21 目標まであとどれくらい
城塞都市エールランドの中央に、勇者たちは集まっていた。
調査に向かった兵が一人も帰ってこないということで、新たな調査が必要になったのである。
「新たな隊を編制しましょう。もしかすると、そこに魔物の軍団が控えている可能性があります」
「承知しております。ですが、またしても同じ結果になるやもしれませぬ」
都市の男が言うことは、「勇者のご助力を願いたい」ということだ。
一団が全滅というのはただ事ではない。
そこで声を上げたのは、一人の少女である。
「私が同行しましょう。微力ながら、お力になれればと思います」
フィーリティアは新米勇者とは思えないほど堂々とした振る舞いを見せる。
彼女は勇者となってから、数多の敵を屠ってきたからだろう。一、二年の経歴を持つ者の中には、彼女より討伐数が少ない者もいるくらいだ。
そうすると、それまで黙っていたデュシスが前に出た。
「ならば私も手伝わせていただこう」
特にフィーリティアと仲がいいわけではないが、彼はそう申し出る。
「お前らは熱心だな……任せるぞ」
デュシスもフィーリティアも、若手の中では討伐数がかなり多く、経験不足という感じではない。
年配の勇者は都市の守りを引き受けることになり、二人の勇者が同行することになった。
それから詳しい手筈を打ち合わせることになるが、その際、デュシスは熱心に女神に祈りを捧げていた。
彼が魔物討伐に精を出すのは、ひとえに信仰上の理由である。
人の女神である女神マリスカを信仰しているのは、人であればほとんどの者がそうであるが、デュシスはとりわけその度合いが高い宗教の教徒であった。
戦いに赴く前は長い時間、祈りを捧げるし、そうでなくとも彼の行動はその規範に基づいている。
そんな彼を横目に、フィーリティアは一緒にうまくやれるだろうか、と不安げに狐耳をぱたぱたと動かし、尻尾は下に垂れる。
けれど、決まったのならそこで頑張るしかない。
フィーリティアは来たるべき戦いに備え、覚悟を決めるのだった。
◇
日の出前、フォンシエは礼拝堂で祈りを捧げていた。
傭兵団は毎日戦いに行くわけではないため、ほとんどの者は空いた時間に礼拝堂に行く。そもそも、レベルが上がった後はゴブリン程度じゃレベルが変動しないため、そんなに来る機会は頻繁ではないのだ。
だからこれほどよく通うのもフォンシエしかいない。
特に固有スキルのことを話しているわけでもないため、彼らは周りからは女神マリスカの熱心な教徒と思われているくらいだ。
もちろん、フォンシエは特に信仰深いほうではない。
彼がここに来るのは、それで女神の恩恵を得られるからだ。
レベル 4.67 スキルポイント520
彼がレッドオーガ討伐から、前回の礼拝堂への参拝までに取ったスキルは、まず魔術を使うためのものだ。
魔術師のスキルでは、魔力を増やす「魔力増強」、魔術の消費魔力量を減らす「消費魔力減少」、魔術の威力を上げる「魔術威力増強」にそれぞれ100ポイントを使用。
それから北に向かうということで、環境の変化に気づきやすくなる冒険者のスキル「洞察力」に50ポイント。
最後に、500ポイントを使って聖騎士のスキル「神聖剣術」を取ってきた。
騎士の上位性能を持つ職業のものということもあって、これは身体能力が上がるのみならず、魔力なども底上げする効果があった。
受け流しや盾を使った技術が多く、魔力を用いて強力な攻撃も防御することもできる。守りを得意とするものだ。
こうしたスキルを取ってきたこともあって、フォンシエの実力はもはや村人のそれではない。
(……けれど、いつまでもこれほどスキルポイントが手に入るとは思わないほうがいい)
同時に困ったこともある。レベルが高くなってきたことで、なかなか上がりにくくなってきているのだ。
そしていよいよゴブリンとのレベル差が開いてきたことで、その魔物ではレベルが上がりにくくなった。
だからこれから先、強い魔物を倒してレベルを上げることができればいいが、そうでない限り、地道に上げていくことになる。
フォンシエはいろいろと考えた結果、やはり剣術を高めるものがいい、と決断を下した。
彼は現在持っている500ポイントを使用して暗黒騎士のスキル幻影剣術を取る。
これは通常の剣の威力が高まるほか、魔力を込めることで剣がぶれて見えたり、切った相手が強い衝撃を受けたりするなど、刃による攻撃を強める効果がある。
聖騎士とは反対に、攻撃に特化した職業だった。
(よし、これなら、上位職業の者にも太刀打ちできる)
彼が取った上位のスキルは剣聖・狂戦士・聖騎士・暗黒騎士と四つにも及ぶ。
村人レベル4とはいえ、そこまでそろえれば相当な力になる。彼は今後の目標を勇者に匹敵するというものに定めた。
そう、次の目標は勇者だ。
彼がずっと待ち望んできた相手。肩を並べたいと願ってきたこれまでの努力がかなうときが来たのだ。
……しかしフォンシエは勇者の戦いを生で見たこともなく、手がかりはフィーリティアが一度見せてくれた光の剣だけ。
かといって村人レベル4が勇者のところに行って剣技を見せてほしいと言ったところで相手にされないだろうし、フィーリティアに見せてというのはあまりにも情けない。
そもそも、フィーリティアが今どこにいるのかもわかっていなかった。
(勇者の強さを、いつか見ておきたいものだ)
今更思うことではあるが、同時にそこまで近づいてきたということでもある。
フォンシエはもう少し余韻に浸っていたかったが、これから調査に出かけなければならないのだ。
礼拝堂を後にすると、すぐに都市の端まで駆けていく。
門の前には、傭兵たちの大半が集まっていた。
全員が揃うまで、フォンシエは軽く体の調子を確かめる。随分と軽く、これならばオーガ程度ならば、あっさりと倒せそうな気がする。
(いや、慢心はよくない。なにがあるかわからないんだ)
フォンシエはすぐに自分を戒め、気を抜かないように心がける。
そうしていると、傭兵団の全員が揃い、いよいよ団長が声を上げた。
「これより出発する。これから先は魔物がいる危険な場所だ。無駄口叩くんじゃねーぞ」
各々が気合いを入れながら、北へと向かっていく。半日で行けるところまで行き、日没前に帰ってくる予定だ。
遠距離の移動となれば、ずっと張り詰めた状態になる。
だから、そのような状態で一夜を明かさないようにしなければならない。
目的は、都市を襲うべく近くに魔物が集結していないかを探ることであり、あまり遠くに行っても意味がないのだ。
隊長やフォンシエが前を警戒し、後ろには何名か猟師の探知スキルを持っている者を配置する。
そうして森の中を進んでいくと、ゴブリンが見える。
音を立てないように注意しつつ、遠方から矢を放ち仕留める。
増援が来ないことを確認すると、ほっと一息ついた。
仮に魔物の集団との戦闘になった場合、この依頼は続行が難しくなる。できる限り、避けて進むべきだった。
ときに崖をよじ登り、ときに川を越え、彼らは北へと向かっていく。
配慮したこともあって、できるだけ魔物を避けていくと、戦闘らしい戦闘もなく森を突っ切ることができた。そして向こうには小高くなった土地があった。
木々は切られ、見晴らしがよくなっている。
そしてそこには、ゴブリンなど雑魚のほか、牛頭の化け物どもが斧を手に闊歩している。魔物が集まっている現場を発見したのだ。
(……これはヤバい。逃げないと)
人の都市を攻めるために集められた数だ。とても一つの傭兵団で対処できるようなものじゃない。
フォンシエは素早く、撤退を促し、団長が合図を出した。これ以上踏み込むのは危険だと。
が、直後。
ヒュン、と音を立てて、飛来するものがあった。




