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22 惨状


 まっすぐに向かってくるそれは丸太だ。

 そのようなものがなぜ飛んでいるのか。考える余裕はなかった。


 フォンシエが気づいたときにはすでに間近に迫っていたのだから。彼は身構えるも、丸太は隣をすぎていく。


 ぐちゃ、と肉が潰れるような音が聞こえて、それが先ほどまで隣を歩いていた男のものだと認識するには時間がかかった。


 そして丸太が近くの木に当たって大きな音を立てたときには、その者は変貌を遂げ、すっかり肩から上が潰れてしまっていた。

 その段になってようやく傭兵たちがはっとする。


 ――気づかれた。


 フォンシエは丸太の軌道から、敵の位置を推測する。そこには単眼の巨人サイクロプスが立ちはだかっていた。


 山のような大きさのそれは、機敏さではレッドオーガに劣るものの、力強さでは負けていない強力な魔物だ。


 その巨大さゆえに、並の兵では手出しもできやしない。


 こうなっては、一目散に逃げるしかない。

 誰もが声を上げずに走り出した。木々に紛れてしまえば、敵は大きく動きにくいはず。


 そう信じたかった。


「ブモォオオオオオオオ!」


 一際大きな叫びが上がると、二十を超える数のミノタウロスが一斉に動き出した。その勢いたるや、木々をへし折ってでも突き進むほど。


「ひ、ひぃぃいい!」


 それを見た傭兵はもう使い物にならなくなる。

 何度か転びながらも、ひたすらに逃げていく。


「走れ走れ! もう逃げるしかねえ!」


 団長が後ろから急かすが、そうは言っても前がつっかえている。

 距離を取る前に、メキメキと音を立てて木々がへし折れる音が聞こえ始めた。


「フォンシエ! 一発ぶちかましてやれ!」


 団長の声に、彼は魔術を発動する。「中等魔術:炎」を、付近のミノタウロスが近づけないように、進む先を塞ぐように魔力を高めていく。


 が、やつらは一切勢いを落とさずに突っ込んでくる。


(なっ……!)


 その特攻にはフォンシエも怯まずにはいられない。

 だが、彼はぐっと歯をかみしめた。


(それなら! ぶっ飛ばしてやる!)


 息を吐き、瞬間的に魔力を高める。


 ズドォン! すさまじい轟音とともに、暴風が吹き荒れ、木々が砕け散る。

 土煙の中、迫る音が静かになった。


 おそらく、直撃を食らったミノタウロスは弾け飛んだはず。

 フォンシエはその実感とともに、


「今のうちに逃げろ!」


 叫び、背を向ける。なによりも命が大事だった。

 傭兵たちはずっと走り続けていることもあって、かなり距離を稼げたはず。


 フォンシエはちらりと背後を振り返った。

 そこには、立ち上がるなり向かってくるミノタウロスの姿があった。数は確かに半分以下に減っている。


 だが、もう一発中等魔術を放つだけの魔力は残っていない。


「くそ……やるしかない!」


 フォンシエはすらりと剣を抜く。

 一人なら傭兵たちを置き去りにして逃げ去ることだってできた。けれど、そこまで非情にはなれやしなかった。


「おいフォンシエ!」

「先に行ってください! 俺は一人で大丈夫ですから!」

「くっ……危なくなったら逃げろよ!」


 団長の声を背後に、フォンシエは剣を構えた。

 向かってくるのは、数体のミノタウロス。狙いは満身創痍になっているやつだ。


 真っ向から迫ってくるのに対し、フォンシエはタイミングを見計らい、飛び込んだ。

 あっという間に足元に入ると、ミノタウロスは斧を構え、振り下ろさんとする。が、そのときにはフォンシエは剣を振るっていた。


 彼の剣には黒い光が纏わりついていた。暗黒騎士のスキルだ。

 これにより相手は剣の軌道が掴みにくくなる。そして――


 ザンッ! 刃はミノタウロスの首を叩き切った。


「うぉおおおおおおお!」


 音もなく倒れていくミノタウロスから斧を奪い取ると、鬼神化のスキルを利用し、そのまま大きくぶん回して近くの一体を真正面から叩き割る。


 二体を仕留めたことで、ミノタウロスたちの動きが止んだ。フォンシエを警戒し始めたのである。


 その隙にフォンシエは別のミノタウロスに飛びかかり、さらに一体を仕留める。


(よし、これなら――!)


 逃亡の時間も稼げたはず。

 そう思ったフォンシエは、影に覆われた。


 見上げれば、そこには彼を飛び越えていく巨大な存在がある。ミノタウロスどもを従える王であるミノタウロスキングの魔王ランザッパであった。


「ブゥモォオオオオオオ!」


 額傷のある牛頭が放つ咆哮が大地を揺るがすのに続き、地震のような衝撃がフォンシエを襲った。

 彼の視線の先では、斧を振り下ろした魔王の姿がある。


(……嘘だろ?)


 たった一撃で、傭兵団の者たちが数人、肉塊と化した。

 残った者も飛ばされ、どこか痛めたようですぐには立ち上がれない。


 フォンシエはすかさず、魔王ランザッパへの一歩を踏み出そうとした。

 が、ミノタウロスが荒い息で立ちはだかっている。彼を王のところには通すまいと、斧を掲げていた。


 それだけじゃない。小高くなった土地に控えていた魔物がこちらに向かってきている。


「邪魔をするな――!」


 フォンシエがミノタウロスに思い切り飛びかかると、重い斧の一撃が彼目がけて放たれた。


 素早く剣を斧の柄に当てるとともに、聖騎士のスキルで力を受け流す。


 そして鬼神化のスキルを用いると片手で斧の柄を引っ張ってミノタウロスの体勢を崩し、一気に跳躍して首を叩き切る。


 一体、二体、三体。ミノタウロスが倒れていくたびに、十数人の傭兵が赤く染まる。


「くそぉおおおおおおおお!」


 フォンシエが剣を振るたびに、彼の刃は血塗られていく。

 血しぶきを何度も何度も浴びて、ようやく邪魔するものがいなくなったとき、彼の前に立っているのはただ一体の魔物だった。


 凄惨な光景は見るに堪えない。だが、フォンシエはそこから視線を外すことができなかった。


「よくも……よくも!」


 フォンシエが剣を強く握った瞬間、魔王ランザッパはすさまじい咆哮を放った。


 思わず一歩後じさりした瞬間、巨体とは思えぬ勢いで飛び込んでくる。そして大斧が振りかぶられ、彼目がけて打ち下ろされた。


 もはや回避は間に合わない。

 フォンシエは真っ向から刃と刃を合わせる。魔力を用いて神聖剣術のスキルで威力を押し殺す予定だった。


 が、次の瞬間、剣そのものが酷使に耐えきれずに砕け、彼は吹き飛ばされていく。


「くっ!」


 地面を何度も転がって、泥と血にまみれながらも立ち上がる。たとえ刃が折れても、心だけは折れていない。


 ぐっと魔王ランザッパを睨みつけ、フォンシエは鬼神化のスキルを使用し、ミノタウロスの斧を手に取った。


「うぉおおおおおおお!」


 フォンシエは思い切り飛び込むとともに、力任せに振り下ろす。

 キィン! 激しい音ともに金属の柄を衝撃が伝わってくる。


 一瞬の硬直。魔王ランザッパはフォンシエを睨みつけ思い切り斧を振ると、軽い彼は突き飛ばされて距離を取った。


 たとえ魔王が相手でも、怯まずに立ち向かってみせる!

 フォンシエが苛烈な闘志を見せる中、近づいてくる足音が大きくなった。


「くそっ!」


 これ以上はもう戦えない。彼の魔物を仕留めてきた経験がそう言っていた。

 すでに魔力もほとんど使ってしまっている。相手のほうが有利な状況で粘れば不利になる一方だった。


「ちくしょう!」


 フォンシエは悪態をつきながら、ぱっと木々の間に飛び込む。

 そして魔王が近づいてくるや否や、「初等魔術:炎」を使用する。


 火球は魔王の足元を狙い撃ち、一気に土煙を上げる。その瞬間、フォンシエは気配遮断のスキルを用いてその場を離れた。


 追ってくる足音は聞こえない。

 だというのに、彼の心はいまだにあの場所に置き去りにされているようだった。


(逃げるわけじゃない。もう一度、あいつのところに行く。そして必ず殺してやる!)


 傭兵たちとの付き合いは長くない。だけど、村を出て初めて居心地がいい場所を見つけたのだ。


 魔王と遭遇することがなければ。この依頼を受けることがなければ。

 もうなにを言ってもどうしようもない。だから、フォンシエは覚悟を決める。


(あいつは俺が倒す)


 帰り道、疾駆するフォンシエは片っ端から魔物を切り裂いていく。それは半ば八つ当たりだったかもしれない。


 けれど同時に、少しでも力を求めていた証拠でもあった。

 そうして進んでいくと、都市が見えてきた。


 彼は門番の前に行くと、状況を伝える。


「傭兵団が全滅した。魔王ランザッパがいた!」

「なんだと!?」


 フォンシエはすぐに都市の上層部まで連れていかれ、状況を説明することになる。


「半日ほど進んだところの小高くなった土地に、魔王ランザッパが多数の魔物を集めていた。あれはおそらく、都市を狙うためのものだ。このままじゃ――」


 激しい報告を行っていたフォンシエだが、ふっと体から力が抜けた。そして倒れ込むと、もう立ち上がることができない。


 僅かに回復した魔力で聖職者のスキル「癒やしの力」を発動するが、それだけではどうしようもない疲労が、知らぬ間に蓄積していた。


(くそ、こんなときに……)


 フォンシエは苛立ちながらも、そのまま深い眠りについていった。

 次に起きたときこそ、お前の命日だと、魔王の姿を思い浮かべながら。

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