19 小さな英雄
北の城塞都市エールランドには多くの兵が詰めていた。
魔王モナクが魔物たちを集団で送り込んでくるようになったことを受けて、ここを拠点として固める方針になったのである。
そしてこの都市に勇者がやってきたのが今日のことだ。
騒ぎになるのを避けるべく公表はされていなかったが、数人の勇者がやってきていた。都市の責任者は彼らをもてなしつつ、現状を説明しているところである。
「……というわけで、侵攻は激しくなってきておりますが、まだ魔王モナクも魔王ランザッパも姿は確認されておりません」
話が一区切りつくと、一人の勇者が頷いた。
「ならば、まだ我々の出番はないでしょう。急務が入り次第、ご連絡いただければと思います」
「それまでの間、我々でも動いてはみますが、所詮は人間一人の力です。あまり期待せずにいてください」
と、彼らが言うのは、ひとえに勇者でなくともできる仕事をさんざん押しつけられないようにするための念押しだ。
楽をしたいという気持ちがないわけではないが、それ以上に、そういった仕事で精神的に疲れ、いざ戦うとなったときに身が入らないようでは困る。
なんせ、魔王がやってきたとき、戦わねばならないのはほかの誰でもない勇者なのだから。
「では、よろしくお願いいたします」
責任者の男が頭を下げると、勇者たちは退室していく。
彼らを見送っていた男は、その一番最後に出て行った少女の揺れる尻尾を見てやや表情を変えたが、扉が閉められると、とりあえずはほっと一息ついた。
◇
城塞都市エールランドに住まう人の数がますます膨れ上がっていたその頃。
フォンシエはそこからずっと東の小さな都市から北上していた。
彼の近くには、武装した男たちがたくさんいる。これから森に潜んでいるというゴブリンの集団を倒しに行くのだ。
「しっかし、随分と魔物も増えたもんだ」
「そうじゃねえと、俺たちも食いっぱぐれっちまうだろうが」
そんなことを言っている彼らは傭兵だ。
あれから北ではこういった仕事が増えたため、どこかの都市を拠点として活動する傭兵団もいくつかできてきた。そして仕事がなくなれば自然と解散するものだが、いまだその気配はない。
傭兵団が集団で仕事をこなすことが多い中、フォンシエはいまだにどこにも所属してはいない。というのも、彼は西へ東へあちこちの都市を飛び回っているからだ。
長期間の仕事となれば、自然となにもしないで過ごす時間が増える。
そうならないように、彼は短期間の仕事――それも魔物が集団で固まっている状況の重要な討伐ばかりを好んで受けていた。
そうして足音が森へと入った辺りで、先頭にいた男が尋ねる。まだ青年と言ってもいい年齢で、槍を手にしていた。
「フォンシエ、なにかわかるか?」
「いいえ。この辺りにはいないようですね」
「そうか。なにかあったら頼むぞ」
そう話をするのは、この都市で活動しているいくつかの傭兵団のうち一つを束ねる団長なのだが、フォンシエとは数回仕事をするだけで頼りにすることが多くなった。
ほかにも狩人のスキル探知を持っている者はいるのだが、フォンシエは幼い頃から野山を駆け巡り、最近では魔物と間近で命のやりとりをしてきたこともあって一番鋭敏らしい。
ベテランの狩人なら彼よりもずっと慣れているのだろうが、まだ若い者であれば「探知」を取ってから日が浅かったり、適性を見いだしてから狩りを始めたりしているのだ。
そうして数十人の集団が森の中を歩いていく。
自然と話し声が出てしまうのは、あまり協調性がない傭兵だからだろう。相手が雑魚の代表であるゴブリンというのも理由かもしれない。
やがてフォンシエは妙な感覚を覚える。
「……なにかいる。だが……誘っているのか?」
これまでのゴブリンの動きとは少々違う。なにが、とは明確には言えないが、なんとなくそんな印象があるのだ。
「ふむ……ほかのやつらはどうだ?」
「言われてみれば……いるような気はしますが。ゴブリンが騒がずに大人しくしてますかね?」
「あいつらは、ぎゃあぎゃあわめくのが取り柄でしょう」
そんな調子だが、念のために、と暗殺者や盗賊など隠密行動のスキルを持つ者を先行させる。
彼らは音も立てずに進んでいき、やがて合図を出した。
魔物がいる。
団長はそれを見て取ると、素早く撤収させつつ、こちらの準備を整える。
魔術師数人が魔力を高め、火球を生み出した。中等魔術は使えない者しかいないのだが、ゴブリン程度ならこれで十分。
放たれた火球は狙いどおりに進んでいき、草陰に命中すると爆発した。
「グギャアアア!」
わめきながら飛び出したのは、燃えさかるゴブリン。
それらの中には無事な者もおり、飛び出すと地団駄を踏んだ。
途端、鋭いものが飛来する。
「伏せろ! 矢だ!」
咄嗟に叫ぶと、傭兵たちは慌てて姿勢を低くする。頭上を飛んでいった矢は、あらかじめいつでも放てるよう仕掛けられていた罠らしく、次々と矢が放たれようとする。
「木に隠れるんだ! 貫通はしない!」
彼らが移動するとともに、フォンシエも木陰から敵の様子を窺う。
どうやら、こちらが近づいたところを一斉に撃つつもりだったらしいが、逆に攻撃されたことで慌ててしまったらしい。
てんでタイミングはばらばらだった。
矢というものは、一斉に放つからこそ効果がある。そうでなければ、狙って撃ったのでもなければ外れるばかりだ。
フォンシエは僅かに木陰から身を乗り出すと、敵に意識を向ける。すでに居場所はわかっており、狙ってくれと言っているようなものだ。
途端、そこで魔力が高まっていく。この隊で唯一フォンシエだけが使える、中等魔術:炎のスキルだ。
そしてゴブリンが攻撃を止めて飛び出そうとした瞬間。
ドゴォン! 爆発が起き、付近のゴブリンを木っ端みじんにする。
「グギャアアギャアアアア!」
そうなっては、もはやゴブリンどもは逃げるしかない。
「いまだ! 撃て!」
木陰から飛び出した猟師たちが、狙いを定めて射る。
弓術のスキルに支えられた彼らの矢は、狙いを過つことなく貫いていった。
ばたばたとゴブリンが倒れていく。そしてその中から大きめのゴブリン――ホブゴブリンが飛び出すと、団長が槍を構え、思い切りぶん投げる。
「うぉおおおお!」
放たれた槍は勢いよく飛んでいき、ホブゴブリンを貫いた。音もなくホブゴブリンは仰け反ると、そのまま倒れ込んでいく。
これで全滅させたはずだ。とはいえまだ罠が仕掛けられている可能性がある。
「慎重に進め。なにがあるかわからない」
警戒しながら進んでいくも、どうやら罠は撃ち尽くしてしまった後らしく、加えて先ほどの爆発でほとんど吹き飛んでいた。
当然ゴブリンもすでに倒れており、とどめを刺すまでもない。
敵が統率の取れた動きを取っていたことは気になるが、それだけ人へと明確な敵意を向けてきたということだろう。
「フォンシエ、お前のおかげで助かった」
「けが人もなく、なによりです」
「だが……次はもう少し回収の手間を考えて吹き飛ばしてほしいもんだ」
「そんな無茶な」
団長の視線の先では、傭兵たちが必死になって魔石とゴブリンの一部分を探している。討伐の仕事ゆえに、できる限り証拠を持ち帰りたいのだ。
傭兵たちは数が多いからなんとかなったが、結局、ゴブリンを倒す時間よりも、そうして探す時間のほうが長くなってしまったのだった。
それから彼らは帰途に就く。
傭兵たちといえども、敵を倒して帰ればその瞬間だけは英雄になれる。
小さな都市では大きな出来事もそうそうない。たまの明るい報告を聞いた市民たちに歓迎されながら、傭兵たちはそれぞれ、団長から報酬を受け取っていく。
フォンシエも彼から受け取ると、すぐに礼拝堂に行こうと歩き出す。
が、そんな彼を引き留める者があった。




