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17 巣の異変

 オーガの襲撃を警戒しつつ、傭兵たちは来た道を戻っていく。

 急ぎそちらに駆けていった彼らは、その場に辿り着くと思わず足を止めた。


 出発したときフォンシエの近くにいたみすぼらしい傭兵たちはすでに倒れて岩を赤く染めており、残っている者たちはそこそこ戦える者たちだ。


 そして、その地面の赤さよりもずっと赤い鬼が、取り囲む傭兵たちを見下ろしていた。


「レッドオーガがいたのか……! すぐに助ける!」


 隊長は思わず声に出し、素早く兵たちとともに援護に入る。


 傭兵たちは兵から負傷者の救助をするように告げられると、素早く動き始めた。というのも、レッドオーガに立ち向かっていくよりもずっと楽な仕事だからだ。


 フォンシエもまた、生き残りをまずは安全なところまで遠ざけることから始めつつ、敵を警戒する。


 その赤い鬼はオーガの上位種であるレッドオーガであり、膂力に優れ、若手の兵であれば立ち向かうことすら難しい。


 隊長の近くにいた戦い慣れている兵たちは、致命傷を負うことなく攻撃を凌ぎ続けているが、なかなか攻勢に出ることができずにいた。


 いや、むしろ攻撃しようがないと言ったほうが正しいか。

 軽い剣を当てたところで、僅かに表面が傷つく程度にしかならず、反撃されるだけなのだから。


 唯一決定打を与えられそうな人物は、大斧を持った戦士だが、レッドオーガが牽制するためタイミングを掴めずにいた。


 斧は重量があるため、機敏に回避することが難しいのだ。それゆえに一度距離を見間違えば、レッドオーガの強烈な拳を浴びることになる。


「私が前に出よう。援護を」


 隊長が大剣を構え、じりじりとレッドオーガとの距離を詰める。

 するとレッドオーガも、斧を持った戦士だけに集中するわけにはいかない。


 挟まれる形になると、レッドオーガは距離を取りたがるも、他の兵がそうはさせまいとする。


「グガアアアアアア!」


 その状態に耐えきれなくなったレッドオーガが、隊長目がけて飛び込んだ。そして勢いよく拳が振るわれる。


 隊長は大剣を手にしているというのに、ギリギリまで敵を引きつけると、軽くステップを取って回避する。


 敵が目測を見誤って体勢を崩した瞬間、今度は思い切り踏み込み大剣を横薙ぎに振るう。


 ビュンッと音がして、刃はレッドオーガの胴体を切り裂いていった。

 赤い肉体から血が流れ出すと、その魔物はまさしく鬼の形相で隊長へと猛攻を仕掛ける。


 が、どれも当たらない。

 紙一重のところで避けているため、危なっかしくも見えるが、よく視線を追えばきっちりと見切って回避していることがわかる。


(……すごい)


 フォンシエは息を呑んで戦いの成り行きを見守っていた。

 すでに負傷者たちは避難していたため、余った傭兵たちはやや遠いところから敵を威圧していたのだ。


 敵が隙を見せれば攻撃するが、基本的には囲んだまま距離を保ち続ける役割だ。


 その間に隊長が大剣を振るい、戦士が斧を回し、レッドオーガを追い詰めていく。いつまでもその状況は続くかに思われたが――


「グゴオオオオオオオ!」


 腹の底まで響く声が放たれるとともに、レッドオーガは急に動き出した。

 素早く飛び込んだ先には、斧を振るって体勢を立て直そうとしたばかりの戦士がいる。


 それに対し他の兵は牽制するが、レッドオーガはもはや細い刃など目にもとめていなかった。


 繰り出された剣を浴びながらも、赤い鬼は邪魔者を蹴散らし、戦士を殴り飛ばす。

 吹っ飛んだ男はもはや斧を掴んでいることもできず、巨大な斧は宙を舞い、鈍い音とともに大地に転がった。


「救助を! 早く!」


 隊長がレッドオーガへと切りかかると、その鬼はますます戦士へと進んでいく。そしてあと一歩で踏み潰すところまで迫ってしまった。


 傭兵たちは思わず近づくのをためらってしまう。


「くそがああああああ!」


 隊長が大剣を掲げ、間に合えと全力で踏み込んだ瞬間、その鬼はくるりと振り返った。そして息を呑んだ隊長を真正面から捕らえる。


 大剣はそれまでの勢いどおりに思い切り、レッドオーガの肩に命中した。骨をも砕き、絶叫を上げさせる。


 だが、レッドオーガはそのときすでに懐まで入り込んでいた。

 全力の体当たりを食らわせられ、隊長は突き飛ばされていく。そして地面から見上げたときには、鬼の巨体がすぐそこまで迫っていた。


 あたかも時間が止まったように、誰もが動くのを止めていた。

 レッドオーガは満身創痍で、もう少し攻撃を加えれば倒れるだろう。


 だが彼らは、隊長までもがやられては、とても勝ち目がないと踏んだのだ。自分が行ってどうなる、と。


 彼らは所詮、傭兵だ。

 村人が街道でゴブリンに襲われていれば助けてやるくらいの心は持っていても、命を賭けてまで無謀な戦いに挑む義理はない。


 だが、本当にそれでいいのか。

 こんなところで諦めて終わりにしていいのか。


(……まだ、できることがある!)


 フォンシエは覚悟を決めると、気配遮断のスキルを使用し飛び出した。

 誰よりも早く、誰よりも力強く!


 そして彼は鋼の重き斧を手に取る。

 手のひらにはずっしりとした手応え。とても持てないと投げ出したくなるほどの感覚。


 しかし、次の瞬間それがふっと和らぐ。鬼神化のスキルを使うとともに、それは手に馴染み、破壊のときを今か今かと待っていた。


 フォンシエは大斧を掲げるとともに、ひとっ飛びでレッドオーガに飛び込んでいく。狙いは脳天。


(この一撃で仕留める!)


 敵との距離が近づく中、レッドオーガが気づくかどうか、気が気でならなかった。

 隠密行動のスキルもあって、すぐ間近まではまったく気にされることもなく行くことができた。


 だが、レッドオーガは振り返る。そしてきらめく刃を視界に入れた。


「うぉおおおおおおお!」


 振りかぶった斧は止まらない。熱い覚悟は揺るがない!


 フォンシエは全力で斧を振るう。刃はレッドオーガが腕を上げるよりも早く、鬼の頭を叩き割った。


 骨が砕ける手応えがあり、行き場を失っていた力が急に解放される。

 感触が軽くなったときには、レッドオーガはすでに倒れ始めていた。


 フォンシエはそのまま斧を手放すと、もつれ込むようにしてレッドオーガの上に乗る。それから慌てて跳躍して距離を取ったところで、ずしんと音が鳴った。


 レッドオーガが地面に背をつけている。

 その光景を誰もが飲み込めずにいたが、一人が叫んだ。


「隊長! ご無事ですか!」

「心配いらん! それより警戒しろ!」


 叱責されて兵は安心しつつ、レッドオーガを取り囲んでいった。

 しかし、もう起き上がる気配はない。


 フォンシエは息を整えながら、彼らの中に近づいていく。全身の疲労感は鬼神化のスキルを使ったせいか、それとも緊張のせいか。


 それから自分が打ち倒した相手を見る。

 レッドオーガの肉体は消えていき、割れたお面のような鬼の顔と、大きな魔石だけが残った。


(……やった、ぞ。……やったんだ。俺は!)


 叫び出したいほどの衝動が込み上げてくる。

 だが、あちこちに負傷した兵や、すでに息をしていない者もあったため、そちらに配慮した声は現実になることがなかった。


 けれど、その代わりに兵たちが小さく、生き残ったことに安堵する声を漏らし始めた。


 その中で隊長が厳しく、


「浮かれるな。まだどこかに敵がいるかもしれない」


 と言うと、彼らもすぐに警戒を始めるのだ。またしてもレッドオーガに襲われてはかなわないのだから。


 けれど、そんな気配はない。


「すまないが、一足先に撤退することにしよう。とても我々の状況では、続行してオーガを狩るのは難しいだろう」


 誰も異を唱えることもなく、そういうことになった。


 それから道中、傭兵たちは一言も発せずに、来た道を戻っていく。

 途中で伝令を飛ばすことで、ほかの隊の状況を探っていくと、ほとんどの隊がすでにオーガとの戦いを終えたところだった。


 戦死者もほとんどいなかったとのことである。


 つまり、大変だったのはフォンシエがいる隊だけだった、ということだ。傭兵ばかりのところをレッドオーガが狙ったのかどうかは、今になってはわからない。


 フォンシエは自分のやり遂げた実感と、そして憧れもした隊長が生きて前を歩いていることに喜びを見いだしながら、都市へと戻っていった。


 そしてその数日後。

 フォンシエは呼び出され、都市の中央に赴くことになった。

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