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24 フィーリティアの戦い

 数多の魔物が迫ってくるのに対し、勇者が率いる集団は動かなかった。

 どれほど敵が強くとも怯まない、統率が取れている証拠だ。


 そして距離が縮まった瞬間、声が上がる。


「魔術師隊用意! 撃て!」


 隊を率いていた男の号令とともに、数多の火球が空へと舞い上がった。

 そしてまだ距離がある魔物の集団に飛び込んでいき、爆発を起こす。ゴブリンの集団はそれだけで吹っ飛び、バラバラになっていく。


「猟師隊用意! 撃て!」


 次の号令がかかると、前方のゴブリンが倒れたせいで足踏みしていた後続の魔物へと矢が降り注いでいく。


 そうして魔物は倒れつつも、投石などにより遠距離からの反撃を行ってくる。トロールが巨大な岩を投げれば、何人もの兵が下敷きになった。


 やがて魔物の集団が間近になる。


「全軍、突撃ぃぃいいいい!」

「うぉおおおおおおおおおお!」


 大音声が響き渡る中、先駆けとして勇者が突撃する。ひとたび剣を振るえば魔物が吹き飛び、血肉が舞う。


 その激しい戦いの中、フィーリティアはミノタウロスの集団を目にした。


(あそこに魔王ランザッパがいる――!)


 彼女は近くにいたデュシスに視線を向ける。モードンはここを守り退路を保つと言うのだ。


「行きましょう」


 そうフィーリティアが告げると、デュシスは眉をひそめつつも、頷いた。


 フィーリティアは一際強い踏み込みとともに近くの魔物を吹き飛ばし、その場へと向かう。

 飛んできたホブゴブリンを蹴飛ばすだけで首の骨を折り、迫るオーガの首を光の剣ではねた。


 まさしく圧倒的!

 ややもすれば押し潰されてしまいそうな小柄な少女が、ばったばったと魔物を倒していく。


 その様に後ろの兵たちは奮い立ち、勇ましい声を上げずにはいられない。


 そしてデュシスは不機嫌そうな顔をしつつも、魔物をなぎ倒していく。こちらは確実に、最小限の動きで相手を切り裂いていった。


 快進撃は続き、もはや背後に兵の姿が見えなくなるほどに飛び込むと、そこに立っていたのはミノタウロスの集団。


「どうするんだ、フィーリティア」

「私たちは連携が取れるほど訓練していません。ある程度距離を取って別個に戦いましょう」

「魔王が出たときは?」

「近いほうの者が優先的に戦い、そうでない者がミノタウロスを近づけないようにしましょう」

「それで構わない」


 短く会話を終えると、二人は距離を取って敵に向かっていく。


「ブモォオオオオオオオ!」


 ミノタウロスが斧を掲げて振るうも、フィーリティアは怯むことなどなかった。

 どころか、刃を意識することすらなく、あっという間に斧の間合いから剣の間合いに入り込む。信じられない俊敏さだ。


 そして剣は光を纏うと、そのままミノタウロスを一閃。胴体を真っ二つに叩き切る。


 同胞が半ばから両断されたのを見て、さしもの牛頭も恐怖を覚えずにはいられなかったようだ。


 だが、それも一瞬のこと。

 やつらの背後から、ミノタウロスどもが小さく見えるほどの巨体が姿を現したのだ。


 額に傷のある牛頭。魔王ランザッパだ。


(――これが魔王!)


 フィーリティアは呼吸を整え、その敵を見据える。

 この相手を倒せば、戦いは終わるだろう。フィーリティアは覚悟を決めると、間合いを測っていく。


 だが、慎重なフィーリティアに対し、ミノタウロスキングはその力を誇示するかのように大きく斧を振りかぶり、力任せに地面に叩きつけた。


 咄嗟に後退したフィーリティアだったが、直撃していたら、と思うと冷や汗が流れる。道理でモードンが戦闘を嫌がるわけだ。


 けれど、フィーリティアは魔王を見据える。


(必ず打ち倒してみせる!)


 彼女は剣を構え、ミノタウロスの王へと向かっていく。輝く刃が向かってくると、ギリギリまで引きつけて回避。斧は重量があることから隙が生まれる。


 一瞬で飛び込むと、魔王ランザッパの肉体を切り裂いていく。

 一つ一つは軽いが、それでも光の剣のスキルにより効果は増強されている。確実にダメージを与えたはずだった。


 だが、魔王ランザッパは思い切り足を動かし、彼女を突き飛ばした。


 転がっていったフィーリティアだったが、ゆっくり姿勢を立て直す暇もない。魔王から離れたため、今度はそこらのミノタウロスが睨みつけてきているのだ。


「邪魔です!」


 フィーリティアは剣一振りで黙らせると、すかさず魔王ランザッパに向かっていく。あの魔物と戦っているときは、ほかの魔物が手を出してこないこともあって、多少なりとも集中できる。


 ときおりデュシスも魔王ランザッパを切りつけるが、敵意がそちらに向かうなり、さっと魔物の影に隠れて距離を取る。うまいやり方だった。


 そしてフィーリティアは魔王ランザッパと刃を交えながら、激しく火花を散らす。


 数度切り刻むと、魔王ランザッパは至近距離からの体当たりを仕掛けてくる。もはや逃れることができないと見ると、フィーリティアは自ら後ろに飛び、背部を敵に向けるようにして直撃を食らう。


 だが、クッションの役割を果たす尻尾と敵との間には、薄い光の壁ができていた。

 あらゆる衝撃を和らげる勇者のスキル「光の盾」だ。


 光の剣が攻撃に特化するものだとすれば、そちらは防御に特化したものだ。

 勇者が強いとされているのは、このどちらのスキルにおいても、魔力も体力も消費しないというのが大きい。


 フィーリティアは咳き込みつつ、体勢を立て直して敵を見る。

 すでに相手は猛攻に出ていた。一度、二度と斧が振り下ろされると、フィーリティアは防戦一方になるしかない。


(なんとかしないと……!)


 勇者のスキルはなにも消耗することなく使えるとはいえ、集中力を切らした瞬間に発動しなくなる代物だ。若手の勇者にとっては、二つのスキルを併用することは難しかったし、長時間持続させるのも困難を極めた。


 魔王ランザッパはひたすらに斧を打ちつけ、フィーリティアを叩き潰さんとする。その勢いはもはやとどまるところを知らない。


 さらにミノタウロスも集まってきていた。

 彼女が逃亡も頭に入れながら思い切り飛び退いた瞬間。彼女が先ほどまでいた場所で魔力が高まっていく。


(――え?)


 フィーリティアは状況を理解できずに、反応が遅れた。

 咄嗟に光の盾による防御を試みるも、爆風が吹き荒れると飛ばされていく。


 受けたダメージは大きく、立ち上がるのが精一杯だ。

 その中でフィーリティアは燃えさかる魔王の姿を見た。フィーリティアはそれから二度爆音を聞いた。


「モォオオオオオオオ!」


 三度も「中等魔術:炎」を浴びると、さしもの魔王もすでにふらふらになっている。

 それでも倒れないのは魔王の意地か。


「どうして……デュシスさん!」


 倒れるミノタウロスの間からゆらりと姿を現したその男――魔術を用いた勇者は、魔王とフィーリティアに視線を向けた。


「なにを不思議に思うことがある? 確実に仕留められる機会に魔術を放ち、そこにお前がいただけのこと。お前は自分が特別だとでも思っていたのか?」

「え……」

「確かに勇者は特別な存在だが、それは人を導く存在だからだ。誰かに守られるためではない。その証拠にお前を守ろうとする者など、どこにもいないではないか。皆は危険を押しつけ、逃げているだけだ」


 デュシスは向かってくる魔王ランザッパを見据えると、手をかざした。そして「初等魔術:炎」を浴びせる。


 重なる爆音の中、彼は言葉を紡ぐ。


「勇者は孤独でいい。先導者とはそういうものだ。だが、強く純粋であらねばならない。お前のような存在は邪魔になる」


 デュシスは剣を交えることもなくランザッパから距離を取ると、ミノタウロスの影に隠れた。


 その先は、フィーリティアの背後。

 そちらに気を取られたフィーリティアだったが、すぐに迫ってくる巨体に目を向けねばならなくなった。


 渾身の力で斧を振りかぶるランザッパ。

 そこでフィーリティアは気がついた。デュシスはずっとこの機会を狙ってきたのだ。


 彼の宗教は人を最上としている。そしてその中でも過激派は獣人をも魔物との交じりと糾弾することがあった。


 だから、勇者の獣人など彼の理想では邪魔でしかなかった。


 魔物に倒させれば、自らがペナルティを負うことなく、人を殺すことができる。そして強力な勇者をも殺すことができるのは、魔王だ。


(こんなところで――!)


 フィーリティアは渾身の力を振り絞り、敵の一撃に集中する。

 これさえ凌げば、逃げる機会は訪れるはずだ。


「うぉおおおおおおおおお!」


 途端、焦るフィーリティアの耳朶を打ったのは咆哮。こんなところで聞くはずのない声だった。


 だから彼女は幻聴だったのではないかと我が耳を疑ってしまう。


 しかし次の瞬間、敵の群れから飛び出した少年が戦斧を振り回し、魔王ランザッパへと飛びかかっていた。


 驚く魔王の顔面を打ち砕く強い一撃が放たれる。

 黒い光を纏った刃は、魔王の顔面を激しく打ち砕いた。


「ティア! 無事か!」

「……フォン、くん?」


 時間にすればそれほど長く離れていなかったはずなのに、懐かしさが込み上げてくる。

 なぜ、彼がここにいるのか。なぜ、村人の彼が魔王を屠っているのか。


 疑問は次から次へと湧いてくる。だが、それ以上にフィーリティアは喜びとともに彼のところへと駆け寄る。


 確かに、勇者を守ろうとする者はいないかもしれない。だけど、幼なじみの後を追ってきてくれた者がいる。


「魔王、ぶっ倒すから待っててくれ」

「……うん。待ってる」


 フィーリティアは剣を構え、辺りを警戒する。

 ミノタウロス程度なら、負傷した身でもなんとかなる。フォンシエの実力はまだ片鱗しか見ていないが、彼ならばきっとやってくれる。


 だから、今は彼の援護に努めることにした。

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