4 決闘
フォンシエが輝く宝剣、神滅剣を振りかぶれば、鎧は一歩退いて間合いの外から剣を放つ。
たった一度でも当たれば、消し飛びかねない威力があった。
すさまじい風圧を受けて遺跡中から軋む音が響くが、丈夫な素材ゆえに傷はついていない。だが、直接あたれば、それすらも無残な姿と成り果てるだろう。
「ミルカを守れ!」
フォンシエは女神マリスカの従者に指示を出す。
建物の陰に隠れたとしても、剣はそれをも切り裂く可能性がある。ゆえに、彼女らに守らせるほうが確実だ。
ミルカを抱っこした従者が下がると同時にフィーリティアが前に出る。
「加勢するよフォンくん!」
「ああ! ……二人がかりだからといって、悪く思わないでくれよ」
「貴公の力だ、問題などあるまい。種族を率いることこそ管理者の本質。さあ、来るがいい!」
フィーリティアが飛び込み、光の剣を振るう。
彼女はフォンシエから神の力を与えられているが、使い慣れたこの勇者としての力をベースに強化している。
だが、その力は以前とは比べものにはならない。
「やあ!」
フィーリティアが剣を振るうと女神の光が輝いた。
目を覆いたくなるほどまばゆい光が鎧に襲いかかると、相手も大剣を振るった。
二つの光が交わる間に、フォンシエは空間をねじ曲げて一瞬で移動。鎧の背後に回り込んだ。
存在感を消して音もなく神滅剣を放つ。
刃が直撃するかと思われた瞬間、鎧が振り返るとともにぶれるように動き、刃を回避した。だが、こぼれた光が表面を掠めていくと、ジュッと音を立てて溶けていく。
フォンシエは剣を突きつけると、その先から光を迸らせる。
鎧は大剣を地面に突き立てると、剣身の背後に隠れた。
(ちっ……防がれたか)
光が止むと、先ほどの姿のままの鎧が現れる。
神の力を用いたとしても、遠距離からではやはり防がれてしまうのだろう。決定的な一撃を与えるには、神滅剣を直接当てるしかない。
神殺しのための剣は、それに特化していることもあって威力が桁違いだ。
鎧はフォンシエを見ると言葉を口にする。
「管理者らしからぬ戦いだな」
「生憎と、今でも中身はただの庶民なものでね」
「フォンくん、それはそれでどうなの?」
「自覚はあるけれど、俺は俺ってことさ。だから正々堂々、泥臭くやるぞ」
真っ向から戦うよりも、勝率が上がるならそのほうがいい。
貴族や騎士の出自と違って、フォンシエには矜恃などといったものはない。
「構わぬ。使える力はなんでも使うがいい! 私を殺してみせよ!」
鎧が勢いよく切りかかってくる。
大剣のほうがリーチがある上、この相手はよほど剣技に自信があるらしい。
幾度となく刃と刃がぶつかり合うと、フォンシエの肉体が切り裂かれていく。神の力で再生するとはいえ、このままでは劣勢だ。
いつ致命傷を食らうかはわからない。
(ティア、一瞬だけ敵の気を引いてくれ。その隙に俺が仕掛ける)
(わかった! 任せて!)
意思疎通を済ませると、あとは立ち向かうのみ。
「どうした! かかってこい!」
鎧が挑発すると、フィーリティアが単独で切りかかる。
そして鎧の周囲を右に左に動き回って翻弄し、光の矢を放ちつつ剣を振るう。
一瞬、視線がそちらに釘付けになった。
その瞬間を狙ってフォンシエは女神マリスカの従者を呼び出す。彼の周囲を覆うように、何重もの羽の生えた女性が現れる。
すっかりフォンシエの姿はかき消された。
「いきます!」
従者たちが一斉に切りかかるも、
「貴様らでは相手にならぬ!」
鎧は難なく切り伏せていく。
従者たちが一人二人と倒れて、鎧は彼女らの中心に辿り着く。
果たしてそこにいたのは――
「ちっ小娘か!」
ミルカの姿を認めて、鎧が一瞬、動きを止めた。
その瞬間、フォンシエは動き出した。あっという間に鎧の懐に入り込むと、神滅剣を突き立てる。ミルカの姿で。
鎧は彼を見下ろしつつ嘆息する。
「……このような手段で倒されるとはな」
「卑怯だと幻滅したか?」
「使える力はすべて使えと言ったのは私だ。それに……この程度の幻術に騙されるほうが悪い。なにしろ、神とはあらゆる超常の力を使いこなし、化かし化かされ、競い合う。得てしてそういうものだ」
この鎧の力があれば、幻だと気づくことはできたはずだ。そういう意味では未熟さが原因の敗北とも言えよう。
だが、どう見ても戦えないミルカの姿に怯むのではないか、という企みがあったのも事実。そして方法がなんであれ、フォンシエが勝たねばならなかったのも。
フォンシエは元の姿に戻ると、神滅剣を引っこ抜く。
鎧に空いた穴から除く中身は空っぽであった。
やはり、人工知能を与えられただけで、生物ではないのだろう。だというのに、随分と人間らしい。
フォンシエには気になることがあったので尋ねてみた。
「……周囲の空間を認識する力を使えばよかったんじゃないか?」
元々その力を使っていたからこそ、フォンシエがここに来ることを知っていたのだ。
だが、戦闘中に使っている気配はなかった。最初に奇襲を仕掛けたときに振り返ったことや、フィーリティアを注視したことなどから、視認して情報を得ていると判断した。
あの力を戦闘中に使っていれば、ミルカがずっと移動していないことだってわかったはず。
そもそも、奇襲に驚くようなこともなかった。
鎧は傷口が広がって、そこから消えていきながら笑う。
「それではつまらぬ。勝負というものは、緊張感がなければならない。万能の力に頼っていては面白みに欠ける。そもそも――それでは我が人格が存在する意味がない」
ただの機械の方がよほど優秀だろう。人格は邪魔でしかない。
そうわかっているはずなのに人格があるというのは、創造主たちもまた、そこに意味を見いだしたからなのだろう。
「立派な騎士だった、と思います。俺が言ってもなんの重みもないかもしれませんが」
「生涯で唯一、私を倒した相手の称賛だ。素直に喜ばしい。……さあ、行くがいい。この先へ。終わらない未来を終わらせてくれたまえ」
鎧は呟き、その姿を消した。
見送った後、フォンシエはフィーリティアと顔を見合わせる。
「行こうか」
「うん」
二人は遺跡の奥に向かって歩き出す。この先に待つ者はなんだろうか。
それからややあって、
「二人だけずるいです! 私も連れていってください!」
ミルカの悲鳴が聞こえてくるのだった。
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