどつけた傷跡へとめり込んでいって体液を撒き散らした。


 そして切り上げると、脳漿に濡れた血まみれの剣が日に照らされて輝く。


「討取ったぞ!」


 フォンシエは声を上げる。今はもう届かない者へと聞かせるために。


 誰も答えるものはなく、ひゅう、と乾いた風が音を攫っていくばかり。遅れて、フィーリティアの安堵の声が聞こえた。


 彼がそうして勝利に浸った瞬間、業火が向かってきた。咄嗟に魔王ランザッパの影に隠れるも、爆発の衝撃は押し殺すことはできなかった。


「フォンくん!」


 フィーリティアの声を聞きながら、吹き飛ばされたフォンシエは立ち上がり、敵を見据える。


 そこには必死の形相で睨みつけてくるデュシスの姿がある。彼は小さな杖を手にしていた。魔術を効率的に使うための道具だ。


「勇者様が杖に頼るとはな」

「なんとでも言うがいい。私が女神マリスカ様に与えられたのは『魔力増幅』だ。授けられたこの力を正しく使うことこそ、私に与えられた使命なのだから」

「それがお前の正義か。くだらないな」


 フォンシエは蔑みとともに、その男を見下す。


 そのような反応を見せられることなどなかったのだろう。それも、勇者でも何でもない者が、勇者である彼へと反撃しながらのことなのだから!


「貴様のような者が楯突いたことを後悔させてやる!」

「女神マリスカは殺人を許容していないはずなんだがな?」

「心配するな。四肢を切断し、野ざらしにしてやるだけだ。震えてそのときを待て!」

「そうかよ。俺だって、お前の卑劣な行いを許す気はない。魔王も勇者も、この村人の剣が叩き切る!」


 フォンシエは剣を向けると、デュシスは一瞬あっけにとられ、それから哄笑する。


「ははっ! 村人だと!? それが勇者を倒そうなどとは、思い上がりも甚だしい!」


 デュシスはフォンシエへと杖を向けると、魔術を発動する。中規模魔術では発動までに逃げられるとみて、「初等魔術:炎」を複数放ってきた。


 フォンシエはもはや逃げ場もなくなると、距離を取って、ミノタウロスの斧を手にする。そして勢いをつけると、デュシス目がけてぶん投げた。


 くるくると回りながら飛んでいった斧は、火球にぶち当たって爆発の衝撃を浴びせられ軌道を変えつつも、デュシスの足元に突き刺さった。


「くっ……野蛮な!」

「なんとでも言うがいい。俺が女神マリスカに与えられたのは村人の職業なのだから!」

「貴様、愚弄するか!」


 フォンシエがデュシスの言葉を借りると、やつは激昂して剣を抜く。


(幾度となく放たれる魔術よりはマシだと思ったが……果たしてどちらがよかったか)


 光の剣の威力を考えれば、近接戦闘は避けるべきとしか言いようがない。しかし、フォンシエが決定打を持つのは、剣による一撃だ。


 なんとか機を見て叩き込むしかない。


 魔王ランザッパの肉体が消えるとともに、両者が動き出す。


 光の剣が勢いよく袈裟切りに放たれると、フォンシエは距離を取ることで躱す。


 うっかり懐に入ったとき、至近距離からアレを放たれては、聖騎士のスキル神聖剣術に大量の魔力を注ぎ込まねば防ぎきれないだろう。いや、それでも剣を打ち砕かれ、切り裂かれる危険すらある。


 フォンシエはまだ勇者のスキルがどれほどの威力があるのか、見極めてはいないのだ。

 だからひたすらに距離を取り、ときおり暗黒騎士のスキル幻影剣術により強化した一撃を繰り出す。


 だが、今ひとつ踏み込みが足りない剣は、あっさりと弾かれてしまう。


「どうした、その程度で気を吐いていたのか!」


 デュシスが勢いづくと、フォンシエは防戦一方になる。

 フィーリティアが心配そうに見守る中、フォンシエは幾度となく、光の剣を凌いでいく。


 デュシスは相手を押し続ける勢いに、我を忘れて剣を振るっていた。己が正義に酔っているのかもしれない。


 フォンシエはぐっと敵を見据えると、覚悟を決める。

 勢いよく剣を振るうと、光の剣と交わって、半ばからへし折れた。


「どうした! お前の、村人の正義は折れたぞ!」


 フォンシエはさっと距離を取ると、もう一振りの剣を取る。これが折れたら、もう次はない。


 デュシスはその姿を見て、口の端を上げた。


「その剣が使えなくなったら、その次はお前の手足だ!」


 勢いよくデュシスが飛びかかってくる。勝利を確信した目だ。


 フォンシエは息を呑み、その瞬間を待つ。デュシスが彼の腕をはね飛ばさんとする瞬間を!


 敵の目線、指先一つの動きまで意識する。極限まで高まった集中力は、あたかも時間がゆっくり流れるかのような錯覚すら起こした。


 デュシスの瞳に映る自分の姿さえも認識することができた。


 彼が振る剣の軌跡が見える。狙いが見える!

 獰猛な刃が迫った瞬間、フォンシエは力強く踏み込んだ。これまでにはない、深い一歩だ。


 そしてデュシスが剣を振り下ろすのに合わせて、フォンシエが思い切り剣を叩きつける。


 それまでならば、彼の剣は逆に折れてしまっていただろう。

 だが、そうはならなかった。


 激しい金属音とともに、デュシスの剣が弾かれる。


「馬鹿な――!」


 驚きとともに彼が見たのは、光を纏った村人の剣。勇者にしか使えぬはずのスキル。

 ほんの一瞬。けれど勝敗を決するにはあまりに大きい時間が流れる。


「うぉおおおおおおお!」


 フォンシエは返す刀で、一気にデュシスを切りつける。光の剣は、勇者が持つ光の盾をも切り裂いていく。


 このスキルこそがデュシスの余裕の理由だったのだろう。だが、光の剣の前では、彼が思うほどの威力を発揮することはなかった。


 鎧をも断ち、刃が袈裟に走る。

 おびただしいほどの赤い血を噴き出しながら、デュシスは後ろに倒れていった。


 フォンシエは荒い息で、動かなくなったその男を見下ろす。


「俺の――村人の勝利だ」


 もし、ささやかな平和の願いを打ち壊そうと言うのなら。

 勇者も魔王も、ただの村人が超えてみせる。


 フォンシエはそのとき初めて、礼拝堂の外で祈りを捧げた。

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