5 終わる未来と始まる未来
フォンシエとフィーリティア、ミルカは遺跡の奥へと向かっていく。
あの鎧の話によれば、この先に敵はいないようだが、果たして。
(そういえば、あの鎧を倒した以上、探るのに妨害は入らないはず)
神の力を用いて奥を探っていくと、難なく内部が把握できる。
勝利した人々が眠りについたというのがどういうことなのか。
フォンシエが考えていると、見えてきた光景は――
「なるほどね。そういうことか」
彼が頷いていると、ミルカが尻尾ではたいてくる。
「一人で納得してないで、私にも説明してくださいよ」
「行けばわかるよ」
「自分の目で確かめろ、と。フォンシエさんもなかなか冒険というものをわかっていますね」
「そういうわけじゃないけど……」
ミルカが「楽しい楽しい冒険です!」と歩いていってしまう。女神マリスカの従者を消した途端にこれである。
フィーリティアは仕方ないように、苦笑い。
「緊張感、なくなっちゃったね」
「まあ、ここから戦闘はないだろうから、大丈夫だと思う」
「……フォンくんは大丈夫?」
フィーリティアが顔を覗き込んでくる。
精神的なショックを受けていないかと心配しているのだろう。
「俺は引き継いだ神の力があるから、精神的に参っちゃうことはないよ」
「そっか。……でも、辛かったら言ってくれていいんだよ。そういうときは……えっと……ぎゅってしてあげる!」
フィーリティアが精一杯頑張って告げる。尻尾はぷるぷると震えていた。
フォンシエはそんな彼女を見て微笑みつつ、
「それは頼りになるな」
彼女をぎゅっと抱きしめた。
すっかり顔を赤らめるフィーリティア。
「え、えっと……」
「さあ、俺たちも行こうか」
フィーリティアの手を引いて、彼はミルカを追っていく。フィーリティアはしばし俯きがちであったが、やがて手を握り返してくれた。
しばらくして、彼らは最奥に辿り着いた。
そこにあったのは無数の棺。中には人が眠っている。
ミルカは内部の構造を把握する力を使いながら、部屋のあちこちを調べていく。
だが、見つかったものといえば、いくつかの祭具くらいのものだった。
「この人たち、生きていますね」
「眠っている、というのは、言葉どおりの意味だったんだろうね」
「起こしてみますか?」
ミルカが好奇心たっぷりに言う。
これにはフィーリティアも呆れる。
「あの鎧のお話を聞いてた?」
「はい。終わらない未来を終わらせてくれ、と言っていました。ですから、起こしましょう」
「ミルカちゃんはぶれないね……」
「では、ほかにどうすると言うのです?」
ミルカが尋ねる。
フィーリティアが狐耳を揺らしつつ考えていると、フォンシエが告げる。
「このままにしておくのか、終わらない夢を見ないようにする――つまり、永遠とも言える命を終わらせるのか。ということだけれど」
「その決断を、私たちがしていいのかな」
「いいんじゃないですか? フォンシエさんが勝ってここにいるわけですから」
「そんなことを言い出すと、俺はなにをしてもいいことにならないか」
彼は神との戦いに勝利した、唯一の存在である。
もはや彼の力に匹敵するものはいない。
「フォンシエさんは支配者になったわけですから、それはそれで仕方ないんじゃないですか。そういうシステムになっていたわけですし」
「あのなあ……だからって、好き勝手にやらないだろ。俺がミルカの人生を好き勝手にしてもいいと言ってるのと同義だぞ」
「むむ……フォンシエさんにそんな欲望があったとは……仕方ありません。フォンシエさんに汚されるのも甘んじて受け入れましょう」
「そうなのフォンくん!?」
「そんなわけあるか! ティアも本気にするなよ」
フォンシエはため息をつく。
この灰青尻尾は本気で言っているのか、それともからかっているだけなのか……。
「それで、どうするんですか?」
「彼らの願いに従うよ」
「ここで眠っている人のこと? それとも、鎧の話?」
「自分自身の人生は自分で決めるべきだ。だから眠っている人たちだよ。だけど……結果的には、両方ということになるかな」
「というと?」
「鎧の願いは、彼らの長すぎる人生を終わらせてあげること。そしてこの人たちの願いは、侵入者が来るときまで夢を見続けること」
どちらの願いを叶えるとしても、同じ結果に行き着く。
「だから終わらせよう。この夢の呪縛を」
フォンシエが腕を振るうと、シャラン、と祭具が鳴った。
そして棺がわずかに光ると、中にいた人々が粒子となって消えていく。
「これでよかったのかな?」
「わからないけれど……幸せな夢に浸りきった彼らは、現実の辛さには耐えられないだろう」
「うん……」
「侵食神に滅ぼされるのもあとわずかというところで、せめて幸せなまま最期を遂げたいと願った。思いも寄らぬ形で長くなってしまっただけで、この眠りは彼らの本意じゃないんだ」
「確認したの?」
「さっき、少しだけね。神の力で精神に干渉してみたんだ」
だけど、それが本当かどうかもわからない。
夢に浸った今の考えは正確には読み取れないし、それと眠りにつく前の考えのどちらを優先するのかという問題がある。
「なんにせよ、もう後戻りはできない」
この遺跡に来た以上、彼は決断する責務がある。
いや、そもそも神の力を継いだ以上、そうした選択はいつだってつきまとう。
「これは俺が決断したことなんだ。泣き言は言えないよ」
「だけど……辛くなったら言ってね」
「ありがとう」
「フォンシエさん。この祭具、持ち帰ってもいいですか?」
「……ミルカは本当に気にしないんだな」
「まあ、侵食神に滅ぼされかけた世界の住人ですから。この程度のことで心を痛めていたら、とっくに発狂していますよ」
「なるほど……それでミルカはこんな性格になってしまったのか」
「フォンくん。その言い方はないよ」
「ごめん、ミルカだからって言い過ぎた」
「そうだよ。ミルカちゃんがおかしいのは元々なんだから」
「フィーリティアさん、それはフォローになっていないんですが!」
一行はあれこれと言っていたが、やがて遺跡をあとにする。
もうきっと、ここに来ることもないだろう。もはや夢の残滓もありやしない。
彼らは遺跡を出て、地上に顔を出す。
すでに日は傾き始めていた。
「さあ、帰りましょう。ユニコーンを呼んでください」
自力でユニコーンに乗れないミルカは、早く乗せるように、と急かすのだが、フォンシエはそれを無視した。
代わりに目の前の空間を歪ませると、はるか遠方の町と繋げてしまう。
「……あの、フォンシエさん。最初からこれで来ればよかったのでは?」
「できないこともないんだろうけど、道中の様子がわからないし、うっかり挟み撃ちにされる可能性もあったから。それに、そこまで急ぐ理由もなかったし」
「つまり、デートがしたかったんですね。まったく、フォンシエさんったら」
ミルカがそんなことを言っているので、そちらを無視して「ティア、行こうか」と町へ続く空間へと入る。やがてミルカが「待ってください!」と駆け寄ってくるのだった。
そうして戻ってくると、彼らはアートスとシーナに報告する。
「――ということがあったんだ。」
「なるほどなあ。いや、仕方ねえ。財宝はなかったとしても。俺たちの食い扶持は俺たちで稼ぐさ」
「仕方ないって、そこかよ」
「まあ、フォンシエなら難なく片づけてくるって信じてたからな」
「そりゃどうも」
あっさりしている性格だからか、アートスは「そろそろ飯を準備しないとな」なんて行ってしまう。そしてシーナもまた、「アートスに任せたら、焦がしちゃうからね」と彼と一緒に作るべく、そちらに行ってしまった。
フォンシエとしては、もう少し反応して欲しかったのだが、これがきっと、日常なのだろう。
特別なことなどなにもない日常である。
そして気がつけば、ミルカもいなくなっていた。祭具を調べてみることで頭がいっぱいらしい。
残されたフォンシエとフィーリティアは、コーヒーを入れると二人で椅子に腰かける。
「今回はあれでよかったけれど――もし、彼らの意思がわからないときは、俺たちはどうすればいいんだろうね」
フィーリティアは彼と一緒に考えてくれる。
そして精一杯の結論を出した。
「わからないけれど」
そう前置きしてから、
「どんなときでも、フォンくんと一緒に悩んであげる」
と、彼女らしい答えをくれるのだ。
だからきっと、これからも、どんなことがあっても、一緒に悩みながら進んでいけるはず。
外を見れば、人々が町作りに精を出している。
彼らもきっと前に進んでいける。新しい人生が始まる。
これからいろいろと変わっていく。自分たちの手で。そして自分たちの考えで。
「さて、俺たちもなにか手伝おうか」
「うん。頑張ろうね」
そうして二人はまた、日常に溶け込んでいくのだった。
これにて番外編2はおしまいです。戦いに敗北した世界の話でした。
番外編なので好き勝手に書いてしまったのですが、お付き合いいただき感謝しております。
お読みいただきありがとうございました。