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23 どうか力を


 フォンシエは目を覚ますと、見慣れないベッドの中にいた。

 どうにもここに来た記憶がない。


 ゆっくりと辺りを見回して、はっとする。


(そうだ、魔王はどうなった――!)


 毛布をはねのけ、すぐに起き上がる。体の調子は悪くない。


 窓の外を見れば、すでに日が昇っていた。やや小高くなっている場所のようで街並みがよく見える。


 どうやら報告に来た都市の中央付近で倒れ、そのまま近くの部屋に運ばれたのだろう。

 となれば、あれから一日たっていると考えるのが妥当なところだ。そのおかげですっかり疲労は取れていた。


 そうして腰に手を当てるも、すでにそこには柄がない。剣は折れてしまったから、捨ててきたのだ。


(まずは装備を整える。それから……)


 フォンシエは急ぎつつも、冷静に今後の予定を立てていく。

 計画を立て終えるとすぐに部屋を出て、廊下を歩き出す。すると屋敷に勤めている女性に出くわした。


「もう出歩いても大丈夫なのですか?」

「心配いらないよ。それより、状況を教えてくれませんか?」


 フォンシエが尋ねると、彼女はすぐに別室に案内してくれた。詳しいことは、そちらで聞いてほしいとのことだった。


 中に入ると、男性が待っていた。


「まずはこのたびの任務、ご苦労だった」


 フォンシエは軽く頭を下げておくにとどめた。どうやら、彼が傭兵団に仕事を依頼したらしい。


「貴重な情報のおかげで、こちらも早く対応することができた。感謝する」

「対応、といいますと……?」


 フォンシエはいささか礼儀を欠いているかとも思ったが、それでも率直に言葉を口にした。のんびり待ってなどいられなかったのだ


「まず、すでに編制されつつあった調査隊がそちらに向かうことになった。同時に魔王モナクの存在も示唆されていたため、そちらと都市の防備と、三手に別れて行動している」


 話によれば、フォンシエが魔王と遭遇するよりも早く、先遣隊が帰ってこない事実を受けて隊が編制されていたらしく、随分と行動が早い。


「ですが、あれは数をそろえたからといって、どうにかなるようなものでは……」

「それならば問題ない。すでに勇者が向かっている」


 勇者がいる。

 その事実はフォンシエに安心感を抱かせるとともに、ますます焦りを抱かせることになる。


「勇者は一人で魔王も打ち倒せると……?」

「いや、魔王にはそれぞれ三人で当たるようだ。今回は王も危機感を抱いているらしい」


 勇者は数が多いわけではないが、戦に出せないほど少ないわけではない。魔王との戦いともなれば、こうして割り振れるだけの人数が派遣されるのだろう。


 さらにその者は続ける。


「なんでも、今回の勇者の中には「勇者の適性」を持つ者がいるらしい」


 勇者の適性は、女神から与えられる固有スキルの一つだ。勇者の職業の恩恵が大きくなる効果がある。


 一口に勇者と言っても、1000ポイントのボーナスがあったためギリギリ取得した者もいれば、スキルポイントに余裕があったり、別のスキルを取ったりと、その才能にはあまりにも差があった。


 そして固有スキル「勇者の適正」はおそらく最も使い勝手がいいだろう。


 ならば、その勇者はどれほどの力があることだろう。

 考えていたフォンシエの耳に、さらなる言葉が入ってきた。


「といっても、新人だそうだが。獣人の可愛らしい女の子と聞いているよ」


 フォンシエは目を見開いた。

 獣人の新人勇者と言えば、思い当たる人物は一人しかいない。フィーリティアがここに来ている。


 そして魔王を倒しに出発しているのだ。

 もうフォンシエはじっとしてなどいられなくなる。


「……すみません。俺は魔王を倒しに行きます」

「勇者に任せたほうがいい」

「わかっています。ですが……」


 自分が行ってなにができるだろう。勇者との力の差を思い知らされるだけかもしれない。


 けれど、そうであっても。


(魔王ランザッパは俺が倒す!)


 それは敵討ちなどという感情だけが理由ではない。

 あの凄惨な光景は今もなお頭に残っている。だからこそ、あのまま野放しにしていられない。


 あれを放置すれば、それだけ犠牲者が増える。

 たった一人でも少なくするために。そして彼女がその被害に遭わぬために。


「たとえ無謀であっても、俺は行きます。そうでなければ、都市で安穏と寝ていては、自分にできることを精一杯やったのだと彼らに胸を張れなくなってしまいます」

「……そうか。だが、丸腰ではいけない。ついてきなさい」


 フォンシエが案内されるままについていくと、そこは武器庫だった。見事な鎧や剣が置かれている。


「どれでも持っていくといい。彼らに報酬を与えられなかった私も、魔王の首を手向けとして捧げる手助けになればと切に願っている」


 フォンシエは軽く剣を握り、扱いやすいものを二振り腰に下げた。それから、鎧は軽く使い勝手がいいものを選ぶ。


 決して高価なものではない。金目当てならば、全身鎧を持っていったほうがよほど利になるだろう。


 けれど、たったそれだけでフォンシエは歩き出した。


「ありがとうございます。では、行って参ります」


 彼は建物を出ると、その足で礼拝堂に赴く。

 そして中に入るとすぐに祈りを捧げた。


 だけど、今日は普段とは違う。形式的に行うのではなく、女神マリスカへと平穏を願った。


(どうか、彼らの魂が安らかならんことを)


 はたしてその願いは届いたのか。

 変わらずに浮かび上がる文字があるばかりだ。


 レベル 5.78 スキルポイント1130


 フォンシエは狂戦士のスキル「血塗られた刃」を100ポイントで取得。刃が血を纏うほどに切断力や威力が向上するものだ。


 血が乾いてしまうと無効になるため、長く敵を切らない場合には使えないが、これにより連戦においては切れ味が落ちず逆に上がっていく利点がある。


 それから、フォンシエは覚悟を決める。

 これまで先延ばしにしてきたことを済ませる意志を固めた。


(どうか、我に魔王を打ち倒す力を与えたまえ――)


 立ち上がり礼拝堂を後にすると、もう迷いもなく走り出した。

 作戦は先ほど聞いてきたため、その通りの場所に進んでいけば、魔物の集団と交戦している兵が見えてくるはずだ。


 フォンシエは都市を飛び出し、北へと向かっていった。



    ◇



 北の森を進んでいく集団の先頭には、三人の勇者がいた。


 一人は新米勇者フィーリティア。黄金色の尻尾を揺らしながら向かっていく様は堂々としており、すでに数年の経験を持つ者に引けを取っていない。


 そして元々二人で調査に行く予定だったこともあって、デュシスもこの隊に入っている。彼はまだ若手だが、よく戦っていることもあって実力派だ。


 最後に、三十代後半の男性であるモードンだ。彼は元々勇者になる気などなく、たまたまスキルポイントボーナスがあったから取っただけである。


 農家の息子であり、将来は自分ものんびり畑を耕して過ごすとばかり思っていたが、勇者の職業を取れば、家族を楽にできるのではないか、と欲が出たのだ。


 しかし、実際勇者となってみれば、いつ命を落とすかもわからない戦いに行かねばならない。そこらのゴブリンを倒しているのとはわけが違うのだ。後悔しかなかった。


 そんなこともあって、彼はとにかく消極的で、ほかの勇者が戦いに行ってくれるなら自分は行かないことを選んでいた。


 それは彼が持っている固有スキルが、なんとか勇者になれる程度のスキルポイントボーナスしかなかったことが理由かもしれない。


 他の職業の者からすれば勇者というだけで憧れの視線を向けられるが、勇者ギルドの中では、落ちこぼれとも見なされかねないのだ。


「二人とも。魔王が出たときは頼むぞ」


 そんな台詞すら、口から出る始末だ。

 フィーリティアは素直に「任せてください」と答え、デュシスは彼を若干軽蔑しているのか、「わかっている」とすげなく返した。


 モードンは後ろの兵たちに聞こえないように、ほっと一息つく。


 敵に怯まないよう剣の訓練は真面目に行っているが、実戦経験は乏しく度胸もない。年を取って仕事を辞めるまでなんとか乗り切ろうとしている。そんな男だった。


 が、それでもこの年まで生きてきた経験は伊達ではない。

 彼が違和感を覚えて辺りを見回し始めたとき、フィーリティアの狐耳がピンと立った。


「なにか来ます。……あれは!」


 勢いよく向かってくるのは、大量のゴブリンやコボルトだ。それらは小隊に別れているらしく、ホブゴブリンやコボルトリーダーが統率している。


 それだけじゃない。向こうには大鬼オーガや一つ目の巨人サイクロプス、分厚い皮膚に覆われた怪力の巨人トロールなど、強力な魔物が控えている。


 さらに上位種がそれらをまとめているとなれば、多くの兵は怯んでしまうだろう。


 しかし、ここにいるのは魔王がいることを承知で突き進んできた者たちばかり。たとえ魔王に太刀打ちできずとも、その部下たる魔物くらい屠ってみせる。そう覚悟を決めてやってきたのだ。


 それぞれが手筈どおりに、戦いに向けて動き始めた。

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