18 少年と少女は栄光を夢見る
フォンシエは朝早い時間から、大通りを歩いていた。
あの戦いの後、都市に帰ってくるなり負傷者の手当と戦功の確認が軽く行われ、それから解散となった。そして報酬は後日、精算されて支払われるという手筈だ。
そのような状況ゆえに、時間が空くことになる。
フォンシエもたまには休むかと思いきや、あのときの感覚を忘れないように、とむしろ頻繁に魔物を狩りに出かける有様だった。
斧がないため大木などを代わりに使って試してみるのだが、やはり村人では運ぶのに問題があり、一日もたたないうちに斧を使うことなど諦めてしまった。
なにはともあれ、彼はあれで自信をつけるとともに、より相応しい敵との距離の取り方を身につけつつある。
どの程度ならば自分がやれるのか。どこまで踏み込んでも大丈夫なのか。
それを見誤れば、命を落とすことになる。無鉄砲に突っ込んでばかりもいられない。
(あの隊長との力の差は歴然。俺にはあんな戦いはできない。……だけど、別の方法で必ず追いついてみせる)
まずはそこからだ。
機嫌よく進んでいく彼は、指定された場所を目指してきたのだが、大きな都市を歩くのに慣れていないせいか、迷ってしまった。
(うーん? この辺りだと思うんだけどなあ……)
もらった地図と照らし合わせて確認していくのだが、この都市にまだ慣れていないフォンシエは、いまいち把握できていなかった。
中央に近づくにつれ多少はマシになるのだが、とにかく通りを外れると入り組んだ道が多いのだ。
「お、あんたも呼ばれたのか?」
と、声をかけられて顔を上げると、そこには男の姿があった。オーガ討伐のときに同じ隊になった傭兵だ。
「はい、ですがどうにも迷ってしまって」
「ああ、それなら……」
傭兵は居場所を教えてくれる。
「それにしても、使いを寄こすくらいなら、そのまま持ってきてくれりゃいいものを」
「はは、そうですね。ありがとうございます」
男はそんな愚痴を言いながらも、結構いい報酬をもらえたらしく、上機嫌だった。
フォンシエは言われた場所に行ってみると、なかなか見つかりにくい場所に入り口を見つけた。
(この都市に長くいれば、なんてことはないのかもしれないけれど……)
彼もそこそこ長くなってきてはいるのだが、いかんせん、ほとんど都市の外にいるのだからどうしようもない。
それから中に入っていくと、すぐに案内人が通してくれる。
フォンシエは緊張しながら、そのあとに続く。はてさて、なにを言われることやら。村人レベル3の活躍にしてはめざましいものがあるため、疑われる可能性だってある。
「こちらにお入りください」
フォンシエはこうした場所に来るのは二度目ということで、前よりは落ち着いていた。
そうして中に入ると、初老の男性が待っていた。そしてともに戦った隊長も。
「楽にしたまえ。君の活躍は聞いているよ」
そう声をかけられて、フォンシエは少しほっとした。
「ところで君は村人レベル3と聞いている。しかし、途中で見せたのは鬼神化のスキルであったとも」
「私の職業は村人で間違いありません。そのスキルを取っているのも事実です」
「ふむ……固有スキルか」
女神から最初に与えられる固有スキルは様々なものがあり、それにより、最初に村人を取らなければならなかった可能性が高いと、すぐに理解したのだ。
フォンシエは小さく頷くにとどめておいた。
「ふむ。こちらの勘違いであったなら適切な報酬を渡さねばならないと思っていてね。しかし、それでは規則上、変えることはできないな」
「はい。構いません」
「それから、もう一つの話なのだが……常備兵として、勤める気はないか?」
それはこの隊長などのように、都市の兵になるということだ。
きっと、それは今後の人生を考えれば、悪くない選択だろう。
ただの村人が給料をもらい、そのうち家族ができて、家を買って、老いたら引退して余生を過ごす――そんな誰もが願うような平凡な未来が手に入る可能性が高い。
だが、フォンシエは頭を下げた。
「ありがたい申し出ですが、私には目指しているところがあります。ですから、お受けすることはできません」
立ち止まってなんていられない。
そうしたとき、彼女との距離はどんどん開いていく。
フォンシエの表情を見て男性は、
「そうか。先日の依頼はご苦労だった。報酬を用意させよう」
と、どこか満足げに諦めるのだった。
それから隊長に礼を言われつつ、フォンシエは金をもらい、今日も今日とて都市を飛び出す。
まだまだこの辺りには魔物がいる。そしてこの都市を落とす機会を窺っているのだ。
(これは偽善なのかもしれない。だけど……)
いつかどんな強敵にも立ち向かい、その背後にいる者を守れたなら、きっとそのときこそ彼女の隣に立つのに相応しい人物ではないかと思うのだ。
フォンシエは小さな心境の変化を感じつつ、北の森へと飛び込んでいく。
まだまだ強くなれそうな感覚があった。
◇
王都の勇者ギルドは、今日も普段と変わらない有様を見せていた。
人数が少ないため賑やかというわけではないが、賭け事に興じている者がいたり、食事を楽しんでいる者がいたり、それぞれが自由にくつろいでいる。
ほとんどの勇者はギルドに毎日来るようなものではなく、ここでは情報の交換や交流が主になっている。
そうなると顔見知りばかりということで、こうした状況になるのだ。
人によっては相性もあるため、皆が皆仲がいいわけでもないが、そういう場合は不干渉になるのが暗黙の了解だった。
そんな勇者ギルドであるが、最近は来る者が増えている。
戦争の気配があるからだ。
「で、いつ頃になりそうなんだ」
カウンターで事務の女性に話しかけているのは、一人の男性だ。なかなかに真面目な性格らしく、予定を立てて動くようだ。
「未公開のため正確性に乏しい情報でもよろしいでしょうか?」
「ああ。構わないし、公言する予定もない」
「では……。おそらく、一ヶ月以内に魔王モナクは本格的な進行を始めるでしょう。すでに尖兵が確認されており、魔王ランザッパが力を蓄えていると言われております」
魔王ともなれば、勇者でも警戒せねばならない。
仮に勇者が打ち破られた場合、ますます魔王は神から力を与えられ、さらなる暴威で国土を侵略するはずだから。
「なるほど。防備のほうはどうなっている?」
「現在は城塞都市エールランドに兵が集められておりますが、状況によっては各都市に分散するかもしれません」
「南の魔王か」
「特に目立った動きはありませんが、魔王モナクにかかり切りになれば、動く可能性はあります」
結局のところ、どれも可能性の話にすぎないというのだ。
男は一つ頷くと、礼を言ってギルドを後にする。と、扉を開いたところで、可愛らしい少女とすれ違った。
尻尾をぱたぱたと振っていることから、その少女フィーリティアは上機嫌であることが窺える。
「なんかいいことあったのかい? 彼氏でもできたか?」
男はフィーリティアに声をかける。
最近では彼女が頑張っている姿を見る者も増えたため、応援する者も増えた。
フィーリティアはちょっぴり赤くなって、「そんなんじゃないですっ!」と返した。
そういうのはよくわからないし、仮にそういう人ができるとしても、勇者としてきちんとした姿になって会いに行きたかった。
選ばれた自分が、選ばれなかった彼に会うのだから。
それだけは、最低限の礼儀だと感じていた。
「きちんと、依頼を終わらせてきました。お礼にお芋をもらっちゃいました!」
そう言って彼女が見せるのはなんの変哲もない芋である。
どこに芋で喜ぶ勇者いようか。けれど、いまだにそんな田舎っぽいところも、上々の評判となった理由の一つだったかもしれない。
「お、おう。よかったな」
「はい。料理人さんに調理してもらうことにしました」
勇者ギルドは用があれば国内外のあちこちに引っ張り出される彼らのために、なにかと設備は整っている。
フィーリティアは早速芋を渡して、それから依頼達成の事務的な手続きを済ませる。
「これにて完了です。お疲れ様でした。……あ、フィーリティアさん。もしかすると、戦争があるかもしれないので、心構えだけはしておいていただけますか?」
「はい。わかりました!」
そう言ってフィーリティアは狐耳を立てた。
最近は勇者としてもやっていけるようになってきた。だから、これからもっと相応しくなるのだ。
フィーリティアはゆったりと、誇らしげに尻尾を振るのだった。
◇
そうして二人がそれぞれに覚悟を決めた数日後。
王は魔王モナクとの本格的な交戦を宣言した。




